《ど》うも困るナアおい兄《あんに》い、え、兄い表向にすれば大変な事に成るよ」
甚「え、成ったって宜いや、不人情な事をいうな、手前《てめえ》が殺したなら黙って埋《うめ》るてえのだ、殺したら殺したと云いねえ、殺したか」
新「仕様がねえな、何《ど》うも己が殺したという訳じゃアねえが、それは、困って仕舞ったなア、唯《た》だ一寸《ちょいと》手伝ったのだ」
甚「なに手伝った、じゃアお賤が遣ったか」
新「それには種々《いろ/\》訳が有るので、唯縄を引張ったばかりで」
甚「それで宜しい、引張ったばかりで沢山だ、お賤が引くなア女の力じゃア足りねえから、新吉さん此の縄を締めてなざア能く有る形だ、宜しい、よし/\早く水を掛けやア」
とザブリ水を打掛《ぶっか》けて其の儘《なり》にお香剃《こうずり》の真似をして、暗いうちに葬りに成りましたから、誰有って知る者はございませんが、此の種を知っている者は土手の甚藏ばかり、七日が過《すぎ》ると土手の甚藏が賭博《ばくち》に負けて素《す》っ裸体《ぱだか》になり、寒いから犢鼻褌《ふんどし》の上に馬の腹掛を引掛《ひっか》けて妙な形《なり》に成りまして、お賤の処へ参り、
甚「え、御免なせえ」
と是から強請《ゆすり》になる処、一寸一息吐きまして。
四十九
土手の甚藏がお賤の宅へ参りましたのは、七日も過ぎましてから、ほとぼりの冷めた時分|行《ゆ》くのは巧《たくみ》の深い奴でございます。丁度九月十一日で、余程寒いから素肌へ馬の腹掛を巻付けましたから、太輪《ふとわ》に抱茗荷《だきみょうが》の紋が肩の処へ出て居ります、妙な姿《なり》を致して、
甚「ヘエ御免なせえ、ヘエ今日《こんにち》は」
賤「ハイ何方《どなた》え」
甚「ヘエお賤さん御免なさえ、今日は」
賤「おや、新吉さん土手の甚藏さんが来たよ」
新「えゝ土手の甚藏」
新吉は他人《ひと》が来ると火鉢の側に食客《いそうろう》の様な風をして居るが、人が帰って仕舞えば亭主振《ていしぶ》って居りますが、甚藏と聞くと慄《ぞ》っとする程で、心の中《うち》で驚きましたが、眼をパチ/\して火鉢の側に小さく成って居りますと、
甚「誠に続いて好《い》い塩梅にお天気で」
賤「はい、さア、まア一服お喫《あが》りなさいよ」
甚「ヘエ御免なさえ、斯《こ》ういう始末でねえお賤さん、御本家へもお悔《くやみ》に上《あが》りましたが、旦那がお亡《なく》なりで嘸《さぞ》もう御愁傷でございましょう、ヘエ私《わっち》も世話に成った旦那で、平常《ふだん》優しくして甚藏や悪い事をすると村へ置かねえぞと、親切に意見をいって、喧《やかま》しい事は喧しいけれども、時々|小遣《こづけえ》もおくんなすってね、善《い》い人で、惜まれる人は早く死ぬと云うが、五十五じゃア定命《じょうみょう》とは云われねえ位《くれえ》で嘸お前さんもお力落しで、新吉|此処《こゝ》に居るのか手前《てめえ》、え、おい」
新「兄い此方《こちら》へお上りなさい」
甚「お賤さん、新吉がお前さんの処へ来て御厄介で、家《うち》は彼様《あん》な塩梅に成って此方《こちら》より外《ほか》に居る処が無《ね》えから、宜《い》い事にして、新吉が寝泊りをして居るというのだが、私《わっち》も新吉もお賤さんもお互に江戸子《えどっこ》で、妙なもので、村の者じゃア話しが合わねえから新吉と私は兄弟分《きょうでえぶん》になり、兄弟分の誼《よしみ》で、互《たげえ》に銭がねえといやア、ソレ持ってけというように腹の中をサックリ割った間柄、新吉の事を悪くいう奴が有ると、何《なん》でえといって喧嘩もする様な訳で、ヘエ有難う、カラもう何《ど》うも仕様がねえ、新吉、物がヘマに行ってな、此の通り人間が馬の腹掛を借りて着て居る様に成っちゃア意気地《いくじ》はねえ、馬の腹掛で寒さを凌《しの》ぐので、ヘエ有がとう、好《い》いお宅でげすねえ、私は初めて来たので」
