》はとぼけて居て、あの方は本当に可笑しい方で、何《なん》か仰しゃって居るといつかお洒落になって居て、私は分りませんから御挨拶をすると、洒落に挨拶は驚くと仰しゃってねえ、皆《みん》な気が揃って面白いお方で、本当に親切な方ですねえ」
 と噂をすればさす影の障子を明けて這入って来たのは車夫の峰松。
峰「先刻は」
岩「おや今お噂をして居りました」
峰「旦那が大変案じておいでなすって、それからお薬がお入用《いりよう》なら、もっと上げたい、お丸薬の良いのがあるから上げたいと申すので、なんなら持って参りましょうか」
岩「有難うございます、奥様ももう大丈夫で……まアお茶を一つ召上れ、まア此方《こちら》へ」
峰「有難うございます……これは結構なお菓子で……大変ですねえ、お宅から参るので、此方にはございません、伊香保饅頭は温《あった》かいうちは旨いが冷《ひえ》ると往生で、今坂《いまさか》なんざア食える訳のもんではありません……へえー藤村ので、東京《とうけい》から来るお菓子で、へえ」
岩「今日のは一つ目の越後屋のお菓子で、一つ召上れ」
峰「有難うございます……此方はお二人切りだからお淋しかろうって旦那が心配して居ります」
岩「誠に好《よ》い旦那さまで、結構なお薬を頂き有難う存じました、只今お返し申しに上ろうと思って居ました」
峰「なに返さなくっても宜しゅうございます、幾らも持っておいでになるので、カバンを開けると用意に腹痛《はらいた》の薬だの頭痛の薬だの、是れは何んだとかって幾つもあるのだから、何処が悪いっても大丈夫で、緩《ゆっ》くり御養生なさい」
岩「あなたの旦那さまは川口町とかで何御商売で」
峰「なに金貸《かねかし》で、下質《したじち》を取ってお屋敷へお出入りがあるので」
岩「彼《あ》の方様今度は御新造様はお連れ遊ばさずに」
峰「なに御新造さまはないので、段々聞くとお死亡《なくなり》になって仕舞ったので、是から探すので、伊香保へ探しに来たと云うわけではないので、これは湯治でげすが、へえ此方《こちら》の奥様見たいなあゝ云う御様子の好《い》い方を女房に持ちたいなどと仰しゃいました」
女「あれまア冥加至極な事を仰しゃる」
峰「茗荷《みょうが》がどうしました」
女「いゝえ貴方そんな御冗談ばっかり」

