三つ瓜を盗みたべました処をお咎《とが》めで、何《なん》とも恥入りました事で、武士たる者が縄に掛り、此の上もない恥で、どうか憫然《ふびん》と思召してお許し下されば、此の後《ご》は慎みまする、どうかお情をもってお許しを願いたく存じます」
惣「真桑瓜を盗んだからといって何も殺しはしない、真桑瓜と人間とは一つにはならん、殺しはせんが、茲《こゝ》で助けても、是から何処《どこ》へ行《ゆ》きなさる、当所《あてど》がありますかえ」
富「ヘエ/\、何処といって当も何もないので、といってすご/\江戸表へ立帰る了簡もございません、空腹の余り悪いと知りながら斯様《かよう》なる悪事をして恐れ入ります」
惣「じゃア茲で許して上げても他《わき》へ行って腹が空ると、また盗まなければならん、私《わし》の村で許しても外《ほか》では許さぬ、今度は簀巻にして川へ投り込むか、生埋にするか知れぬから、私が茲で助けても親切が届かんでは詰らん、お前さんの言葉の様子では武家に相違ない様だが、私の処は秋口で書物《かきもの》などが忙がしいが、どうだね、許して上げますが、私の家《うち》に恩報《おんがえ》しと思って半年ばかり書物の手伝いをしていて貰い度《た》いがどうだね」
富「ヘエどうも恐入りました事で、斯様なるどうも罪を犯した者をお助け下さるのみならず、半年も置いてお養い下さるとは、何《なん》ともどうも恐れ入りました、此の御恩は死んでも忘却は致しません、何《ど》の様なる事でも実に寝る眼も寝ずに致しますから、何卒《どうか》お助けを願います」
惣「よろしい、縄を解け」
と解かしまして、
惣「お腹《なか》が空《す》いたろう、サア御膳をお喫《あが》り」
とサア是から富五郎が食ったの食わないのって山盛にして八杯ばかり食置《くいおき》をする気でもありますまいが沢山食べました。書物を遣らして見ると帳面ぐらいはつけ、算盤《そろばん》も遣り調法でべんちゃら[#「べんちゃら」に傍点]の男で、百姓を武家言葉で嚇《おど》しますから用が足りる、黒の羽織なぞを貰い、一本|帯《さ》して居る、其のうち
富「古い袴《はかま》が欲しい、小前《こまえ》の者を制しますには是でなければ」
などとべんちゃら[#「べんちゃら」に傍点]をいう。惣次郎の顔があるから富さん/\と大事にする。段々|臀《しり》が暖まると増長して、素《もと》より好きな酒だから幾ら止《や》めろといっても外《そと》で飲みます。すると或日《あるひ》の事で、ずぶろくに酔って帰ると、惣次郎はおりません。母は寺参りに往ってお隅が一人奥で裁縫《しごと》をしている。
富「只今帰りました」
隅「おやまア早くお帰りで、今日は大層酔って何処へ」
富「ヘエ、水街道から戸頭《とがしら》まで、早朝から出まして一寸帰りに水街道の麹屋へ寄りましたら能く来たというので、彼《あ》の麹屋の亭主が一杯というので有物《ありもの》で馳走になりまして大《おお》きに遅くなりました」
隅「大層真赤に酔って、旦那様はまだお帰りはありますまい、お母様《っかさま》は寺参りに」
富「左様で、御老体になりますとどうもお墓参りより外|楽《たのし》みはないと見えて毎日いらっしゃいますが恐入ります、また旦那様の御様子てえなねえ、誠にド、どうも恐入りますねえ、あんたはお家《うち》で柔和《おとな》しやかに裁縫《しごと》をなすっていらっしゃるは、どうも恐入りますねえ、ド、どうも富五郎どうも頂きました」
隅「大層真赤になって些《ちっ》とお寝《やす》みな」
富「中々|寝度《ねた》くない、一服頂戴、お母様はお寺参り、また和尚さんと長話し、和尚様はべら/\有難そうにいいますね、だが貴方《あんた》がお裁縫《しごと》姿の柔和《おとな》しやかなるは実に恐れ入りますねえ」
隅「少しお寝みよ、富さん」