賤「然《そ》うですか、なに好い家《うち》を拵《こしら》えて下すっても仕方がござりませんよ、斯《こ》う急に、旦那様がお逝去《かくれ》に成ろうとは思いませんでねえ、何時《いつ》までも此処《こゝ》に住んで居る了簡で居りましたが、旦那が亡なられては仕方が有りません。他《ほか》に行《ゆ》く処はなし、まア生れ故郷の江戸へ帰る様な事に成りますが、本当に夢の様な心持で、あゝ詰らないものだと考え出すと悲しく成ってね」
甚「そうでしょう、是は何《ど》うも実になア、新吉お賤さんは何《ど》の位《くれ》え力落だか知れやアしねえ、ナア、ヘエ有難う良《い》いお茶だねえ、此様《こん》な良い茶を村の奴に飲《のま》したって分らねえ、ヘエ有難う、お賤さん誠に申し兼ねた訳でげすがねえ、旦那が達者でいらっしゃれば黙って御無心申すのだが、此の通りの始末で、からモウ仕様がねえ、何うかお願いでございますが些《ちっ》と許《ばか》り小遣《こづけえ》をお貰《もれ》え申し度《てえ》が、何うか些と許り借金を返《けえ》して江戸へでも帰《けえ》りてえ了簡も有るのですが、何うか新吉誠に無理だがお賤さんに願ってねえ、姉さんお願いでげすが些とばかり小遣《こづけえ》をねえ」
賤「はい困りますねえ、旦那が亡なりまして私は小遣《こづかい》も何もないのですが、沢山の事は出来ませんが、真《ほん》の志《こゝろ》ばかりで誠に少しばかりでございますが」
甚「イヽエもう」
賤「真の少しばかりでお足《た》しには成りますまいが、一杯召上って」
甚「ヘエ有難う、ヘエ」
と開けて見ると二朱金で二個《ふたつ》。
甚「是はお賤さんたった一分《いちぶ》で」
賤「はい」
甚「一分や二分じゃア借りたって私《わっち》の身の行立《ゆきた》つ訳は有りませんねえ、借金だらけだから些と眼鼻《めはな》を付けて私も何うか堅気《かたき》に成りてえと思ってお願い申すのだが、それを一分ばかり貰っても法が付かねえから、少し眼鼻の付く様にモウ些とばかり何うかね」
賤「おや一分では少ないと仰しゃるの、そう、お気の毒様出来ません、私どもは深川に居ります時にも随分|銭貰《ぜにもら》いは来ましたが、一分遣れば大概帰りました、一分より余計《たんと》は上《あげ》る訳にゃア参りません、はい女の身の上で有りますからねハイ、一分で少ないと仰しゃれば、身寄親類ではなし上げる訳は有りませんが、そうして幾ら欲《ほし》いと仰しゃるのでございますえ」
甚「幾らカクラてえお強請《ねだり》申すのでげすから貰う方で限りはねえ、幾ら多くっても宜《い》いが、お賤さんの方は沢山《たんと》遣りたくねえというのが当然《あたりめえ》の話だが、借金の眼鼻を付けて身の立つ様にして貰うにゃア、何様《どん》な事をしても三拾両貰わなけりゃア追付《おっつ》かねえから、三拾両お借り申してえのさ、ねえ何うか」
賤「何《なん》だえ三拾両呆れ返って仕舞うよ、女と思って馬鹿にしてお呉れでないよ、何だエお前さんは、お前さんと私は何だエ、碌にお目に掛った事も有りませんよ、女一人と思って馬鹿にして三拾両、ハイ、そうですかと誰が貸しますえ、訝《おか》しな事をいって、なん、なん、なん何をお前さんに三拾両お金を貸す縁がないでは有りませんか」
五十
甚「それは縁はない、縁はないがね、縁を付けりゃア付かねえ事も有りますめえ、ねえ新吉と私《わっち》は兄弟分、ねえ其の新吉が此方様《こちらさま》へ御厄介に成って居るもの其の縁で来た私さ」
賤「新吉さんは兄弟分か知りませんが、私はお前さんを知りません、新吉さん帰ってお呉んなさいヨウ、呆れらア馬鹿/\しい、人を馬鹿にして三拾両なんて誰《たれ》が貸す奴が有るものか、三拾両貸す様な私はお前さんに弱い尻尾《しっぽ》を見られて居れば仕方がないが、私の家《うち》で情交《いろ》の仲宿《なかやど》をしたとか博奕《ばくち》の堂敷《どうじき》でも為《し》たなら、怖いから貸す事も有るが、何もお前さん方に三拾両の大金を強請《いたぶ》られる因縁は有りません、帰ってお呉れ、出来ませんよ、ハイ三文も出来ませんよ」
