しねえが只黙って使ったのだというと、此の泥坊野郎と云うから私が合点《がってん》しねえ、泥坊とは何《な》んだ、何《ど》ういう理窟で人の事を泥坊と云うのだ、只|汝《われ》が金え出して使ったばかりで、黙って人の物を出して使ったって泥坊と云う理合《りあい》が何処《どこ》に在《あ》るかと、喧嘩をおっ始《ぱじ》めたというわけさ」
 安「矢張《やはり》泥坊の様だな」

        八十三

 馬「親分のいうには、泥坊に違《ちげ》えねえとッて己の頭ア打擲《ぶんなぐ》って、汝《われ》の様な解らねえものアねえと、親分まで共に己に泥坊の名を附けただが、盗んだじゃアねえ只無断で使ったものを泥坊なんぞという様な気の利かねえ親分じゃ仕様がねえと思って、おッ奔《ぱし》って了《しま》ったが仕様がねえから今じゃア馬小屋見てえな家《うち》を持って、こう遣って、馬子になって僅《わずか》な飲代《のみしろ》を取って歩いてるんだが、ほんの命を繋《つな》いでるばかりで仕様がねえのさ、賭博打の仲間へ這入る事も出来ねえから、只もう馬と首引《くびっぴ》きだ、馬ばかり引いてるから脊骨へないら[#「ないら」に傍点]が起《おこ》るかと思ってるよ、昔馴染に、小遣《こづけえ》を少しばかりおくんなさえな」
 安「そんなら汝《てまえ》は風来で遊んでるのか」
 作「遊人《あそびにん》という訳でもねえが、馬を引いてるから、賭博を打《ぶ》って歩く事も出来ねえのさ」
 安「少し汝《てまえ》に話があるから婆アを烟草でも買いに遣ってくれねえか」
 作「はア宜《よ》うごぜえやす、婆《ばア》さま、旦那さま烟草買ってくんろと仰しゃるから買って来て上げなよ、此の旦那は好《いゝ》んでなけりゃア気に入るめえ、唯の方ではねえ安田一角先生てえ」
 安「これ/\」
 作「はア宜うござえやす、立派な先生だから悪《わり》い烟草なんぞア呑まねえから、大急ぎで好《いゝ》のを買って来《き》なせえ……あんた銭有りますかえ」
 安「さ、これを」
 作「サ婆さま是で買って来て上げな」
 安「使い賃は遣るよ」
 婆「はい畏《かしこま》りました、直《じき》にいって参《まえ》りまする」
 と婆《ばあ》さんは使賃という事を聞いて悦んで、烟草を買いに出て参りました。後《あと》は両人|差向《さしむかい》で、
 安「汝《てまえ》馬を引いてるのが幸いだ、己は木卸《きおろし》へ上《あが》る五助街道の間道に、藤ヶ谷《ふじがや》という処の明神山《みょうじんやま》に当時隠れているんだ」
 作「へー、あの巨大《でっけ》え森のある明神さまの、彼処《あすこ》に隠れているのかえ、人の往来《おうれえ》もねえ位《くれえ》の処《とこ》だから定めて不自由だんべえ、彼処は生街道《なまかいどう》てえので、松戸へ通《つ》ン抜けるに余程|近《ちけ》えから、夏になると魚ア車に打積《ぶッつ》んで少しは人も通るが何《なん》だってあんな処に居るんだえ」
 安「それには少し訳があるのだ、己も横曾根にいられんで当地へ出たのだ」
 馬「何《なん》だか名主の惣次郎を先生が打斬《ぶっきっ》たてえ噂があるが、えゝ先生の事《こっ》たから随分やり兼《かね》ねえ、殺《や》ったんべえ此の横着もの奴《め》、そんな噂がたって居難《いづら》くなったもんだからおっ走《ぱし》って来たんだろう」
 安「そんな事はねえが武士《さむらい》の果は外に致方《いたしかた》もなく、旨い酒も飲めないから、どうせ永い浮世に短い命、斬り取《ど》り強盗は武士《ぶし》の習《ならい》だ、今じゃア十四五人も手下が出来て、生街道に隠れていて追剥《おいはぎ》をしているのだ」
 作「えゝ追剥を、えれえウーン怖《おっか》ねえウーン、おれ剥ぐなよ」