富「ヘエ/\寝度《ねた》くないので、貴方は段々承ると、然《しか》るべき処の、お高も沢山お取り遊ばしたお武家の嬢様だが、御運悪く水街道へいらっしゃいまして、御親父様《ごしんぷさま》がお歿《かく》れになって、余儀なく斯《こ》ういう処へ入らしって、其の内|彼《あゝ》いう杜漏《ずろう》な商売の中にいて貴方《あんた》が正しく私は武士《さむらい》の娘だがという行いを、当家の主人がちゃんと見上げて、是こそ女房という訳で、此方《こちら》へいらしったのだが、貴方《あなた》だってもまア、私《わたくし》の考えが間違ったか知れんが、武士たる者の娘が何も生涯という訳ではなし、此の家《うち》は真《ほん》の腰掛で、詰らんといっては済みませんが、けれども貴方生涯|此家《こゝ》にいる思召《おぼしめし》はありますまい、手前それを心得て居るが、拙者も止むを得ず此処《こゝ》にいる、致し方がないから、半年《はんねん》も助《すけ》ろ、来年迄いろよ、有難うと御主命でね、長く居る気はありません、貴方も真《ほん》の当座の腰掛でいらっしゃるが口に出せんでも心中に在《あ》るね、内祝言《ないしゅうげん》は済んでも別に貴方の披露《ひろめ》もなし披露をなさる訳もない、貴方も故郷《こきょう》懐しゅうございましょう、故郷忘じ難し、御府内で生れた者はねえ、然《そ》うではございませんかね」
隅「それはお前江戸で生れた者は江戸の結構は知っているから、江戸は見度《みた》いし懐かしいわね」
富「有難い、其のお言葉で私《わたくし》はすっかり安心してしまった、それがなければ詰らんで、ねえ武士《さむらい》の娘、それそこが武士の娘、手前ども少禄者《しょうろくもの》だけれども、此処《こゝ》にへえつくしているが世が世なればという訳だが…お母様はまだ…法蔵寺様へお参りに入《いら》しったので…ですがねえ貴方、此家《こゝ》にこう遣って腰掛けで居るは富五郎心得ております、故郷は忘じ難し、江戸は懐かしゅうございましょう」
隅「あいよ、懐かしいは当然《あたりまえ》だわね」
六十一
富「ド何《ど》うも有難い、それさえ聞けば私《わたくし》は安心致すが、誰でも然《そ》うで私も早く江戸へ行《ゆ》き度《た》いが、マアお隅さん私が少し道楽をして出まして、親類もあるけれども、私が道楽を行《や》ったから私の身の上が定まらんでは世話は出来ぬというので、女房でも持って、斯《こ》ういう女と夫婦になったと身の上が定まれば、御家人《ごけにん》の株位は買ってくれる親類もあるが、詰らん女を連れて行っては親類では得心しませんが、是はこう/\いう武士《さむらい》の娘、こういう身柄で今は零落《おちぶれ》て斯う、心底《しんてい》も是々というので、私が貴方の様なる方と一緒に行って何《なん》すれば親類でも得心致します、お前さんの御心底から器量は好《よ》し、こういう人を見立てゝ来る様になったら富五郎も心底は定まった、然うなれば力になって遣《や》ろうというので、名主株位買ってくれますよ、構わずズーッと」
隅「何処《どこ》へ」
富「何処って、だが、貴方ア腰掛で居る、故郷は何《ど》うしても懐かしゅうございましょう」
隅「何《なん》だか分りません、一つ言《こと》をいって故郷の懐かしい事は知れて居ります」
富「まア、宜しい、それを聞けば宜しい一寸/\」
隅「何《なん》だよ」
富「いゝじゃアありませんか二人でズーッと」
隅「いけないよ、其様《そん》な事をして」
富「それ、然《そ》ういうお堅いから二人で夫婦養子にどんな処へでも可《か》なり高《たか》のある処へ行けます、お隅さん」
と何《なん》と心得違いしたか富五郎、無闇にお隅の手を取って髯《ひげ》だらけの顔を押付ける処へ、母が帰って来て、此の体《てい》を見て驚きましたから、傍《そば》にある麁朶《そだ》を取って突然《いきなり》ポンと撲《ぶ》った。
富「これは痛い」
母「呆れかえった奴だ」
隅「よくお帰りでございまして」
母「今|帰《けえ》って来たゞが、彼《あ》の野郎ふざけ廻りやアがって、富五郎|茲《こゝ》へ出ろ」
富「ヘエ、これは恐入りました、どうも些《ちっ》ともお帰りを知らんで、前後忘却致し、どうも何《なん》とも誠にどうも、何《なん》で御打擲《ごちょうちゃく》ですか薩張《さっぱり》分りません」
