《こわ》らしい様でありますが、愛敬のあるものでございます。一寸|起《た》って踊りますと、重い身体《からだ》で軽く甚句などを踊りますと姉さん達は、綺麗じゃアないか可愛いじゃアないか、踊る姿が好《い》い事、あれで角力を取らないと宜《い》い事などと、それでは角力でも何《なん》でもありません。芝居でも稻川《いながわ》秋津島《あきつしま》などゝいうといゝ俳優《やくしゃ》が致します、極《ごく》むかし二段目三段目ぐらいに立派な角力がありましたが、花車などは西の方二段目の慥《たし》か末《すえ》から二三枚目におりました、其の頃愛敬角力で贔屓もあります角力上手でございますから評判が宜《よ》い、今に幕の内に登るという噂がありまして、花車重吉は誠に固い男、殊《こと》には羽生村の名主の家《うち》に三年も奉公して、角力になりましてからは大《たい》して惣次郎も贔屓にして小さい時分からの馴染で、兄弟分の約束をして酒を飲み合った事もありますから恩返しというので割って中へ這入りましたが、剣術遣は重ね厚《あつ》の新刀を引抜いて三人が大生郷の鳥居前の所へびらつくのを提《さ》げて出ましたから、大概な者は驚いて逃げるくらいでありますが、逃げなどは致しません、ズッと出て太い手をついて斯《こ》う拳を握り詰めますると、力瘤《ちからこぶ》というのが腕一ぱいに満ちます、見物《けんぶつ》は今角力と剣術遣との喧嘩が有るというので近村の者まで喧嘩を見に参る、田甫《たんぼ》の処|畦道《あぜみち》に立って伸上って見ている。
 花「先生《しぇんしぇい》此処《こゝ》は天神前で、私《わし》はお前《めえ》さんと喧嘩する事は、斯《こ》うなったからは私は引《ひく》に引かれぬから、お前さん方三人に掛《かゝ》られた其の時は是非が無《ね》え事じゃが、御朱印付の天神様境内で喧嘩してもお前さんも立派な先生、私も角力の端くれ、事訳《ことわけ》知らぬ奴じゃ、天神様の社内を穢《けが》した物を知らぬといわれてはお互に恥じゃ、ねエ死恥《しにはじ》かきたくねえから鳥居の外へ出なせえ」
 是は理の当然で、
 安「うん宜しい、よく覚悟して…鳥居外へ参ろう」
 と三人出たから見物は段々|後《あと》へ退《さが》る、抜刀《ぬきみ》ではどんな人でも退る、豆蔵が水を撒《ま》くのとは違う、怖《おっ》かないからはら/\と人が退《の》きます。
 見物「何《ど》うだ本当に力士てえ者は感心じゃアねえか、たった一人に三人掛りやアがって、大概《てえげえ》に彼奴《あいつ》勘弁しやアがるが宜《い》い、何《なん》だしと[#「しと」に傍点]詫言《わびごと》したら恥じゃアあるめえし畜生《ちきしょう》、関取|確《しっ》かりやって、己《おら》アお前《めえ》の角力を見に来たので、お前が喧嘩に負けると江戸へ帰《けえ》れねえ、冗談じゃアねえ剣術遣を踏殺《ふみころ》せ」
 安「何《なん》だ」
 見物「危険《けんのん》だ、確かりやって呉れ」
 花「逃げも隠れもしねえ、長崎へ逃げようと仙台へ逃げようと花車重吉駈落は出来ぬから卑怯な事はしねえが、茲《こゝ》でお前《めえ》さんに切られて死ねばもう湯も茶も飲めません、喧嘩は緩《ゆっ》くら出来ますから一服やる間暫らく待って」
 安「なに、これ喧嘩する端《はな》に一服やるなどと、何《なん》だ愚弄《ぐろう》するな」
 花「心配《しんぺえ》ありません末期《まつご》の煙草だ、死んだら呑めませんワ、一服やりましょう、誰《たれ》か火を貸しておくんなせえ」
 見物の中から煙草の火をあてがう奴がある。パクリ/\脂下《やにさが》りに呑んで居る。
 花「まア緩くり行《や》りましょう、エ先生《しぇんしぇい》逃げ隠れはせぬぜ」
 とパクリ/\と吸《や》って居る。見物は、
 見物「気が長《なげ》えじゃアねえか、喧嘩の中で煙草を呑んで沈着《おちつ》いて居る豪《えれ》えじゃアねえか」
 見物「豪えばかりでねえ、己《おれ》が考えじゃア関取は怜悧《りこう》だから、対手《あいて》は剣術者遣《けんじゅつつかい》で危ねえから怪我アしても詰らねえ、関取が手間取っているうち、法恩寺村場所へ人を遣ったろうと思う、若《も》し然《そ》うだと二拾人も角力取が押《おし》て来れば踏潰《ふみつぶ》して了《しま》う、然うだろうよ」
