み込んだが、生きた心地はなかった。
「こんばんは」
親しそうな声で盲人はそう言うと、また空間を探りながら便所の中へ消えて行った。
「今晩は」
と尾田も仕方なく挨拶したのだったが、声が顫えてならなかった。
「これこそまさしく化物屋敷だ」
と胸を沈めながら思った。
佐柄木は、まだ書きものに余念もない風であった。こんな真夜中に何を書いているのであろうと尾田は好奇心を興したが、声をかけるのもためらわれて、そのまま寝台に上った。すると、
「尾田さん」
と佐柄木が呼ぶのであった。
「はあ」
と尾田は返して、再びベッドを下りると佐柄木の方へ歩いて行った。
「眠られませんか」
「ええ、変な夢を見まして」
佐柄木の前には部厚なノォトが一冊置いてあり、それに今まで書いていたのであろう、かなり大きな文字であったが、ぎっしり書き込まれてあった。
「御勉強ですか」
「いえ、つまらないものなんですよ」
歔欷きは相変わらず、高まったり低まったりしながら、止むこともなく聞こえていた。
「あの方どうなさったのですか」
「神経痛なんです。そりゃあひどいですよ。大の男が一晩中泣き明かすのです
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