 安「汝《てまえ》なぞを剥いでも仕様がないが、汝は馬を引いてるんだから、偶《たま》には随分多分の金を持ってるよい旅人《りょじん》が、佐原《さはら》や潮来《いたこ》辺《あたり》から出て来るから、汝其の金のありそうな客を見たら、なりたけ駄賃を廉《やす》くして馬に乗せ、此処《こゝ》は近道でございますと旨く騙《だま》かして生街道へ引張り込み、藤ヶ谷の明神山の処まで連れて来てくれ、併《しか》し薄暗くならなくっちゃア仕事が出来ねえから、宜《い》い加減に何処《どこ》かで時を移すか、のさ/\歩けば自然と時が遅れるから、そうして連れて来て呉れゝば、多勢《おおぜい》で取巻いて金を出せといえば驚いてしまう、汝は馬を置《おき》っ放《ぱな》してなり引張ってなり逃げてしまいねえ、そうして百両金があったら其の内一割とか二割とか汝に礼をしようから、おれの仲間にならねえか」
 作「そんなら礼が二割といえば百両ありゃア二十両己にくれるのか」
 安「そうよ」
 作「うめえなア、只馬を引張って百五十文ばかりの駄賃を取って、酒が二合に鰊《にしん》の二本も喰えば、後《あと》に銭が残らねえ様な事をするより宜《い》いが、同類になって、若《も》し知れた時は首を打斬《ぶっきら》れるのかよ」
 安「そうよ」
 作「ウーン、それだけだな、己はもうこれで五十を越してるんだから百両で二十両になるのなら、こんな首は打斬られても惜くもねえから行《や》るべえか」
 安「汝《てまえ》馬を引いておれの隠家《かくれが》まで来い、あの明神山の五本杉の中に一本大きな楠《くすのき》がある、其の裏の小山がある処に、少しばかり同類を集めているんだ」
 馬「じゃア彼《あ》のもと三峰山《みつみねさん》のお堂のあった処だね、よくまア彼様《あん》な処にいるねえ、彼処《あすこ》は狼や蟒《うわばみ》が出た処《とこ》なんだから、尤《もっと》も泥坊になれば狼や蟒を怖がっていちゃア出来ねえが、そうかえ」
 一角は懐から金を取出し作藏に渡しながら、
 安「これは汝《てまえ》が同類になった証拠の為、少しだが小遣銭に遣るから取って置け」
 作「え、有難《ありがて》え、これは五両だね、今日は本当に思え掛けねえで五両二分になった」
 安「なぜ」
 作「不思議な事もあるものだ、今日はね、あのもさの三藏に逢ったよ、羽生村の質屋で金かした婆《ば》ア様が死んだって、其の白骨を高野へ納めるてえ来たが、今日は廿一日だから新高野山へお参《めえ》りをするてえので、與助を供に伴《つ》れて、己が先刻《さっき》東福寺まで送ってッたが、昔馴染だから二分くれるッて云ったが、有難うござえやす、実に今日は思え掛けねえ金儲けが出来た」
 安「其の五両を取って見ると、もう同類だから是切り藤ヶ谷へ来ずにいて、若《も》し汝《てまえ》の口から己の悪事を訴人しても汝は矢張《やっぱ》り同罪だ、仮令《たとえ》五両でも貰って見れば同類だから然《そ》う思え」
 作「己も覚悟を極めて行《や》るからには屹度《きっと》遣りやすよ、それは宜《い》いが、あんた直《すぐ》に独りで往《い》くか、馬に乗って往かないか、歩いて往く、そうか、左様なら……あゝ其方《そっち》へ往ってア損だから、其の土橋《どばし》を渡って真直《まっすぐ》においでなせえ、道い悪いから気い付けて往きなさえ、なア安田先生も剣術遣いだから、どうして剣術遣いじゃア飯《まんま》ア喰えねえ、あの人は旧時《もと》から随分|盗賊《どろぼう》ぐれえ遣《や》ったかも知んねえ、今己がに五両呉れたは宜いが、是を取って見れば同類に落すといったが、困ったな、あゝもう往ってしまったか、立派な男だ、婆アさまは何処《どこ》まで烟草を買《け》えに往ったんだろう尤も要《い》らないのだ、人払《ひとばれ》えの為に買えに遣ったんだが余《あんま》り長《なげ》えなア」
 と独言《ひとりごと》をいっている後《うしろ》から、
 男「おい作」
 作[#「作」は底本では「男」]「え、誰だえ己を呼ばるのア誰だ」
 男「お、己だ、久しく逢わねえのう」

        八十四

 作「誰だ、人が何処《どこ》にいるのだ」