 花「サア先生《しぇんしぇい》喧嘩致しますが、私《わし》も一本|帯《さ》しているから剣術は知らぬながらも切合《きりあい》を致すが、私が鞘《さや》を払ってからお前様方《めえさんがた》斬ってお出《い》でなせえ」
 安「尤《もっと》も左様だ、卑怯はしない、サア出ろ」
 花「ヘエ出ます、まア私《わし》も此の近辺で生立《おいた》った者じゃアが、此の大生郷の天神様の鳥居といったら大きな者じゃア」
 と見上げ
 花「これまア私《わし》が抱えても一抱えある鳥居、此の鳥居も今日が見納めじゃア」
 と鳥居を抱えて、
 花「大きな鳥居じゃアないか」
 と金剛力を出して一振《ひとふり》すると恐ろしい力、鳥居は笠木《かさぎ》と一文字《いちもんじ》が諸《もろ》にドンと落ちた。剣術遣が一刀を振上げて居る頭の処へ真一文字に倒れ落ちたから、驚きましたの驚きませんのと、胆《きも》を挫《ひし》がれてパッと後《あと》へ退《さが》る。見物はわい/\いう。其の勢いに驚き何《ど》のくらいの力かと安田は迚《とて》も敵《かな》わぬと思って抜刀《ぬきみ》を持ってばら/\逃《にげ》ると、弥次馬に、農業を仕掛けて居た百姓衆が各々《おの/\》鋤《すき》鍬《くわ》を持って、
 百姓「撲殺《ぶちころ》してしまえ」
 とわい/\騒ぐから、三人の剣客者は雲|霞《かすみ》と林を潜《くぐ》って逃げました。

        五十九

 花車「ハ、逃げやアがった弱《よわ》え奴だ、サア案じはねえ、私《わし》が送って行《ゆ》きましょう」
 と脱いだ衣服を着て煙草入を提げ、惣次郎を送って自分は法恩寺村の場所へ帰った。角力は五日間首尾能く打って帰る時に、
 花「鳥居の笠木を落《おと》したから、旦那様鳥居を上げて下さらんでは困る」
 と云うので惣次郎が金を出して鳥居を以前の通りにしました、其の鳥居は只今では木なれども花車の納めました石の鳥居は天神山に今にあります。場所をしまって花車は江戸へ帰らんければならんから、帰ってしまった後《あと》は惣次郎は怖くって他《た》へは出られません、安田一角は喧嘩の遺恨《いこん》、衆人の中で恥を掻いたから惣次郎は助けて置かぬ、などと嚇《おど》しに人に逢うと喋るから怖くって惣次郎は頓《とん》と外出《そとで》を致しません、力に思う花車がいないから村の者も心配しております。余り家《うち》に許《ばか》り蟄《ちっ》しておりますから、母も心配して、惣次郎が深く言交《いいかわ》した女故間違も出来、其の女の身の上はどうかと聞くに、元|武士《さむらい》の娘で親父《おやじ》もろ共浪人して水街道へ来て、親の石塔料の為奉公していると聞き、其の頃は武士を尊《たっと》ぶから母は感心して、然《そ》ういう者なれば金を出して、当人が気に適《い》ったならどうせ嫁を貰わんではならんから貰い度《た》いと、水街道の麹屋へ話してお隅を金で身受《みうけ》して家《うち》へ連れて来てまず様子を見るとしとやかで、器量といい、誠に母へもよく事《つか》えます故、母の気にも適《い》って村方のものを聘《よ》んで取極《とりきめ》をして、内祝言《ないしゅうげん》だけを済まして内儀《おかみさん》になり、翌年になりますと、丁度この真桑瓜《まくわうり》時分|下総瓜《しもふさうり》といって彼方《あちら》は早く出来ます。惣次郎の瓜畑を通り掛った人は山倉富五郎《やまくらとみごろう》という座光寺源三郎の用人役であって、放蕩無頼にして親には勘当され、其の中《うち》座光寺源三郎の家は潰れ、常陸《ひたち》の国に知己《しるべ》があるから金の無心に行ったが当《あて》は外れ、少しでも金があれば素《もと》より女郎でも買おうという質《たち》、一文なしで腹が空《へ》って怪しい物を着て、小短いのを帯《さ》して、心《しん》の出た二重廻《ふたえまわ》りの帯をしめて暑くて照り付くから頭へ置手拭をして時々流れ川の冷たい水で冷《ひや》して載せ、日除《ひよけ》に手を出せば手が熱くなり、腕組みをすれば腕が熱し、仕様がなくぶらり/\と参りました。
