》は誠に工合《ぐあひ》が宜《よろ》しいが、汁粉屋《しるこや》の店《みせ》からは何《なん》となく出にくいもの、汁粉屋《しるこや》では酔《よ》ふ気遣《きづかひ》はない、少し喰過《くひすぎ》て靠《もた》れて蒼《あを》い顔をしてヒヨロ/\横に出る抔《など》は、余《あま》り好《よ》い格好《かつこう》ではござりませぬ。さて此《この》世辞屋《せじや》は角店《かどみせ》にして横手《よこて》の方《はう》を板塀《いたべい》に致《いた》し、赤松《あかまつ》のヒヨロに紅葉《もみぢ》を植込《うゑこ》み、石燈籠《いしどうろう》の頭《あたま》が少し見えると云《い》ふ拵《こしらへ》にして、其此方《そのこなた》へ暖簾《のれん》を懸《か》け之《これ》を潜《くゞ》つて中《なか》へ這入《はい》ると、格子戸作《かうしどづくり》になつて居《ゐ》ましてズーツと洗出《あらひだし》の敲《たゝき》、山《やま》づらの一|間《けん》余《よ》もあらうといふ沓脱《くつぬぎ》が据《す》ゑてあり、正面《しやうめん》の処《ところ》は銀錆《ぎんさび》の襖《ふすま》にチヨイと永湖先生《えいこせんせい》と光峨先生《くわうがせんせい》の合作《がつさく》の薄墨附立書《うすずみつけたてがき》と云《い》ふので、何所迄《どこまで》も恰当《こうとう》な拵《こしらへ》、傍《かたはら》の戸棚《とだな》の戸《と》を開《あ》けると棚《たな》が吊《つ》つてあつて、ズーツと口分《くちわけ》を致《いた》して世辞《せじ》の機械が並んで居《ゐ》る。其此方《そのこなた》には檜《ひのき》の帳場格子《ちやうばがうし》がありまして、其裡《そのうち》に机を置き、頻《しきり》に帳合《ちやうあい》をして居《ゐ》るのが主人《あるじ》。表《おもて》の入口《いりくち》には焦茶地《こげちやぢ》へ白抜《しろぬき》で「せじや」と仮名《かな》で顕《あらは》し山形《やまがた》に口といふ字が標《しるし》に附《つい》て居《を》る処《ところ》は主人《あるじ》の働《はたらき》で、世辞《せじ》を商《あきな》ふのだから主人《あるじ》も莞爾《にこやか》な顔、番頭《ばんとう》も愛《あい》くるしく、若衆《わかいしゆ》から小僧《こぞう》に至《いた》るまで皆《みな》ニコ/\した愛嬌《あいけう》のある者《もの》ばかり。此家《こゝ》へ世辞《せじ》を買《かひ》に来《く》る者は何《いづ》れも無人相《ぶにんさう》なイヤアな顔の奴《やつ》ばかり這入《はい》つて来《き》ます。是《これ》は其訳《そのわけ》で無人相《ぶにんさう》だから世辞《せじ》を買《かひ》に来るので婦人「御免《ごめん》なさい。若「へい入《い》らつしやいまし、小僧《こぞう》やお茶《ちや》を、サ何卒《どうぞ》此方《こちら》へお掛《か》け遊ばして、今日《こんにち》は誠に好《よ》いお天気になりました、何卒《どうぞ》之《これ》へ。婦人「はい、御免《ごめん》なさいよ。ズツと頭巾《ずきん》を取ると年《とし》の頃《ころ》は廿五六にもなりませうか、色の浅黒《あさぐろ》い髪の毛の光沢《つや》の好《よ》いちよいと銀杏返《いてふがへ》しに結《ゆ》ひまして、京縮緬《きやうちりめん》の小紋織《こもんおり》の衣類《いるゐ》、上《うへ》には黒縮緬《くろちりめん》の小さい紋《もん》の附《つい》た羽織《はおり》、唐繻子《たうじゆす》の丸帯《まるおび》を締《し》め小さい洋傘《かうもりがさ》を持《もつ》て這入《はいつ》て来《き》ました。器量《きりやう》は好《よ》いけれども何所《どこ》ともなしに愛嬌《あいけう》のない無人相《ぶにんさう》な容貌《かほつき》で若「サ、何卒《どうぞ》此方《こちら》へおかけ遊ばして。婦人「アノ私《わたし》はね、浜町《はまちやう》の待合茶屋《まちあひぢやや》でございますがね、何《ど》うも私《あたし》は性来《うまれつき》お世辞《せじ》がないんですよ、だもんだからお母《つか》さんが、手前《てめえ》の様《やう》に無人相《ぶにんさう》ぢやア好《よ》いお客は来《き》やしないから世辞《せじ》を買つて来《こ》いと、小言《こごと》を云《い》はれたので態々《わざ/″\》買ひに来《き》たんです、何《ど》うか私《あたし》に宜《よ》さゝうな世辞《せじ》があるなら二ツ三ツ見せて下さいな。主人「へい畏《かしこま》りました、待合《まちあひ》さんのお世辞《せじ》だよ、其《そ》の二番目の棚《たな》にあるのが丁度《ちやうど》宜《よ》からう、うむ、よし/\、えゝ此手《このて》では如何《いかゞ》でげせう。ギイツと機械を捻《ねぢ》ると中《なか》から世辞《せじ》が出ました。発音器「アラ入《い》らしつたよ、チヨイとお母《つか》さん旦那《だんな》が、何《ど》うもまア貴方《あなた》は本当《ほんたう》に呆《あき》れるぢやアありませぬか、過日《こなひだ》お帰《かい》んなすつた切《ぎり》入《い》らつ
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