此家《こゝ》へ稽古に参りまする娘が一人ありまして、名をお久《ひさ》と云って、総門口《そうもんぐち》の小間物屋の娘でございます。羽生屋三五郎《はにゅうやさんごろう》と云う田舎|堅気《かたぎ》の家《うち》でございまするが、母親が死んで、継母《まゝはゝ》に育てられているから、娘は家《うち》に居るより師匠の処に居る方がいゝと云うので、能《よ》く精出して稽古に参ります。すると隠す事程|結句《けっく》は自然と人に知れるもので、何《ど》うも訝《おか》しい様子だが、新吉と師匠と訳がありゃアしないかと云う噂が立つと、堅気の家《うち》では、其の様な師匠では娘の為にならんと云って、好《い》い弟子はばら/\下《さが》ってしまい、追々お座敷も無くなります。そうすると、張子連は憤《おこ》り出して、
「分らねえじゃアねえか、師匠は何《なん》の事だ、新吉などと云う青二歳を、了簡違いな、また新吉の野郎もいやに亭主ぶりやアがって、銜煙管《くわえぎせる》でもってハイお出で、なんと云ってやがる、本当に呆れけえらア、下《さが》れ/\」
と。ばら/\張子連は下ります。其の他《た》の弟子も追々其の事を聞いて下りますと、詰《つま》って来るのは師匠に新吉。けれどもお久ばかりは相変らず稽古に来る、と云うものは家《うち》に居ると、継母に苛《いじ》められるからで、此のお久は愛嬌のある娘で、年は十八でございますが、一寸笑うと口の脇へ靨《えくぼ》と云って穴があきます。何もずぬけて美女《いゝおんな》ではないが、一寸|男惚《おとこぼれ》のする愛らしい娘。新吉の顔を見てはにこ/\笑うから、新吉も嬉しいからニヤリと笑う。其の互《たがい》に笑うのを師匠が見ると外面《うわべ》へは顕《あら》わさないが、何か訳が有るかと思って心では妬《や》きます。この心で妬くのは一番毒で、むや/\修羅《しゅら》を燃《もや》して胸に燃火《たくひ》の絶える間《ま》がございませんから、逆上《のぼ》せて頭痛がするとか、血の道が起《おこ》るとか云う事のみでございます。と云って外《ほか》に意趣返しの仕様がないから稽古の時にお久を苛めます。
豐「本当に此の娘《こ》は何てえ物覚《ものおぼえ》が悪い娘だろう、其処《そこ》がいけないよ、此様《こん》なじれったい娘はないよ」
と無暗《むやみ》に捻《つね》るけれども、お久は何も知らぬから、芸が上《あが》ると思いまして、幾ら捻られてもせっせと来ます。それは来る訳で、家《うち》に居ると継母に捻られるから、お母《っか》さんよりはお師匠さんの方が数が少いと思って近く来ると、猶《なお》師匠は修羅を燃《もや》して、わく/\悋気《りんき》の焔《ほむら》は絶える間は無く、益々逆上して、眼の下へポツリと訝《おか》しな腫物《できもの》が出来て、其の腫物が段々|腫上《はれあが》って来ると、紫色に少し赤味がかって、爛《たゞ》れて膿《うみ》がジク/″\出ます、眼は一方|腫塞《はれふさ》がって、其の顔の醜《いや》な事と云うものは何《なん》とも云いようが無い。一体少し師匠は額の処が抜上《ぬけあが》って居る性《たち》で、毛が薄い上に鬢《びん》が腫上っているのだから、実に芝居で致す累《かさね》とかお岩とか云うような顔付でございます。医者が来て脈を取って見る。豊志賀が、是は気の凝《こり》でございましょうか、と云うと、イヤ然《そ》うでない是は面疔《めんちょう》に相違ないなどゝ云うが、それは全く見立違《みたてちが》いで、只今の様に上手なお医者はございません時分で、只今なら佐藤先生の処へ行《ゆ》けば、切断して毒を取って跡は他人の肉で継合《つぎあ》わせると云う、飴細工の様な事も出来るから造作はないが、其の頃は医術が開けませんから、十分に療治も届きません。それ故段々|痛《いたみ》が烈《はげ》しくなり、随《したが》って気分も悪くなり、終《つい》にはどっと寝ました。ところが食《しょく》は固《もと》より咽喉《のど》へ通りませんし、湯水も通らぬ様になりましたから、師匠は益々|痩《やせ》るばかり、けれども顔の腫物《できもの》は段々に腫上って来まするが、新吉はもと師匠の世話になった事を思って、能《よ》く親切に看病致します。
