とり引証《いんしょう》をするのみならず、安眠たる事は有るまからんと存奉候《ぞんじたてまつりてそろ》、其処《そこ》の道理を推測《おしはか》って見ますと、尊公の腹立《ふくりゅう》致さるゝ処は至極何うも是は沈黙千万たるの理合《りあい》にあらずんば有るべからず」
 と何んだか云う事は些《ちっ》とも分りません、可笑《おかし》いのも上《のぼ》せて居りますから気が付かず茂之助は夢中で居ります。
茂「お前さんの云う事は何んだか薩張《さっぱ》り分りませんが、男女《なんにょ》とも此の儘何うも捨置く事は出来ません、御意見に背くようですが親父の前へ対しても打棄《うっちゃ》っちゃア置かれませんから、私は彼奴《あいつ》を斬らずにゃア置きません、何うぞお手をお引き下さいまし」
松「さア斬れ、二人並べて置いて斬れ……何《な》にイ当然《あたりめえ》よ、密通すれば何《ど》れだけと処分は極って居るんだ、仮令《たとえ》間男をしても亭主が無闇に斬るような世の中じゃア無《ね》えや、さア何処へでも勝手に持出せ、一年の間赤い筒袖《つゝっぽ》を着て苦役《くえき》をする事は素《もと》より承知の上だが、何も二人で枕を並べて寝てえた訳じゃアなし、交際酒《つきええざけ》を一盃飲んで居ただけで、何も証拠の無え事を間男|呼《よば》わりを為《し》やアがッて、何処が間男だえ」
たき「静かにしておくんなさい、三八《さんぱっ》さんにまで御苦労を掛けて済みませんが、申し茂之助さん、何う為たんだよ、お前さん能《よう》く気を落着けておくれよ、大金を出して私を身請えしたと云う処《とこ》を恩に掛けて居なさるけれども、丸で私をおさんどん同様にこき遣って居るじゃアないか、請出されて来て見ればお前には立派なお内儀《かみ》さんも有って子供まで出来て居るじゃアないか、だから実家《うち》へ這入る事も出来ないで斯んな裏家住居《うらやずまい》の所へ人を入れて、妾《てかけ》と云っても公然《おもてむき》届けた訳でもなし、碌なものも着せず、いまに時節が来ると本妻《つま》にすると私を騙《だま》かして置くじゃアないか、間男を為たと云われた義理かえ、何うにもお前さんから然《そ》んな事を云われる訳は有りませんよ、若《も》しおくのさんが松さんと一緒に寝てゞも居たら、それは斬るとも叩《は》るとも勝手にするが宜《い》いけれども、私は斬られちゃア詰らないから立派に出しておくんなさいよ」
茂「えゝ―出すも退《ひ》くも有るものか」
 と打ちに掛るをやっと押え留め、
三「まア/\それでは即ち人民たるものゝ権利を蔑《ないがし》ろにすると云うものだから、先ず心を静め給え、一体当県は申すに及ばず全国一般の幸福たるをおしはかって見れば、そのエー男女《なんにょ》同権たる処の道を心得ずんば有るべからず、姑《しばら》く男女同権はなしと雖も、此事《これ》は五十|把《ぱ》百把の論で、先ず之を薪《たきゞ》と見做《みな》さんければならんよ、貴方の方に薪《たきゞ》が五十把あると松五郎殿の方には薪《まき》が一把も無《ね》えから、君が方に薪《まき》が有らば己《おら》の方へ二十把|許《ばか》り分けて貰いてえ、いや分ける事はなんねえと云う場合に於てからに、松五郎殿が其の薪《まき》を窃《ぬす》んで焚《た》くような次第と云わざるべからざる義だから、恐入り奉る訳ではない、なれど白刃《はくじん》を揮《ふ》って政府《かみ》お役人の御《ご》集会を蒙むるような事に於ては愍然《びんぜん》たる処の訳じゃア無いか、先ず即ち僕も斯う遣って爰《こゝ》へ這入った事だから、兎に角僕に預け給わんければ相成らんと心得有らずんば有るべからず」
 と何んだか訳の分らん事を云いながら無理遣りに押別《おしわ》けて、お瀧、松五郎の二人を自分の宅《うち》へ連れて参りました。

        十

 三八郎は再び茂之助の処へ来て、段々茂之助の胸を聞いて見ると、彼奴《あいつ》には愛想が尽きたから何処までも離縁をする気だが、身請の金を取返さんければならんと云い、おたきの方では手切を遣《よこ》せというので掛合が面倒に成り、終《つい》にはお瀧の方へ遣るような都合になりましたが、其の金が有りませんから、三八郎が茂之助の親奧木佐十郎の処へ参り、