甚「然《そ》う腹を立っちゃア仕様がねえ、え、おい、だがねえお賤さん、人間が馬の腹掛を着て来る位《くれ》えの恥を明かしてお前さんに頼むのだ、私《わっち》も此の大《だい》の野郎が両手を突いて斯《こ》んな様《ざま》アしてお頼み申すのだから能々《よく/\》の事、宜《い》いかね、それにたった一分じゃア法が付かねえ、私の様な大きな野郎が手を突いてのお頼みだね、此の身体を打毀《ぶっこわ》して薪《まき》にしても一分や二分のものはあらアね、馬の腹掛を着て頼むのだから、お前さん三拾両貸して呉れても宜《よ》かろうと思う」
賤「何が宜《い》いのだえ、何が宜いのだよ、何もお前さん方に三拾両の四拾両のと借りられる縁が有りません、悪い事をした覚えは有りません、博奕の宿や地獄の宿はしませんから貸されませんよ」
甚「じゃア何《ど》う有ってもいけねえのかえ」
賤「帰ってお呉んなさい」
甚「そうか無理にお借り申そうという訳じゃアねえ、じゃア帰《けえ》りましょう、新吉黙って引込《ひっこ》んで居るなえ此処《こゝ》へ出ろ、借りて呉れ、ヤイ」
新「其様《そん》な大きな声をしてはいけねえやな兄《あんに》い仕方がねえな、お賤さん仕方がねえ貸しねえ」
賤「何《なん》だえ、お前さんは心易《こゝろやす》いか知りませんが、私は存じません、何様《どん》な事が有っても出来ませんよ、帰ってお呉んなさい」
甚「何《ど》う有っても貸せねえってものア無理にゃア借りねえ、じゃア云って聞かせるが、コレ女だと思うから優しく出りゃア宜《い》い気に成りやアがって、太《ふて》え事をしやアがって、色の仲宿や博奕の堂敷が何程の罪だ、世の中に悪《わり》い事と云うなア人殺しに間男と盗賊《ぬすっと》だ」
賤「何をいうのだ」
甚「なに、何《ど》うしたも斯《こ》うしたもねえ、新吉|此処《こゝ》へ出ろ、エヽおい、咽喉頸《のどっくび》の筋が一本拾両にしても二十両が物アあらア」
新「マア黙って兄《あんに》い」
甚「何《なん》でえ篦棒《べらぼう》め、己が柔和《おとな》しくして居るのだから文句なしに出すが当然《あたりめえ》だ、手前等《てめえら》が此の村に居ると村が穢《けが》れらア、手前等を此処《こけ》え置くもんか篦棒め、今に逆磔刑《さかばりつけ》にしようと簀巻《すまき》にして絹川へ投《ほう》り込《こも》うと己が口一つだから然《そ》う思ってろえ」
新「おい、其様《そん》な事を人に」
甚「人に知れたって構うもんかえ」
新「マア/\待ちねえ、知らねえのだお賤さんは、一件の事を知らねえのだよ、だから己が何《ど》うか才覚して持って行《い》こう、今夜|屹度《きっと》三拾両持って行《ゆ》くよ」
甚「間抜め、黙って引込《ひっこ》んで居る奴が有るもんか、そんなら直《すぐ》に出せ」
新「今は無いから晩方までに持って行《ゆ》くよ」
甚「じゃア屹度持って来い」
新「今に持って行《ゆ》くから、ギャア/\騒がねえで、実は、己がまだお賤に喋らねえからだよ、当人が知らねえのだからよ」
甚「コレ、博奕の仲宿とは何《なん》だ、太《ふて》え女《あま》っちょだ」
新「そんな大きな声を」
甚「屹度持って来い、来ねえと了簡が有るぞ」
新「何ごと置いても屹度金は持って行《ゆ》くよ、驚いたねえ」
賤「おい新吉さん、何《な》んだって彼奴《あいつ》にへえつくもうつく[#「へえつくもうつく」に傍点]するのだよ、お前がヘラ/\すると猶《なお》増長すらアね」
新「何《ど》うしてもいけないよ、貸さなけりゃア成らねえ」
賤「何《なん》で彼奴《あいつ》に貸すのだえ」
新「何《なん》だって、いけねえ事に成って仕舞った、旦那の湯灌の時|彼奴《あいつ》が来やアがって、一人じゃア出来ねえから手伝うといって、仏様を見ると、咽喉頸《のどっくび》に筋が有るのを見付けやがって、ア屹度《きっと》殺したろう、殺したといやア黙ってるが云わなけりゃア仏様を本堂へ持
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