いのちの初夜
北條民雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)生垣《いけがき》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)松栗|檜《ひのき》欅《けやき》などが
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)しゃがん[#「しゃがん」に傍点]でまず手桶に
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駅を出て二十分ほども雑木林の中を歩くともう病院の生垣《いけがき》が見え始めるが、それでもその間には谷のように低まった処や、小高い山のだらだら坂などがあって人家らしいものは一軒も見当たらなかった。東京からわずか二十マイルそこそこの処であるが、奥山へはいったような静けさと、人里離れた気配があった。
梅雨期にはいるちょっと前で、トランクを提《さ》げて歩いている尾田は、十分もたたぬ間にはやじっとり肌が汗ばんで来るのを覚えた。ずいぶん辺鄙《へんぴ》な処なんだなあと思いながら、人気の無いのを幸い、今まで眼深にかぶっていた帽子をずり上げて、木立を透かして遠くを眺《なが》めた。見渡す限り青葉で覆われた武蔵野で、その中にぽつんぽつんと蹲《うずくま》っている藁屋根《わらやね》が何となく
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