しやらないもんですから、何《ど》うなすつたんだらうツて本当《ほんたう》に心配をしてえましたよ、然《さ》うするとね、お母《ふくろ》が云《い》ふのには、お前《まい》何《なに》か旦那《だんな》を失策《しくじつ》たんぢやアないかてえますから、ナニお前《まへ》人を失策《しくじら》せるやうな旦那《だんな》ぢやアないから心配おしでない、でも彼《あれ》ツ切《きり》入《い》らつしやらないには何《なに》か理由《わけ》があるんだらうつて、ふう[#「ふう」に白丸傍点]だノはア[#「はア」に白丸傍点]だのが姐《ねえ》さん本当《ほんたう》に旦那《だんな》は何《ど》うなすつたんだらう、何《なに》か怒《おこ》つて居《ゐ》らつしやるんぢやアなからうかてつて、痛《ひど》く彼婦《あのこ》が心配してえるんですよ、ナニお前《まへ》は失策《しくじ》る気遣《きづかひ》はないよ、アノ時《とき》奥《おく》の見通《みとほ》しに来《き》てエたのは、何《ど》うも厭《いや》に生《なま》なお客だもんだから旦那《だんな》が変《へん》にお思ひなすつたかも知れないが、ナニ彼《あ》の方《かた》の事なら後《あと》でお咄《はなし》をしても解《わか》るんだから、決してお前《まへ》が失策《しくじ》るやうな事はない、大丈夫だから安心してお出《い》でよ、でも何《なん》だか旦那《だんな》がお怒《おこ》んなすつたやうで気が揉《も》めてならないわ、だけれども姐《ねえ》さん旦那《だんな》はね段々《だん/″\》長くお側《そば》に坐《すわ》つてると段々《だん/″\》好《よ》くなつて来《き》ますよ、なんて、アノ重い口から云《い》ふ位《くらゐ》だから、まア本当《ほんたう》に不思議だと思つてますの、アノ今日《けふ》は旦那《だんな》彼《あれ》をちよいと喚《よ》んでやつて下さいよ、アレサ其様《そん》な事を云《い》はずに彼《あれ》も大層《たいそう》心配をしてえますから、姐《ねえ》さん旦那《だんな》はあれツ切《きり》入《い》らつしやらないか、入《い》らつしやらないかツて、度々《たび/\》私《あたし》に聞《き》きますから、ナニ早晩《いまに》屹度《きつと》入《い》らつしやるから其様《そん》なに心配《しんぱい》をおしでないよツて、云《い》つてるんですもの、おやお従者《とも》さん誠に御苦労様《ごくらうさま》今《いま》お酢《すし》でも上《あ》げますから少し待つてゝ下さいよ、ちよいとまア旦那《だんな》貴方《あなた》の今日《けふ》のお召《めし》の好《よ》いこと、結城《ゆふき》でせう、ナニ節糸織《ふしいとおり》、渋《しぶ》い事ね何《ど》うも、お羽織《はおり》のお色気《いろけ》と取合《とりあひ》の好《よ》いこと、本当《ほんたう》に身装《なり》の拵《こさへ》は旦那《だんな》が一|番《ばん》お上手《じやうず》だと皆《みんな》がさう云《い》つてるんですよ、あのね此春《このはる》洋服《やうふく》で入《い》らしつた事がありましたらう、黒の山高帽子《やまたかばうし》を被《かぶ》つて御年始《ごねんし》の帰《かへり》に、あの時は何所《どこ》の大臣《だいじん》さんが入《い》らしつたかと思つた位《くらゐ》ですよ、本当《ほんたう》に旦那《だんな》は何《なに》を召《め》しても能《よ》くお似合《にあひ》なさること、夫《それ》に旦那《だんな》はお優《やさ》しいから年寄《としより》でも子供でも、旦那《だんな》は入《い》らつしやらないか、入《い》らつしやらないか、とお慕《した》ひ申《まうし》ます所が誠に不思議だ、あれだけ何《ど》うも旦那《だんな》は萬事《ばんじ》に御様子《ごやうす》が違ふんだと然《さ》う云《い》つてますの、まア二階へお上《あが》んなさいましよ、まアさ其様《そん》な事を云《い》はずに彼《あれ》を喚《よ》んでおやんなさいよ、でないと若い妓《こ》を一人殺しちまふやうなもんです、本当《ほんたう》に貴方《あなた》は芸妓殺《げいしやころし》ですよ、まアちよつと二階へお上《あが》んなさいよ」。主人「エヘヽヽ此手《このて》では如何《いかゞ》でございます。婦人「成程《なるほど》是《これ》は頓《とん》だ宜《よ》うございますね、ぢやア之《これ》を一つ戴《いたゞ》きませうか。帯《おび》の間《あひだ》から紙幣入《さついれ》を出して幾許《いくら》か払《はらひ》をして帰《かへ》る時に、重い口からちよいと世辞《せじ》を云《い》つて往《ゆ》きましたから、大《おほ》きに様子《やうす》が宜《よろ》しうございました。其後《そのあと》へ入違《いれちが》つて這入《はいつ》て来《き》ましたのが、二子《ふたこ》の筒袖《つゝそで》に織色《おりいろ》の股引《もゝひき》を穿《は》きまして白足袋《しろたび》麻裏草履《あさうらざうり》と云《い》ふ打扮《こしらへ》で男「エヽ御免《ごめん》なさい。若「へい、入《い》らつしやい
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