って行って詮議方《あらいかた》するというから、驚いて否応《いやおう》なしに種を明《あか》した」
 賤「アレ/\あれだもの、新吉さん、それだもの、本当に仕方がないよ、彼《あれ》までにするにゃア、旦那の達者の時分から丹精したに、彼《あ》の悪党に種を明して仕舞って何《ど》うするのだよ、幾ら貸したって役に立つものかね、側から借りに来るよ彼奴《あいつ》がさ」
 新「だけれども隠すにも何も仕様がない、本堂へ持って行かれりゃア直《すぐ》に悪事《ぼく》が露《わ》れるじゃアねえか、黙って埋めて遣るから云えというので」
 賤「本当に仕様がないよ、何処《どこ》へでも持って行けと云えばいゝじゃアないか」
 新「然《そ》ういうと直《すぐ》に彼奴《あいつ》が持って行《ゆ》くよ」
 賤「持って行ったっていゝじゃアないか、何処《どこ》までも覚えは有りませんと私も云い張ろうじゃアないか」
 新「云い張れないよ、彼奴《あいつ》ア中々の奴でそれに彼《あ》アいう時は口が利けないからねえ、脛疵《すねきず》だからお前のいう様な訳にゃアいかねえ、金で口止めするより外《ほか》に仕方はないよ」
 賤「でも三拾両貸すと、ばんごと/\来ては大きな声で呶鳴ると、何《なん》で甚藏が呶鳴るかと他人《ひと》の耳にも這入り、目明《めあかし》が居るから、おかしく勘付かれて、あいつが縛られて叩かれると喋るから、何《ど》の道新吉さん仕方がない、土手の甚藏を何うかして殺してお仕舞いよう」

        五十一

 新「何《ど》うして/\中々|彼奴《あいつ》ア己より強い奴で、滅法力が有るから、彼奴は撲《ぶ》たれても痛くねえってえので、五人位掛らねえじゃアおっ付かねえ」
 賤「何《ど》うか工夫が有るだろうじゃアないか」
 新「工夫が中々いかないよ」
 賤「ちょいと/\新吉さん耳をお貸し」
 新「エ、うんうん成程是は旨《うめ》え」
 賤「だからさア、それより外に仕方がないよ、悟られるといけない、悪党だから悟られない様に確《しっ》かり男らしくよ」
 と何か囁《さゝ》やき、新吉が得心して、旦那の短い脇差をさして、新吉が日が暮れて少したって土手の甚藏の家《うち》へ来て、土間口から、
 新「はい御免」
 甚「サア上《あが》りゃア、マア下駄を穿いたなりで上りゃア、草履《ぞうり》か、構わねえ、畳がねえから掃除も何もしねえから其の儘上りゃ」
 新「兄《あんに》い、先刻《さっき》の様に高声《たかごえ》であんな事を云ってくれちゃア困るじゃアねえか、己はどうしようかと思った、表に人でも立って居たら」
 甚「何故、いゝじゃアねえか、己が面《つら》を出したら黙って金を出すかと思ったら、まご/\して居やアがって、手前《てめえ》お賤に惚れていやアがる、馬鹿、彼女《あいつ》めいゝ気に成りやアがって、呶鳴り付けるから仕方なしに云ったんだ、此畜生《こんちきしょう》金え持って来たか」
 新「彼《あ》れから後《あと》でお賤に話をして実は是々で明《あか》したと云ったら、それは済まない事を云った、知らなかったから誠に悪い事を云ったが、甚藏さんに悪く思わねえ様に然《そ》ういってくれというのだ」
