結節が、黒い虫のように点々とできているのだった。もちろん一本の陰毛すらも散り果てているのだ。あそこまで癩菌は容赦なく食い荒らして行くのかと、尾田は身顫いした。こうなってまで、死にきれないのか、と尾田は吐息を初めて抜き、生命の醜悪な根強さが呪《のろ》わしく思われた。
生きることの恐ろしさを切々と覚えながら、寝台を下りると便所へ出かけた。どうして自分はさっき首を縊《つ》らなかったのか、どうして江ノ島で海へ飛び込んでしまわなかったのか――便所へはいり、強烈な消毒薬を嗅ぐと、ふらふらと目眩《めまい》がした。危うく扉にしがみついた、間髪だった。
「たかを! 高雄」
と呼ぶ声がはっきり聞こえた。はっとあたりを見廻したがもちろん誰もいない。幼い時から聞き覚えのある、誰かの声に相違なかったが誰の声か解らなかった。何かの錯覚に違いないと、尾田は気を静めたが、再びその声が飛びついて来そうでならなかった。小便までが凍ってしまうようで、なかなか出ず、焦《あせ》りながら用を足すと急いで廊下へ出た。と隣室から来る盲人にばったり出会い、繃帯を巻いた掌ですうっと貌を撫《な》でられた。あっと叫ぶところをかろうじて呑
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