ばいけません」
 長「其のくれえの事ア知っています、其の人の身分相応に恵まないと、贅沢をやらかしていけません」
 助「感心だ……名人になる人は異《かわ》ったものだ、のうお島」
 島「左様《さよう》でございます、誠に善《よ》いお心掛で」
 と長二の顔を見る途端に、長二もお島の顔を見ましたから、お島は間の悪そうに眼もとをぽうッと赧《あか》くして下を向きます。長二は此の時二十八歳の若者で、眼がきりゝとして鼻筋がとおり、何処《どこ》となく苦味ばしった、色の浅黒い立派な男でございますが、酒は嫌いで、他の職人達が婦人の談《はなし》でもいたしますと怒《おこ》るという程の真面目な男で、只腕を磨く一方にのみ身を入れて居りますから、外見《みえ》も飾りもございません。今日坂倉屋へ注文の品を納めにまいりますにも仕事着のまゝで、膝の抜けかゝった盲縞《めくらじま》の股引に、垢染みた藍《あい》の万筋《まんすじ》の木綿袷《もめんあわせ》の前をいくじなく合せて、縄のような三尺を締め、袖に鉤裂《かぎざき》のある印半纏《しるしばんてん》を引掛《ひっか》けていて、動くたんびに何処からか鋸屑《のこぎりくず》が翻《こぼ》れるとい
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