 甚「手前《てめえ》湯灌場の事を云ったか」
 新「云ったよ、云ったら驚いてお賤は甚藏さんに済まなかった、然ういう訳なら何故早く私に然う云わないで、だが土手の甚藏さんに茲《こゝ》で三拾や四拾や上げても焼石に水で駄目だから、纏《まと》まった金を上げようから、何《ど》うかそれで堅気になり、此方《こっち》も江戸へ行って小世帯《こじょたい》を持つから、お互に此の事は云わねえという証拠の書付《かきつけ》でも貰って、たんとは上げられないが百両上げるから、百両で堅気に成ったら宜かろうと云うので、長く彼様《あん》な事をしていても甚藏さんも詰らねえじゃアないか、兄弟分の友誼《よしみ》で此の事はいわないと達引《たてひ》いて呉れるなら、生涯食える様に百両遣ろうというのだ、百両貰って堅気に成りねえ」
 甚「然うか、有難《ありがて》え、百両呉れゝば生涯お互《たげ》えに堅気に成りてえ、己も馬鹿は廃《や》めてえや」
 新「然う極《き》めてくんねえ」
 甚「じゃアまア金さえ持って来りゃア」
 新「今|茲《こゝ》にはねえ」
 甚「何をいうんだ馬鹿」
 新「マア人のいう事を聞きねえ、旦那が達者のうちお賤に己が死んだら食方《くいかた》に困るだろうから、死んでも食方の付く様にといって、実は根本《ねもと》の聖天山《しょうでんやま》の手水鉢《ちょうずばち》の根に金が埋めて有るから、それを以《もっ》てと言付けて有るのだ、えゝ二百両あると思いねえ、聖天山の左の手水鉢の側に二百両埋めて有るのだから、それを百両ずつ分けて江戸へ持って行って、お互に悪事は云わねえ云いますめえと約束して、堅気になって、親類になろうじゃアねえか」
 甚「然うか、新吉、旦那もお賤にゃア惚れて居たなア、二百両という金を埋めて置いて是で食えよとなア、若旦那にもいわねえで金を埋めて置くてえのは金持は違わア」
 新「早く堀らねえと彼処《あすこ》の山は自然薯《じねんじょう》を堀りに行《ゆ》く奴が有るから、無暗《むやみ》に遣《や》られるといけねえ」
 甚「じゃア早く」
 新「鋤《すき》か鍬《くわ》はねえか」
 甚「丁度鋤が有るから」
 と有合《ありあい》の鋤を担《かつ》いで是から二十丁もある根本の聖天山へ上《あが》って見ると、四辺《あたり》は森々《しん/\》と樹木が茂って居り、裏手は絹川の流《ながれ》はどう/\と、此の頃《ごろ》の雨気《あまけ》に水増して急に落《おと》す河水の音高く、月は皎々《こう/\》と隈《くま》なく冴《さ》えて流へ映る、誠に好《よ》い景色だが、高い処は寒うございますので、
 甚「新吉|此処《こゝ》は滅法寒いナア」
 新「なに穴を堀ると暖《あった》かくなって汗が出るよ、穴を堀りねえ」
 甚「余計な事をいうな」
 新「此処だ/\」
 と差図《さしず》を致しますから、
 甚「よし/\」
 といいながら新吉と土手の甚藏がポカ/\堀りまする、所が金は出ません、幾ら堀っても金は出ない訳で固《もと》より無い金、びっしょり汗をかいて、
 甚「新吉金は無《ね》えぜ」
 新「無《ね》いね」
 甚「何をいうんだ、無駄っ骨《ぽね》を折《おら》しやアがって金は有りゃアしねえ」