        二十五

峰「本当でげす、貴方のお癪を押したのは誠に有難いと云っていました」
女「恐れ入った事で、まだ癪を押して下すった御親切のお礼にも上りませんで、本当に貴方方の御親切で助かったと思って居ります」
峰「あの由兵衞という男は助平だからお前さんのことも種《いろ》んなことを云って居ましたよ」
岩「御冗談ばっかり」
峰「貴方お癪にはなんでげすねえ四万《しま》てえ処がありますが、是から九里ばかりありますが、これは子供の虫と癪には覿面《てきめん》効《き》くってえので皆《みん》な行きます、これは三日居ればどんな癪でも癒るてえますから入らっしゃいましな」
女「そう云うお話を聞きました、勧めた方もございますが、初めてゞ知らない処でねえ」
峰「なに車が利くし、道は出来て直《じ》きに往《ゆ》かれます、天狗坂《てんぐざか》てえのが少し淋しいが、それから先は訳はねえ、私の処《とこ》の旦那も往《い》くがの」
女「貴方の処《とこ》の旦那さまが、そう何日《いつ》」
峰「明日《あす》か明後日《あさって》往《ゆ》くてえます、へえ」
岩「折角お馴染になったに、残らずで往《い》くのですか」
峰「へえ私も往《い》くので」
岩「心細うございますねえ、本当にねえ、お隣へ厭な者でも来るといけないと思って居たが、飛んだ好《い》いお方が入らしったと喜んで居たのに、四万へ入らっしゃるって、淋しいねえ」
峰「じゃアあなた方も入らっしゃいな、また四万へ往って隣合って居ますから入らっしゃいましな」
女「でも貴方、男|衆《しゅ》ばかりの処《とこ》へ女二人一緒に参るのは、また知れでもしますと」
峰「知れたって宜うがす、別れ/\に往っても一方道で、四万へ往ったら又お隣り座敷に居《お》れば知れやアしません、そうして襖《ふすま》を明ければ一緒になります、へえ一緒にお出でなさい、旦那も是非お連れ申したいといって居ましたからお出でなさい」
女「本当に御一緒に参りたいがねえ、宅《うち》から郵便でも来て此家《こゝ》に居ないとまた……」
峰「それは此方《こっち》へ頼めば宜うございます、四万の關善《せきぜん》と云うこれは善《よ》い宿屋で、郵便も直《じき》に来ます、一日遅れぐらいで届きます」
女「参りたい事は参りたいのでございますが」
峰「入らっしゃいまし、入らっしゃいよ、それに貴方|明日《あした》ね向山へ往《い》くので、私は留守居でげすが、向山へ往って芸妓《げいしゃ》を聘《よ》ぶので、あなた方なんなら御一緒に入らしって月見を成すっては如何《いかゞ》です、向山の玉兎庵《ぎょくとあん》てえので、御迷惑でございますか」
女「何ういたしまして、迷惑ではございませんが」
峰「由兵衞さんは大変喜んで居りますよ、坂をお手を曳いて歩くのは大変仕合せだって云って居ますが、手が硬《こわ》いと云って気を揉んで、種々《いろ/\》の物を付けて居りました」
女「御冗談ばっかり、そんなら明晩月見にお供をいたしても宜しゅうございますか」
峰「宜しいのなんて、入らっしゃい、それから四万へ入らっしゃいまし、旦那はねえ駕籠と云うが、由兵衞さんはポコ/\歩くかも知れねえ、此方《こちら》は遅れて渋川まで私の車で往って、渋川で車を一挺雇って貴方が乗って追っかけりゃア直《じき》で、一日で往《い》かれます、届けものがあれば当家《こちら》へ言付けて置けば堅《かて》え家《うち》で屹度届けます」
女「なんだかお別れ申すのが否《いや》ですから、じゃアそう云うことに願います」
峯「左様《そん》ならそうして入らっしゃいまし」
 と妙な処《とこ》に幇間《おたいこ》を叩き、此方《こっち》も心淋しいから往《い》く了簡になりまして、是れから玉兎庵という料理屋へ参り、図らずも此の奥様の身の上が分ると云うお話でございます。

