孝心に愛《め》でゝ上に於ても格別の思召《おぼしめし》を以て此のまゝ免し遣わす、立ちませえ」
 筆「はい」
 と立とうとする途端にびいんという仮牢の錠の開く音が頭上に響いて、恟《びっく》りする中《うち》に大戸をガラ/\と開けて仮牢から引出《ひきいだ》されましたは、禿げた頭の月代《さかやき》は斑白《まだら》になりまして胡麻塩交りの髭が蓬々《ぼう/\》生え頬骨が高く尖り小鼻は落ちて目も落凹《おちくぼ》み下を向いて心の中《うち》に或遭王難苦《わくそうおうなんく》、臨刑慾寿終《りんけいよくじゅしゅう》、念彼観音力《ねんぴかんのんりき》、刀尋段々壊《とうじんだん/\え》、或囚禁枷鎖《わくしゅうきんかさ》、手足被※[#「※」は「きへん+丑」、570−6]械《しゅそくぴちゅうかい》、念彼観音力《ねんぴかんのんりき》、釈然得解脱《しゃくねんとくげだつ》、と牢の中《なか》でも観音経《かんのんぎょう》を誦《よ》んで居たが今ヒョロ/\と縄に掛って仮牢から引出《ひきだ》されるを見ますると、三年以前に別れた実父の下河原清左衞門でございますから何う云う訳で此の有様はと、はッと思いまして、
 筆「お父《とっ》さん」

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