三「えゝ御免を蒙ります」
くの「おや、おいでなさいまし……お父《とっ》さま、栄町の三八さまがおいでなさいましたよ」
佐「まア、此方《これ》へ、これは好《よ》うこそ、さア何うぞ此方《こっち》へ」
三「御免なさいまし……えゝ追々気候も相当致しまして自然|暑気《あつさ》が増します事で、かるが故に御壮健の処は確《しか》と承知致し罷《まか》りあれども、存外|寸間《すんかん》を得ず自然御無沙汰に相成りました」
佐「拙者方《てまえかた》よりも誠に御無沙汰……好うこそ、さア/\もっと此方《こっち》へ……貴方はお若いに能く人の世話をなさると聞いて居りますが、誠に感心な事です」
三「いえ何う致しまして、併《しか》し貴方は何時も御壮健で」
佐「いえ最ういけません、年を老《と》ったので何も手伝いが出来ん事に成りました」
三「恐入ります、尊君さまの御令貌《ごれいぼう》の処は中々御壮健な事で……えゝおくのさん、誠に御無沙汰を致しました、此の間はまた何よりの物を戴き誠に有難う……つい離れて居りますから存じながら御無沙汰に相成ります……えゝ今日《こんにち》は少々御内談を願う義が有って態々《わざ/\》推参致したる理合と云うは内々《ない/\》の事で、何うも御尊父さまの御腹立《ごふくりゅう》の処は予《かね》て承知致し罷り有るが、実は茂之助殿の儀に就いて奈何《いかに》とも詮術《せんすべ》有る可からざる処の次第柄に至りまして、何とも申し様も有りません」
佐「えゝ彼《あれ》は魔がさして居りますから頓と宅《うち》へは寄せ附けません、子は無い昔と諦めて居りますなれども、嫁に至っては如何にも孝心な者でござって、少しも悪い顔を致さず、誠に私《わし》を真実の親のように大切《だいじ》にしてくれますから、彼《あ》んな白痴者《たわけもの》は要りません、最うおくの一人で沢山でござる、孫も追々成人しますから、田地其の他所持の財産は皆孫|等《ら》に譲り与えて奧木の相続を致させますから、貴方決して彼には構わんで下さい、金円の儀は聊《いさゝ》かたりとも御用立下さらんが宜しい、お心得のため申上げ置きます」
三「へえ……さて何うも此処に於て謝せずんば有るべからざる事件が発して、如何《いかに》とも恐入り奉ります儀で」
佐「ムー何んで、何事でござるか」
三「誠に何うも申し悪《にく》いが、何時までぐず/″\匿《かく》しても居《お》られませんから一伍一什《いちぶしじゅう》申上げる儀でござるが、実は彼《あ》の婦人の手を切るに三十円と云う訳で、段々|先方《せんぽう》へ掛合った処が、間男を為《し》た覚えはないから出る処へ出ると云うのだが、出る処へ出れば第一尊君のお名前に障り、当人の耻にも成る訳で悪い、女の方から先方《むこう》へついて三十円|遣《よこ》せと云う次第で、誠に恐入りますが三十円此の川村三八郎へ下さると思召《おぼしめし》て、御腹立《ごふくりゅう》では御座いましょうけれども願いたい」
 と云われて見れば捨てゝ置けず。然《そ》うもして遣ったら茂之助も家《うち》へ帰ろうかと思いまして、右の金子を川村に渡しました。是れでお瀧は茂之助へ面当《つらあて》ヶ|間《ま》しく、わざとつい一里と隔たぬ猿田村《やえんだむら》の取附《とりつ》きに山王《さんのう》さまの森が有ります、其の鎮守の正面《むこう》に空家が有りましたからこれを借り、葮簀張《よしずばり》の掛茶店《かけぢゃや》を出し、片傍《かたわき》へ草履草鞋を吊して商い、村上松五郎は八木《やぎ》八名田《やなだ》辺へ参っては天下御禁制の賭博《てなぐさみ》を致してぶら/\暮して居ります。茂之助は三八郎の計《はから》いで、手切金を出しお瀧を離縁しましたが、面当に近所へ世帯《しょたい》を持ったので口惜《くやし》くって、寝ても覚めても忘られず、残念に心得て居りました。

        十一