        二十六

 橋本幸三郎と岡村由兵衞は、向山の玉兎庵と申します料理屋へ参りましたが、只今では岩崎《いわさき》さんがお買入れになりまして彼処《あすこ》が御別荘になりましたが、以前《まえ》には伊香保から榛名山《はるなさん》へ参詣いたしまするに、二《ふた》ツ嶽《だけ》へ出ます新道《しんみち》が開けません時でございますから、一方道で是非彼処を参らなければなりませんが、彼処に福田屋龍藏親分が住居致して居りまして通ります人の休み処《どこ》で飴菓子を売って居ましたのが初《はじめ》で、伊香保が盛ったに付いて料理屋を始めましたが、連藏《れんぞう》と云う息子が居て、その息子が一寸《ちょっと》料理心があって胡麻豆腐と胡瓜揉《きゅうりもみ》という物が当所の名物でございます。一寸鮒か或《あるい》は鯉なぞを活洲《いけす》にいたしましたから、活きたのが食べられます。現今《たゞいま》では伊香保に西洋料理も出来ました。その玉兎庵へ参って、広間の方で橋本幸三郎が一杯やって居りますと、後《あと》から連れて来たのは隣り座敷に居ります処の御新造でございます。年が未だ二十四と云う実に品の好《よ》い別嬪でござりまする。世間を余り見ない人と見えます。お附の女中はお岩と云って四十二三でございます。是は品の好《い》い訳で、出が宜しい。旧幕の折には駿河台|胸突坂《むねつきざか》に居まして、二千五百石頂戴致した小栗上野介《おぐりこうずけのすけ》と云う人の妾の子でござりまする。この小栗と申す人は米国《あめりか》へ洋行した初めで外国奉行を兼ね御勘定奉行で飛鳥《とぶとり》を落す程の勢い、其の人の娘で、私《わたくし》どもは深い事は心得ませんが、三倉《さんのくら》で小栗様は討たれ、又市《またいち》様と云う若殿様は上州高崎へ引取られ、大音龍太郎《おおおとりゅうたろう》と云う人のため故なく越度《おちど》もなきに断罪で、あとで調べて見ると斬らぬでも宜かったそうであります。飛んだ災難でございました。それから散々《ちり/″\》になって奥方は会津に落ちて、会津から上方へ落ちて、只今駿府にお在《い》でと聞きましたが、何う成行きましたか。此のお藤《ふじ》と申す婦人は小栗様の娘で、幼年の折|久留島《くるしま》様と云うお旗下へ御養女においでなすったお方で、維新になりましてからお旗下様は御商法を始めて結構なお暮しでございましても、何処か以前のお癖がありますから、どうも御身代のお為に悪いそうでございまして、殿様育ちのお癖かお冗費《むだ》が立ちだすような事がありますから、商法なすっても思うようには儲けもないが、段々開けて来まして、皆《み》な殿様方も商法は御《ご》上手におなり遊ばしました。出が良いから品と云い応対と云い蓮葉《はすっぱ》な処《とこ》は少しもありません、落着いて居て、盃を一つ受けるにも整然《ちゃん》と正しいので、
幸「そう貴方お堅くなすってはいけません、どうか私どもはぞんざい者で、お屋敷様へお出入りをいたした者でも、町人の癖でおんもりとした事は云えないので……こんな饒舌《おしゃべり》も付いて居りますが、此の通りずぼら[#「ずぼら」に傍点]なことは云うが堅いことは云えませんから、お打解けなすって召上りまし」
由「今日《こんにち》は私は奥様の前は堅くやろうと思ったが、堅くやると云いそこない、漢語なぞを使おうとすると、時々変なことを云いますから、矢張《やっぱり》天保時代昔者でげすから、昔の言葉でなければいけません、殿様方もお戦《いくさ》に往って入らっしって命がけを度々《たび/\》なさったお方が、段々|商人《あきんど》におなり遊ばして、世の中の人と同等の御交際をされますが、昔を知って居りますから貴《とうと》く思いまして」
 などゝ話のうちに追々肴が真中《まんなか》へおし並びますので、
幸「由兵衞|一猪口《いっちょこ》…」
由「有難う……、胡麻豆腐は冷えませんうち召上ると云うことは出来ません、先から冷たいからこれも温《あった》かゝったら旨かろうと思います……瓜揉は感心で、少し甘ったるいのは酢が少し足らない……今日《きょう》は小峰《こみね》さんと云う芸妓《げいしゃ》が参りますが、是も昔は長刀《なぎなた》の、ぞうりをはいてと伊左衞門《いざえもん》ではありませんが大層なお身の上の人で」
 と話のうち小峰が参りましたから、
由「ヤア来た/\……あゝ来た、どうも綺麗だ」

        二十七

幸「さア/\此方《こっち》へ、貴方大きくおなんなすって」
由「御覧なさい、お小さいうちに逢った限《ぎり》で、昔馴染と云うものはねえ旦那」
幸「お上りなすって、さア……どうもお美くしくお成りなすった」
由「上等/\……さア/\大変|先刻《さっき》からお待ち申して居りました」
やま「誠に遅うなりまして……御免下さい、貴方ねえ昼間のうちから上りたいと申してはそわ/\して居りまして、早く行ってお目に懸りたいと申して、直《すぐ》に木暮さんへ行こうと申して居りましたが、大屋さまへ行っても運動にでもお出《で》で留守だといけまいから、それより暮れてからのお約束だからと申してね貴方」
由「へえ大変に待って居たので……イヤこれはどうも誠に」
小峯「昨日《きのう》は母が誠に失礼を致しまして」
幸「どうも暫く、実にお見違い申して、往来で逢っては知れませんよ」
由「実にお見外《みそ》れ申します……えゝ貴方のお少《ちい》さい時分に私はお屋敷へ上ったことがございます、あの時はそれ両方のお手に大きな金平糖と小さい金平糖、赤いのが這入った袋を二つ持って入らしって、私が頂戴と云うと貴方一つ下すった、お気象がよくって入らしって、もう一つと云うと、また袋の中から、もう一つ/\と皆《みん》な貰って仕舞って、終《しま》いにはもう一つもないから、袋を覗いてお泣きなすったことがありましたが、彼《あ》の時分からお馴染でげすから」
小峯「有難うございます、お母《っか》さんが帰って来てまア、由兵
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