、寐ても覚めても養い親の大恩と、実の親の不実を思わぬ時はございません。さて其の夏も過ぎ秋も末になりまして、龜甲屋から柳島の別荘の新座敷の地袋に合わして、唐木《からき》の書棚を拵えてくれとの注文がありました。前にも申しました通り、長二はお柳が置忘れた紙入を届けに行ったきり、是まで一度も龜甲屋へ参った事はございませんが、今度の注文物は其の地袋の摸様《もよう》を見なければ寸法其の外の工合《ぐあい》が分りませんので、余儀なく九月廿八日に自身で柳島へ出かけますと、折よく幸兵衞が来ておりまして、お柳と共に大喜びで、長二を座敷へ通しました。長二は地袋の摸様を見て直《すぐ》に帰るつもりでしたが、夫婦が種々《いろ/\》の話を仕かけますので、迷惑ながら尻を落付けて挨拶をして居るうちに、橋本の料理が出ました。
 幸「親方……何にもないが、初めてだから一杯やっておくれ」
 長「こりゃアお気の毒さまな、私《わたくし》ア酒は嫌いですから」
 柳「そうでもあろうが、私がお酌をするから」
 長「へい/\これは誠にどうも」
 幸「酒は嫌いだというから無理に侑《すゝ》めなさんな、親方肴でもたべておくれ」
 長「へい、こん
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