母「今見ていれば何《なん》だお隅にあの挙動《まね》は何だ、えゝ、厭がる者を無理にかじり付いて、髯だらけの面《つら》を擦《こす》り付けて、お隅をどうしようというだ、お隅は何《なん》だえ、惣次郎の女房という事を知らずにいるか、汝《われ》知っているか、返答ぶて」
富「どうも、私《わたくし》前後忘却致し、酔っておりまして、はっというとお隅さんで、恐入りました、無暗《むやみ》に御打擲で血が出ます」
母「頭ア打砕《ぶっくだ》いても構わねえだ、汝《われ》恩を忘れたか、此の夏の取付《とりつけ》に瓜畑へ這入《へえ》って瓜イ盗んで、生埋にされる処を、家《うち》の惣次郎が情け深《ぶけ》えから助けて、行《ゆ》く処もねえ者に羽織イ着せたり、袴《はかま》ア穿かして、脇へ出ても富さん/\といわれるは誰がお蔭か、皆《みんな》惣次郎が情深《なさけぶけ》えからだ、それを惣次郎の女房に対して調戯《からか》って縋付《すがりつ》いて、まア何《なん》とも呆れて物ういわれねえ、義理も恩も知らねえ、幾ら酔《よっ》ぱらったって親の腹へ乗る者ア無《ね》えぞ呆れた、酒は飲むなよ好《よ》くねえ酒癖だから廃《よ》せというに聴かねえで酔ぱらっては帰《けえ》って来《き》やアがって、只《たっ》た今|逐出《おいだ》すから出ろえ、怖《おっか》ねえ、お前の様な者ア間違《まちげえ》を出かします、こんな奴は只た今出て行《ゆ》け」
富「お腹立様では何《なん》ですが、お隅|様《さん》に只今の様な事をしたは富五郎本心でしたと思召しての御立腹なれば御尤もでございます」
母「尤もと思うなら出て行《い》け」
富「私《わたくし》は大変酔ってはおりますが富五郎も武士《ぶし》でげす、御当家の旦那様に助けられた事は忘却致しません、あゝ有難い事であゝ簀巻にして川へ投り込まれる処を助けられ、斯《かく》の如く面倒を見て下すって、江戸へ帰る時は是々すると仰しゃって、実に有難い事で、江戸へ行っても御当家の御恩報じお家《いえ》の為になる様心得ております」
母「そう心得ておるなればなぜお隅にあゝいう挙動《まね》エする」
富「其処《そこ》を申します、其処が旦那様のお為を思う処、旦那様は世間見ずの方、江戸へも余り入らしった事もない、殊《こと》にはあなた様は其の通り田舎|気質《かたぎ》の結構な方、惣吉様は子供衆で仔細ないが、お隅様も結構な方でございますが、前々《まえ/\》承れば、水街道の麹屋で客の相手に出た方、縁あって御当家へいらっしゃったが、お隅様のまえで申しては済みませんが、若《も》しお隅様が不実意な浮気心でもあっては惣次郎様のお為にもならぬと思って、どういう御心底か一寸只今気を引いた処、どうもお隅様の御心底是には実に恐れ入りました、富五郎安心しましたが、処をどうも薪《まき》でもってポンと頭をどうも情《なさけ》ない思召しと思う」
母「あゝ云う言抜《いいぬけ》を吐《こ》きゃアがる、気い引《ひい》て見たなどゝ猶更置く事は出来ねえから出て行け」
隅「お母様お腹立でございましょう、御気性だから、富さん、お前は酒が悪いよ、お酒さえ慎めば宜しい、旦那様のお耳に入れない様にするから」
富「エ、もう飲みませんとも」
母「まアお前|彼方《そっち》へ引込《ひきこ》んで、私《わし》が勘弁出来ぬ、本当なればお隅が先へ立って追出すというが当然《あたりまい》だが、こういう優しげな気性だから勘弁というお隅の心根エ聞けば、一度は許すが、今度|彼様《あんな》挙動《まね》エすれば直《す》ぐ追出すからそう思え」
富「恐入りました」
と是からこそ/\部屋へ這入って、と見ると頭に血が染《にじ》みました。
富「お隅は万更《まんざら》でもねえ了簡であるのに、あゝ太《ふて》え婆アだ」
なに自分が太い癖に何卒《どうか》してお隅を手に入れ様と思ううち、ふと思い出して胸へ浮んだ
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