 富「あゝ、進退|茲《こゝ》に谷《きわ》まったなア、どうも世の中に何がせつないといって腹の空るくらいせつない事はないが、どうも鳥目《ちょうもく》がなくって食えないと猶更空るねえ、天草の戦《いくさ》でも、兵糧責では敵《かな》わぬから、高松の水責と雖《いえど》も彼も兵糧責、天草でも駒木根八兵衞《こまきねはちべえ》、鷲塚忠右衞門《わしづかちゅうえもん》、天草玄札《あまくさげんさつ》などという勇士がいても兵糧責には叶《かな》わぬあゝ大きな声をすると腹へ響ける、大層真桑瓜がなっているなあ、真桑瓜は腹の空《す》いた時の凌《しの》ぎになる腹に溜《たま》る物だが、うっかり取る処を人に見られゝば、野暴《のあらし》の刑で生埋《いきうめ》にするか川に簀巻《すまき》にして投《ほう》り込まれるか知れんから、一個《ひとつ》揉《も》ぎって食う事も出来ぬが、大層なって熟しているけれども、真桑瓜を黙って持って行くはよろしくないというが、一寸|此処《こゝ》で食う位《ぐらい》の事は何も野暴《のあら》しでもないからよかろう、一つ揉ぎって食おうか」
 と怖々《こわ/″\》四辺《あたり》を見ると、瓜番小屋に人もいない様だから、まア好《い》い塩梅と腹が空《へ》って堪《たま》らぬから真桑瓜を食しましたが、庖丁がないから皮ごと喫《かじ》り、空腹だから続けて五個《いつつ》ばかり喫《た》べ、それで往《い》けば宜しいのに、先へ行って腹が空ってはならんから二つ三つ用意に持って行こうと、右袂《こちら》へ二つ左袂《こちら》へ三つ懐から背中へ突込《つっこ》んだり何かして、盗んだなりこう起《た》つと、向《むこう》の畑の間から百姓がにょこり[#「にょこり」に傍点]と出た時は驚きました。
 百姓「何《な》んだか、われは何んだか」
 富「ヘエ、誠にどうも厳しい暑さでお暑い事で」
 百「此の野郎め、まア生空《なまぞら》遣《つか》やアがって、此処《こゝ》を瓜の皮だらけにしやアがった、汝《われ》瓜食ったな」
 富「どう致しまして、腹痛でございますから押えて少し屈《こゞ》んでおりましたが、暑気《しょき》に中《あた》っておりますので、先《せん》から瓜の皮はありますが、取りは致しませぬて」
 百「此の野郎懐へ入れやアがって、生空つかやアがって、瓜盗んでお暑うございますなどと此の野郎」
 ポカリ撲倒《はりたお》しますと、
 富「あ痛《いた》たゝ」
 と蹌《よろ》ける途端に袂《たもと》や懐から瓜が出る。其の内に又二三人百姓が出て来て、忽《たちま》ち山倉は名主へ引かれ、間が悪い事に名主の瓜畑だから八釜《やかま》しく、庭へ引かれ、麻縄で縛られますと、廃《よ》せばよいに名主惣次郎は情深い人だから縁側へ煙草盆を持ち出して参って、
 惣「此奴《こいつ》かノ真桑瓜を食ったのは」
 男「ヘエ此の野郎で、草むしりに出ておりますと、瓜畑の中からにょこり[#「にょこり」に傍点]と起《た》ちアがったから、何するといったら厳しいお暑さなんてこきアがって、誰《たれ》もいやすめえと思って、瓜の皮があるから盗んだんべえと撲《ぶ》つと懐からも袂からも瓜が出たゞ何処《どこ》の者か江戸らしい言葉だ」
 惣「お前が真桑瓜を盗んだか」

        六十

 富「ヘエ/\恥入りました事で、手前|主名《しゅめい》は明《あか》し兼ねまするが、胡乱《うろん》と思召《おぼしめ》すなれば主名も申し上げまするが、手前事は元千百五十石を取った天下の旗下《はたもと》の用人役をした山倉富右衞門の忰《せがれ》富五郎と申す者|主家《しゅか》改易になり、常陸に知己《しるべ》がある為是へ金才覚に参って見るに、先方は行方知れず、余儀なく、旅費を遣い果してより、実は食事も致しませんで、空腹の余り悪い事とは知りながら二つ
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