新「師匠/\、あのね、薬の二番が出来たから飲んで、それから少し腫物の先へ布薬《ひきぐすり》を為《し》よう、えゝおい、寝て居るのかえ」
豐「あい」
と膝に手を突いて起上りますると、鼠小紋《ねずみこもん》の常着《ふだんぎ》を寝着《ねまき》におろして居るのが、汚れッ気《け》が来ており、お納戸色《なんどいろ》の下〆《したじめ》を乳の下に堅く〆《し》め、溢《くび》れたように痩せて居ります。骨と皮ばかりの手を膝に突いて漸《ようや》くの事で薬を服《の》み、
豐「ほッ、ほッ」
と息を吐《つ》く処を、新吉は横眼でじろりと見ると、もう/\二眼《ふため》と見られない醜《いや》な顔。
新「些《ちっ》とは快《いゝ》かえ」
豐「あい、新吉さん、私はね何《ど》うも死度《しにた》いよ、私のような斯《こ》んなお婆さんを、お前が能く看病をしておくれで、私はお前の様な若い奇麗《きれい》な人に看病されるのは気の毒だ/\と思うと、猶《なお》病気が重《おも》って来る、ね、私が死んだら嘸《さぞ》お前が楽々《らく/\》すると思うから、本当に私は一時《いちじ》も早く楽に死度いと思うが、何うも死切《しにき》れないね」
新「詰らない事を云うもんじゃアない、お前が死んだら私が楽をしようなどゝそんなことで看病が出来るものでは無い、わく/\そんな事を思うから上《のぼ》せるんだ、腫物《できもの》さえ癒《なお》って仕舞やア宜《い》いのだ」
豐「でもお前が厭《いや》だろうと思って、私はお前|唯《たゞ》の病人なら仕方もないけれども、私は斯《こ》んな顔になって居るのだもの」
新「斯んな顔だって腫物だから癒《なお》れば元の通りになるから」
豐「癒ればあとが引釣《ひっつり》になると思ってね」
新「そんなに気を揉《も》んではいけない、少しは腫《はれ》が退《ひ》いたようだよ」
豐「嘘をお吐《つ》きよ、私は鏡で毎日見て居るよ、お前は口と心と違って居るよ」
新「なに違うものか、私は心配して居るのだ」
豐「あゝもう私は早く死度い」
新「お廃《よ》しよ、死《しに》たい/\って気がひけるじゃアないか、些《ちっ》とは看病する身になって御覧、何《なん》だってそんなに死度いのだえ」
豐「私が早く死んだら、お前の真底《しんそこ》から惚れているお久さんとも逢われるだろうと思うからサ」
十七
新「あゝいう事を云う、お前は何《なん》ぞと云うとお久さんを疑《うたぐ》って、ばんごと云うがね、私とお久さんと何か訳があると思って居るのかえ」
豐「それはないわね」
新「ないものを兎や角云わなくっても宜《い》いじゃアないか」
豐「ないからったっても、私と云うものがあるから、お前が惚れているという事を、口にも出さず、情夫《いろ》にもなれぬと思うと、私は本当に気の毒だから私は早く死んで上げて、そうして二人を夫婦にして上げたいよ」
新「およしな、そんな詰らぬ事を、仕様がないな、本当にお前も分らないね、お久さんだって一人娘で、婿を取ろうと云う大事な娘だのに、そんな訳もない事を云って疵《きず》を附けては、向《むこう》の親父さんの耳にでも入ると悪いやね、あの娘のお母《っか》さんは継母で喧《やかま》しいから可愛《かわい》そうだわね」
豐「可愛そうでございましょう、お前はお久さんの事ばかりかわいそうで案じられるだろうが、私が死んでもお前は可愛そうだと思う気遣《きづかい》はないよ」
新「あ、あゝいう事を、お前仕様がないね、よく考えて御覧な、全体私は家《うち》の者じゃアないか、仮令《たとえ》訳があっても隠すが当然だろう、それを訳のない者を疑って、ある/\と云うと、世間の人まで有ると思って私が困るよ」
豐「御尤《ごもっとも》でございますよ、でも何《ど》うせあるのはあるのだね、私が死ねば添われるから、何卒《どうぞ》添わして上げたいから云うのだよ、新吉さん本当に私は因果だよ、私は何うも死切れないよ」