 丁度盆の事でございます。茂之助は少し用が有って町へ買物に出ますると、足利地方では立派な家《うち》のお内儀《かみ》さんが風呂敷包を脊負《しょ》って買物に往《ゆ》きます。日傘を指《さ》し包を十文字に脊負《せお》い、ガラ/\下駄を穿《は》いて豪家《ものもち》のお内儀さんでも買物に出まするくらいだから、お瀧も小包を提げて買物を致し、自分の家へ這入りに掛る処を茂之助が見付け、
茂「おい、お瀧/\」
たき「あい……恟《びっく》りしたよ、何んですえ」
茂「何んですとは何んだ、何んですもねえもんだ」
たき「何を云うんだよ、何うしたんだねえ」
茂「何うもしねえのよ、お前《めえ》に少し云う事が有って己は[#「己は」は底本では「已は」]来たんだ、お前と云うものは何うも実に不実な女だぜ、己に済むけえ、前橋に居た時に何卒《どうぞ》して東京へ帰りたい、何時までも此処に芸者をして居ても堅くして居ちゃア衆人《ひと》の用いが悪うございます、此の節は厭な官員さんが這入って来て御冗談を仰しゃる事が有るから困ります、私も旧《もと》は武士《さむらい》の娘ですから然《そ》んな真似も為《し》たくないと云うから、己が可愛相だと思えばこそ無理才覚をして、藤本へ掛合って、手前《てめえ》の身請をして遣った時にゃア手を合せて拝んだじゃアねえか、その恩を忘却して何んだ、松公に逢いたいから請出されて来たとは何んの云い草だ、何うも然ういう了簡とも知らず騙されたのは僕が愚だから仕方も無《ね》えが、剰《あまつ》さえ三十金手切を取って、これ見よがしに此の猿田村へ世帯《しょたい》を持ち、二人仲好く暮して居られた義理かえ」
たき「然んな事を今云ったッて仕方が無いじゃアないか、然んなら何故|彼《あ》の時出さないようにおしなさらない、一旦得心ずくで離縁に成って仕舞えば仕方が無いじゃア有りませんか、もう書付まで取交して悉皆《すっかり》極りが付いて仕舞って、今の私の亭主は松五郎ですよ、成程それは旧《もと》お前さんのお世話に成った事も有りますけれども、今に成って然んなぐず/\した事を云うと、今度はしっぺえ返しに松五郎さんの方から理不尽に喧嘩でも仕掛けるといけないから、後生ですから早く帰って下さい、お前さんより松さんの方が余程《よっぽど》やきもちやきで困るんだよ、ちょいと他の男と差向いで話でもして居ると、直ぐ嫉妬《やきもち》を焦《や》いて、訝《おか》しい処置振りをするって怒るんだよ」
茂「誰だってそれは怒るのが夫婦の情だ、お互に情が有れば夫婦の情だが、お前の方では夫婦の情を尽す事が無《ね》えんだ、何う考えてもお前に出られちゃア己の顔が立たねえんだ、聞けば松公は賭《あそ》んでばかり居《い》る……賭んで居《お》る……そうだそうだが、行先《ゆきさき》の認めの無《ね》い松公を慕って居ても末始終お前の身の上が覚束無《おぼつかね》えよ、縁有って一度でも二度でも苦労をした間柄だから、少しの金で松公の手が切れる事なら、何うか金の才覚はするから旧通《もとどお》りに話が附くめえものでも無えから、帰る腹なら帰ってくれねえか」
たき「厭だよ、シト何うしたんだね、私は素《もと》よりお前さんに惚れて来たんじゃア無いよ、前橋のような知りもしない処へ芸者に往って、逢う人も/\馴染めないやぼな人ばかりで、厭で/\堪らない処で松さんに逢ったんだが[#「逢ったんだが」は底本では「逢ったんだか」]、彼《あ》の人は私が東京に居た時分からの馴染だが、お金が無くって気儘に成れないから困って居ると、お前さんが舌の長い事を云ってポン/\法螺をお吹きだから、宜《い》い金持の旦那様と思い違えて、請出されて来て見ると、宅《うち》ではお内儀さんが機を織って働いて居るような人だから、然んな人の傍に何時までくっ附いて居ても仕方が無いから、私も斯う云う訳に成ったんだから、何もお前さんに未練を残して帰りたいなんてえ了簡は無いよ、然んな未練な事を云うと気障《きざ》が見えて耐《たま》らないよ
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