        五十二

 新「左と云ったが、ひょっとしたら向って左かしら」
 甚「何を云うんだ仕様がねえな此畜生|咽喉《のど》が渇いて仕様がねえ、斯《こ》んなにびっしょりに成った」
 新「己も咽喉が渇くから水を飲みてえと思っても、手水鉢は殻《から》で柄杓《ひしゃく》はから/\だが、誰もお参りに来ないと見えるな、うんそう/\、此方《こっち》へ来な、聖天山の裏手に清水の湧《わ》く処がある、社《やしろ》の裏手で崖の中段にちょろ/\煙管《きせる》の羅宇《らう》から出る様な清水が溜って、月が映っている、兄《あに》い彼処《あすこ》の水は旨《うめ》えな」
 甚「旨えが怖くって下《お》りられねえ」
 新「下りられねえって何《ど》うかして下りられるだろう、待ちねえあの杉だか松だか柏《かしわ》だかの根方に成って居る処《とこ》に藤蔓《ふじつる》に蔦《つた》や何か縄の様になってあるから、兄い此奴《こいつ》に吊下《ぶらさが》って行けば大丈夫《でえじょうぶ》だが己は行った事がねえからお前《めえ》行ってくんねえな」
 甚「此奴ア旨え事を考えやアがった、新吉の智慧《ちえ》じゃアねえ様だ、此奴ア旨え、柄杓は有るか」
 と手水鉢の柄杓を口に啣《くわ》えて、土手の甚藏が蔦蔓《つたかつら》に掴まって段々下りて行くと、ちょうど松柏の根方《ねがた》の匍《は》っている処に足掛りを拵《こしら》えて、段々と谷間《たにあい》へ下りまして、
 甚「アヽ斯《こ》うやって見ると高いナア、新吉ヤイ/\水は充分あらア」
 新「早くお前《めえ》飲んだら一杯持って来て呉んねえ」
 甚「手前《てめえ》下りやアな、持って行く訳にアいかねえ、ポタ/\柄杓が漏らア、カラ/\になっていたからナア、アヽ旨《うめ》え/\甘露だ、いゝ水だ、アヽ旨え、なに持って行くのは騒ぎだよ」
 新「後生だから、お願いだから少しでも手拭に浸《ひた》して持って来て呉んねえ咽喉が干《ひ》っ付きそうだから」
 甚「忌《いめ》えましい奴だな、待ちャア」
 と一杯|掬《すく》い上げて澪《こぼ》れない様に、平《たいら》に柄杓の柄《え》を啣《くわ》えて蔦蔓《つたかづら》に縋《すが》り、松柏の根方を足掛りにして、揺れても澪れない様にして段々登って来る処を、足掛りの無い処を狙いすまして新吉が腰に帯《さ》したる小刀《しょうとう》を引抜き、力一ぱいにプツリと藤蔓《ふじづる》蔦蔓《つたかつら》を切ると、ズル/\ズーッと真逆《まっさか》さまに落ちましたが、何《ど》うして松柏の根方は張っているし、山石の角《かど》が出張《でっぱ》っておりますから、頭を打破《うちやぶ》って、落ちまするととても助かり様はございませんが、新吉は側にある石をごろ/\谷間《たにあい》へ転がし落《おと》しました、其のうちむら/\と雲が出て月が暗く成りましたから、それを幸いに新吉は脇差を鞘に納めて、さっさと帰って来て、
 新「おゝ/\お賤さん/\明けてお呉れ/\」
 賤「誰《たれ》だえ」
 新「己《おい》らだよ」
 賤「ア新吉さんかえ、能く帰って来てお呉れだねえ、案じていたよさアお這入り」
 新「アヽびしょ濡だ、何か斯《こ》う単物《ひとえもの》か何か着てえもんだ」
 賤「袷《あわせ》と単物と重ねて置いたよ、さア是をお着、旨く行ったかえ」
 新「すっぱり行った」
 賤「私の云った通り後《あと》から石を投《や》ったのかえ」
 新「投った/\、気が付いたから後から石を二つばかり投った、あれが頭へ当りゃア直《すぐ》に阿陀仏《おだぶつ》だ」
 賤「いゝね、今脊中を拭くから一服おしよ、熱い湯で拭く方が好《い》いから」
 と銅盥《かなだらい》へ湯を汲んで新吉の脊中を拭いてやり、
 賤「袷におなり」
 新「大きにさば/\した」
 と其のうち此方《こっち》へ膳を持って来て酒の燗を付け、月を見ながら一猪口《ひとちょく》始めて、
 賤「もう是で二人とも怖い者はないよ」
 新「何《ど》うも実に旨《うめ》え事を考えて、一寸|彼奴《あいつ》も気が付かねえが、藤蔓に伝わって下りろといった時に、手前《てめえ》の智慧じゃアねえ様だといった時、胸がどきりとしたが、真逆《まっさか》さまになって落《おち》る上から側に在《あ》った石をごろ/\、あの石で頭を打破《ぶちわ》ったに違《ちげ》えねえが、彼奴は悪党の罰《ばち》だ。己《うぬ》が悪党の癖に」
 是から二人で中好《なかよ》く酒盛をしているうち空は段々雲が出て来て薄暗くなり、
 賤「もう寝ようじゃアないか」
 というので戸締りをしに掛りましたが、
 新「また曇って来たぜ、早く仕ねえ」
 賤「今お待ち」
 と床を敷く間新吉は煙草を喫《の》んでいると、戸外《おもて》の処は細い土手に成って下に生垣《いけがき》が有り、土手下の葮《よし》蘆《あし》が茂っております小溝《こみぞ》の処をバリ/\/\という音。
 新「何《なん》だか音がするぜ」
 賤「お前様《まえさん》は臆病だよ、少し音がすると」
 新「デモ何だかバリ/\」
 賤「なアに犬だよ」
 新「何だか大変にバリ付くよ、何だろう」
 と怖々《こわ/″\》庭を見る途端に、叢雲《むらくも》が断《き》れて月があり/\と照り渡り、映《さ》す月影で見ると、生垣を割って出ましたのは、頭髪《かみ》は乱れて肩に掛り、頭蓋《あたま》は打裂《ぶっさ》けて面部《これ》から肩《これ》へ血だらけになり、素肌へ馬の腹掛を巻付けた形《なり》で、何処《どこ》を何《ど》う助かったか土手の甚藏が庭に出た時は、驚きましたの驚きませんのではござりませぬ、是から悪事露見という処、一寸一息吐きまして。

        五十三

 引続きお聴きに入れました新吉お賤は、我《わが》罪を隠そうが為に、土手の甚
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