新「あゝ云う事を云う、何を証拠に…えゝそれはね……彼様《あん》な事を…又あゝいう事を……お前そう疑るからいけない、此の頃来たお弟子ではなし、家《うち》の為になるからそれはお前、お天気がいゝとか、寒うございますとか、芝居へおいでなすったか位のお世辞は云わなければならないやね、それも家の為だと思うから云おうじゃアないか、あれサ仕様がないね、別に何も……此の間も見舞物を持って来たから台所へ行って葢物《ふたもの》を明けて返す、あれサそれを、あゝいう分らぬ事を云う仕様がねえなア」
とこぼして居る所へ這入って来たのは何も知らないお久でございます。何か三組《みつぐみ》の葢物へおいしいものを入れて、
久「新吉さん、今日《こんにち》は」
新「ヘエ、お出《いで》なさい、此方《こちら》へお這入りなすって、ヘエ有難う、まア大きに落付《おちつき》ました様で」
久「あのお母《っか》さんが上《あが》るのですが、つい店が明けられませんで御無沙汰を致しますが、慥《たし》かお師匠さんがお好《すき》でございますから、よくは出来ませんが何卒《どうぞ》召上って」
新「有難うございます、毎度お前さんの処から心にかけて持って来て下すって有難う、錦手《にしきで》の佳《い》い葢物ですね、是は師匠が大好《だいすき》でげす、煎豆腐《いりどうふ》の中へ鶏卵《たまご》が入って黄色くなったの、誠に有難う、師匠が大好、おい師匠/\あのねお久さんの処からお前の好な物を煮て持って来ておくんなすったよ、お久さんが来たよ」
豐「あい」
とお久と云う声を聞くと、こくり起上って手を膝について、お久の顔を見詰めて居ります。
久「お師匠さんいけませんね、お母《っか》さんがお見舞に上るのですが、つい店が明けられませんで、些《ちっ》とはお快《よろし》ゅうございますか」
豐「はい、お久さん度々《たび/″\》御親切に有難うございます。お久さん、お前と私とは何《な》んだえ」
新「何を詰らない事を云うのだよ」
豐「黙っておいでなさい、お前の知った事じゃアない、お久さんに云いたい事があるのだよ、お久さん私とお前とは弟子師匠の間じゃアないか、何故お見舞にお出でゞない」
新「何を云うのだよ、お久さんは毎日お見舞に来たり、何《ど》うかすると日に二度ぐらいも来るのに」
豐「黙っておいで、其様《そんな》にお久さんの贔屓《ひいき》ばかりおしでない、それは私が斯《こ》うしているから案じられて来るのじゃア無い、お久さんはお前の顔を見たいから度々来るので」
新「仕様がないナ詰らぬ事を云って、お久さん堪忍してね、師匠は逆上して居るのだから」
久「誠にいけませんね」
とお久は少し怖くなりましたから、こそ/\と台所から帰ってしまいました。
新「困るね、えゝ、おい師匠|何うしたんだ、冗談じゃアねえ、顔から火が出たぜ、生娘《きむすめ》のうぶ[#「うぶ」に傍点]な娘《こ》に彼様《あん》な事を云って、面目無《めんぼくなく》って居られやアしない」
豐「居られますまいよ、顔が見たけりゃア早く追駈《おっか》けてお出で」
新「あゝいう事を云うのだもの」
豐「私の顔は斯んな顔になったからって、お前がそういう不人情な心とは私は知りませんだったよ」
新[#「新」は底本では「豐」]「何を云うのだね、誠に仕様がねえな、些《ちっ》と落付いてお寝よ」
豐「はい寝ましょうよ」
新吉は仕方がないから足を摩《さす》って居りますと、すや/\疲れて寝た様子だから、いゝ塩梅だ、此の間に御飯でも喫《た》べようと膳立《ぜんだて》をしていると這出して、
豐「新吉さん」
新「何《なん》だい、肝《きも》を潰《つぶ》したねえ」
豐「私が斯んな顔で」
新「仕様がねえな冷《ひえ》るといけないからお這入りよ」
と云う塩梅、よる夜中《よなか》でも、いゝ塩梅に寝附いたから疲れを休めようと思って、ご
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