 と云いながら、方々見廻し、振返って見ると、二枚折《にまいおり》の葮《よし》の屏風の蔭に、蛇形《じゃがた》の単物《ひとえもの》に紺献上の帯を神田に結び、結城平《ゆうきひら》の半合羽を着、傍《わき》の方に振分《ふりわけ》の小包を置き、年頃三十ばかりの男で、色はくっきりと白く眼のぱっちりとした、鼻筋の通った、口元の締った美《い》い男で、其の側に居るのは女房と見え、二十七八の女で、頭髪《あたま》は達磨返しに結び、鳴海《なるみ》の単衣《ひとえ》に黒繻子の帯をひっかけ[#「ひっかけ」に傍点]に締め、一杯飲んで居る夫婦|連《づれ》の旅人《りょじん》で、
 男「作や、此方《こっち》へ這入《へえ》んねえ」
 といいながら、葭屏風《よしびょうぶ》を明けて出て来た男の顔を見て、
 作「イヤア兄いか、何《ど》うした新吉さん珍らしいなア、久し振りだ、これは何うも珍らしい、実に思え掛けねえ」
 新「汝《てめえ》、大きな声で呶鳴《どな》って居たが相変らずだなア」
 作「おやお賤さん、誠にお久し振でござえやした」
 賤「おや作藏さんお前の噂は時々していたが、相変らず宜《い》い機嫌だね」
 作「本当にお賤さん、見違える様になった、少しふけたね、旅をしたもんだから色が黒くなったが、思え思った新吉さんととう/\夫婦になって彼処《あすこ》をおッ走《ぱし》ったのかえ、今まア何処《どこ》にいるだえ」
 新「彼方此方《あちこち》と身の置き処《どころ》のねえ風来人間で仕方がねえが、是も皆《みんな》人に難儀を掛け、悪い事をした報《むくい》と思って諦めているが、何商売を仕度《した》くも資本《もとで》がないのだ、汝《てめえ》まぶ[#「まぶ」に傍点]な仕事を安田と相談していたが、己も半口載せねえか」
 作「お前《めえ》あの事を聞いたか、是ハア困ったなア、実は銭がねえで困るから這入《へえ》る真似しただア、だが余り這入《へえ》り度《たく》はねえんだ」
 新「旨くいってるぜ、併《しか》し三藏は何処《どこ》へ往ったんだ」
 作「三藏かえ、彼《あれ》はね婆《ばア》さまが死んだから其の白骨を本当の紀州の高野へ納めに往くって、祠堂金《しどうきん》も沢山持ってる様子だ、お累さんもあゝいう死様《しによう》をしたのも矢張《やっぱり》お前《めえ》ら二人でした様なものだぜ」
 新「汝《てめえ》是から新高野へ馬を引いて往くのなら矢張《やっぱり》帰《けえ》りは此処《こゝ》を通るだろう」
 作「鰭ヶ崎の方へ廻るのだが此方《こっち》へ来ても宜《い》い」
 新「そうか、おい作」
 作「え何《な》んだ」
 新「一寸耳を貸せ」
 作「ふーん、怖い事だな」
 新「汝《てめえ》馬を引いて先方《むこう》へ往って、三藏を此処《こゝ》迄乗せて連れて来たら、何か急に用が出来たと云って、馬を置《おき》っ放《ぱな》して逃げてしまってくれねえか、併《しか》し馬を置いて往かれちゃア三藏に逢って仕事をする邪魔になるから、引いてってくれ、其の代り金を三十両やらア」
 作「え、三十両本当に己ア金運《かねうん》が向いて来た、じゃア金をくんろえ、してどういう理窟だ」
 新「三藏とは一旦兄弟とまでなったが、お累が死んでからは、互《たげ》えに敵《かたき》同志の様になったのだ」
 作「敵同志だって汝《おめえ》が三藏を怨むのアそりゃア兄い些《ち》と無理だんべえ、成程お賤さんの前《めえ》もあるから、そういうか知んねえが、三藏を敵と思《おめ》えば無理だぞ、お前《めえ》が養子に往っても男振が宜《い》いもんだから、お賤さんに見染められ、互《たげ》えに死ぬの生《いき》るのと騒ぎ合い、お累さんを振捨てゝお賤さんとこういう事になったから、お累さんも上《のぼ》せて顔が彼様《あんな》に腫れ出して死んで了《しま》ったのだから、却《かえ》って三藏の方でお前を怨んでいるだろうが、何もお前の方で三藏を悪《にく》み返すという理合《りあい》はあんめえぜ」
 新「汝《てめえ》は深い事を知らねえからそんな事をいうんだが、何《なん》でも構わねえ、己が三藏に逢って、百両でも二百両でも無心をいって見ようと思うのだ」
 作「三藏|殿《どん》がお前《めえ》に金を貸す縁があるかえ」
 新「貸しても宜《い》い
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