《よ》に入《い》ると犬の吠える許《ばか》り、往来は絶えて一人も通らんから、もう仕方がない私の様な者でも人様の云う事を聞けば五百文でもやると仰しゃるが、身を売ってもお父《とっ》さんを助けたいけれども、私が居なければ介抱をしてもなし、お父さんに御飯《おまんま》をたべさせる事も出来ないから、身を売る訳にも行《ゆ》かず、進退|谷《きわ》まりまして誰《たれ》にも知れる気遣いないから、思い切って、身を穢《けが》してもお銭《あし》を貰ってお父さんに薬も飲ませ、旨い物を喰べさせて上げたいと可哀想に僅《わずか》五百か六百の銭《ぜに》の為に此の孝行の美婦人が身を穢しても親を助けようという了簡になりましたのは実に不幸の娘であります。九ツも過ぎ、芝の大鐘《おおがね》は八ツ時でちらり/\と雪の花が顔に当る処へ、向うから白張《しらはり》の小田原提灯を点けて、ドッシリした黒羅紗《くろらしゃ》の羽織に黒縮緬の宗十郎頭巾《そうじゅうろうずきん》に紺甲斐絹《こんがいき》のパッチ尻端折《しりはしおり》、紺足袋に雪駄穿《せったば》き蝋色鞘《ろいろざや》の茶柄の大小を落差《おとしざ》しにしてチャラリチャラリとやって参りました、
前へ 次へ
全134ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング