ち》っけえ時から内気だから、ハア、泣《なく》ことばかりで何《ど》うしべえと思ってよ」
三「困りますね私も心配するなと云い聞《きか》せて置きますが、何《ど》う云うものか彼処《あすこ》へ引籠った切《ぎ》りで、気が霽《は》れぬから庭でも見たら宜《よ》かろうと云うと、彼処は薄暗くって病気に宜うございますからと云いますが詰らん事を気に病むから何うも困ります」
と話をして居ります。折から、お累は次の間の処へ参りましたから、
母「おゝ此方《こっち》へ出ろとよう、出な」
三「あ、漸《やっ》と出て来た」
母「此方へ来てナ、畑の花でも見て居たら些《ちっ》たア気が霽《は》れようと、今|兄《あにき》どんと相談して居たゞ、えゝ、さア此処《こゝ》へ坐ってヨウ、よく出て来《き》いッけナ、心配《しんぺえ》してはいけぬ、気を晴らさなければいかねえヨウ、兄どんの云うのにも、火傷しても火の中へ坐燻《つっくば》ったではねえ、湯気だから段々|癒《なお》るとよ、少しぐれえ薄く痕《あと》が付くべえけれども、平常《いつも》の白粉《おしろい》を着ければ知れねえ様になり段々薄くなるから心配《しんぺえ》しねえがえゝよ」
三「お前お母《っか》さんに斯《こ》う心配《しんぱい》を掛けて、お母様《っかさん》がお食を勧めるのにお前は何故|喫《た》べない、段々疲れるよ、詰らん事をくよ/\してはいけませんよ、お前と私と是れから只《たっ》た一人のお母様だから孝行を尽さなければならないのに、お前がお母様に心配を掛けちゃア孝行に成りません、顔は何様《どん》なに成ったって構わぬ、それならば片輪女には亭主がないと云うものでも有るまい、何様な跛《びっこ》でもてんぼう[#「てんぼう」に傍点]でも皆《みん》な亭主を持って居ります、えゝ火傷したくらいで気落《きおち》して、お飯《まんま》も喫べられないなんて、気落してはなりません、お母様が勧めるからお食《あが》りなさい、喫べられないなんて其様《そん》な事はありませんよ」
母「喫べなせえヨウ、久右衞門《きゅうえもん》どんが、是なれば宜《よ》かろうって水街道へ行って生魚《なまうお》を買って来たゞ、随分旨い物《もん》だ常《ふだん》なら食べるだけれど、やア食えよウ」
三「お喫《あが》りなさい何《ど》う云う様子だ、容体《ようだい》を云いなさい、えゝ、何か云うとお前は下を向いてホロ/\泣いてばかり居て、お母様に御心配かけて仕様がないじゃアありませんか、え、十二三の小娘じゃアあるまいし、よウ、えゝ、何う云うものだ」
母「そんなに小言云わねえが宜《え》えってに、其処《そこ》が病《やめ》えだからハア手におえねえだよ、兄《あにき》どんの側に居ると小言を云われるから己《おれ》が側へ来い、さア此方《こっち》へ来い、/\」
と手を引いて病間《びょうま》へ参ります。三藏も是は一通りの病気ではないと思いますから。
三「おせな」
下女せな「ヒえー」
三「何《なん》の事《こっ》た、立って居て返辞をする奴が有るものか」
せな「何《なん》だか」
三「坐りな」
せな「何だか、呼《よば》るのは何だかてえに」
三「コレ家《うち》のお累の病気は何《ど》うも火傷をした許《ばか》りでねえ、心に思う処が有るのでそれが気になってからの煩《わずら》いと思って居るが、汝《てめえ》お久の寺詣《てらまいり》に行った帰りは遅かったが、年頃で無理じゃアねえから他処《わき》へ寄ったか、隠さずと云いな」
せな「ナアニ寄りは為《し》ません、お寺様へ行ってお花上げて拝んで、雨降って来たからお寺様で借《かり》べえって法蔵寺様で傘借りて帰《けえ》って来ただ」
三「汝《てめえ》なぜ隠す」
せな「隠すにも隠さねえにも知んねえノ」
三「主人に物を隠すような者は奉公さしては置きません、なぜ隠す、云いなよ」
せな「隠しも何《ど》うもしねえ、知んねえのに無理な事を云って、知って居れば知って居るって云うが、知んねえから知んねえと云うんだ」
三「コレ段々お累を責めて聞くに、実は兄様《にいさん》済まないが是々と云うから、なぜ早く云わんのだ、年頃で当然《あたりまえ》の事だ、と云って残らず打明けて己に話した、其の時はおせなが一緒に行って斯《こ》う/\と残らず話した、お累が云うのに汝《てめえ》は隠して居る、汝はなぜ然《そ》うだ、幼《ちいさ》い中《うち》から面倒を見て遣《や》ったのに」
せな「アレまア、何《なん》て云うたろうか、よウお累様ア云ったか」
三「皆《みん》な云った」
せな「アレまア、汝《われ》せえ云わなければ知れる気遣《きづけ》えねえから云うじゃアねえよと、己《おら》を口止《くちどめ》して、自分からおッ饒舌《ちゃべ》るって、何《なん》てえこった」
三「皆《みん》ないいな、有体《ありてい》に云いナ」
せな「有体ッたって別に無《ね》えだ、墓参りに行って年頃二十二三になる好《い》い男が来て居て、お前《めえ》さん何処《どこ》の者だと云ったら江戸の者だと云って、近処《きんじょ》に居る者だがお墓参りして無尽|鬮引《くじびき》の呪《まじね》えにするって、エー、雨降って来たから傘借りてお累さんと二人手え引きながら帰《けえ》って来て、お累さんが云うにゃア、おせな彼様《あん》な好《い》い男は無《ね》いやア、彼様な柔《やさ》しげな人はねえ、己《おれ》がに亭主《ていし》を持たせるなれば彼《あ》ア云う人を亭主に持度《もちた》いと云って、内所で云う事が有ったけえ、其の中《うち》に火傷してからもう駄目だ彼《あ》の人に逢いたくもこんな顔になっては駄目だって、それから飯も喰えねえだ」
三「然《そ》うか何《ど》うも訝《おか》しいと思った、様子がナ、汝《てめえ》に云われて漸《ようや》く分った」
せな「あれ、横着者め、お累様云わねえのか」
三「なにお累が云うものか」
せな「彼《あれ》だアもの、累も云ったから汝《てめえ》も云えってえ、己に云わして己云ったで事が分ったてえ、そんな事があるもんだ」
三「騒々しい、早く彼方《あっち》へ往けよ」
とこれから村方に作右衞門と云う口利《くちきゝ》が有ります、これを頼んで土手の甚藏の処へ掛合いに遣《や》りました。
三十一
作「御免なせえ」
甚「イヤお出でなせえ」
作「ハイ少し相談ぶちに参《めえ》りましたがなア」
甚「能《よ》くお出《いで》なせえました」
作「私《わし》イ頼まれて少し相談ぶちに参《めえ》ったが、お前等《めえら》の家《うち》に此の頃|年齢《としごろ》二十二三の若《わけ》え色の白《しれ》え江戸者が来て居ると云う話、それに就《つ》いて少し訳あって参《めえ》った」
甚「左様で、出ちゃアいけねえ引込《ひっこ》んで居ねえ」
新吉は薄気味が悪いから蒲団の積んで有る蔭へ潜り込んで仕舞いました。
甚「ヘエ、な、何《なん》です」
作「エヽ、今日少しな、訳が有って三藏どんが己《おら》が処《とけ》え頭を下げて来て、偖《さて》作右衞門どん、何《ど》うも他《た》の者に話をしては迚《とて》も埓《らち》が明かねえ、人一人は大事な者なれども、何うも是非がねえから無理にも始末を着けなければなんねえから、お前等《めえら》をば頼むと云うまアーづ訳になって見れば、己《おれ》も頼まれゝば後《あと》へも退《ひ》けねえ訳だから、己《おれ》が五十石の田地《でんじ》をぶち放っても此の話を着けねばなんねえ訳に成ったが其の男の事に付いて参《めえ》っただ」
甚「ヘエーそうで、其の男と云うなア身寄でも親類でもねえ奴ですが、困るてえから私《わっち》の処に食客《いそうろう》だけれども、何を不調法しましたか、旦那堪忍しておくんなえ、田舎珍らしいから、柿なんぞをピョコ/\取って喰いかねゝえ奴だが、何《なん》でしょうか生埋《いきうめ》にするなどというと、私《わっち》も人情として誠に困りますがねえ、何を悪い事をしたか、何《どう》云う訳ですえ」
作「誰《だり》が柿イ取ったて」
甚「食客が柿を盗んだんでしょう」
作「柿など盗んだ何《なん》のと云う訳でねえ、そうでねえ、それ、お前《めえ》知って居るが、三藏どんの妹娘《いもとむすめ》は屋敷奉公して帰《けえ》って来て居た処、お前等《めえら》ア家《うち》のノウ、其の若《わけ》え男を見て、何処《どこ》かで一緒になったで口でもきゝ合った訳だんべえ、それでまア娘が気に、彼《あ》ア云う人を何卒《どうか》亭主《ていし》に為《し》たいとか内儀《かみさん》になりてえとか云う訳で、心に思っても兄《あに》さまが堅《かて》えから八釜《やかま》しい事云うので、処から段々胸へ詰って、飯《まゝ》も食べずに泣いてばかり居るから、医者どんも見放し、大切《だいじ》の一人娘だから金えぶっ積んでも好いた男なら貰って遣《や》りてえが、他《ほか》の者では頼まれねえが、作右衞門どん行ってくれと云う訳で、己《おれ》が媒妁人役《なこうどやく》しなければなんねえてえ訳で来ただ」
甚「そんなら早くそう云ってくれゝば宜《い》いに、胆《きも》を潰《つぶ》した、私《わっち》は柿でも盗んだかと思って、そうか、それは有難《ありがて》え、じゃア何《なん》だね、妹娘が思い染めて恋煩《こいわずら》いで、医者も見放すくれえで、何《ど》うでも聟《むこ》に貰おうと云うのかね、是は有難え、新吉出や、ア此処《こゝ》へ出ろ、ごうぎな事をしやアがった、此処へ来や、旦那是は私の弟分《おとゝぶん》で新吉てえます、是は作右衞門さんと云うお方でな、名主様から三番目に坐る方だ、此の方に頭を押えられちゃア村に居憎《いにく》いやア、旦那に親眤《ちかづき》になって置きねえ」
新「ヘエ初めまして、私《わたくし》は新吉と申す不調法者で、お見知り置かれまして御贔屓《ごひいき》に願います」
作「是はまず/\お手をお上げなすって、まず/\、それでは何《ど》うも、エヽ石田作右衞門と申して至って不調法者で、お見知り置かれやして、此の後《のち》も御別懇《ごべっこん》に願《ねげ》えます」
甚「旦那、其様《そん》な叮嚀《ていねい》な事を云っちゃアいけねえ、マア早い話が宜《い》い、新吉、三藏さんと云ってな、小質《こしち》を取って居る家《うち》の一人娘、江戸で屋敷奉公して十一二年も勤めたから、江戸子《えどっこ》も同《おんな》し事で、器量は滅法|好《い》い娘だ、宜《い》いか、其のお嬢さんが手前《てめえ》を見てからくよ/\と恋煩いだ、冗談じゃアねえ、此畜生《こんちきしょう》め、えゝ、こう、其の娘が塩梅が悪《わり》いんで、手前に逢わねえじゃア病に障るから貰《もれ》えてえと云う訳だ、有難《ありがて》え、好い女房《かゝあ》を持つのだ、手前運が向いて来たのだ」
新「成程、三藏さんの妹娘で、成程、存じて居ります、一度お目に掛りました、然《そ》う云って来るだろうと思って居た」
甚「此畜生、生意気な事を云やアがる、増長して居やアがる、旦那腹ア立っちゃアいけねえ、若《わけ》えからうっかり云うので、大層を云って居やアがらア、手前《てめえ》己惚《うぬぼれ》るな、男が好《い》いたって田舎だから目に立つのだ、江戸へ行けば手前の様な面はいけえ事有らア、此様《こん》な田舎だから少し色が白いと目に立つのだ、田舎には此様な色の黒い人ばかりだから、イヤサお前《めえ》さんは年をとって居るから色は黒いがね、此様な有難《ありがて》え事はねえ、冗談じゃアねえ」
新「誠に有難い事でございます」
作「私《わし》もヤアぶち出し悪《にく》かったが、お前様《めえさま》が承知なら頼まれげえが有って有難《ありがて》えだ、然《そ》うなれば私《わし》イ及ばずながら媒妁《なこうど》する了簡だ、それじゃア大丈夫だろうネ、仔細《しせえ》無《ね》えね」
甚「ヘエ仔細《しせえ》有りません、有りませんが困る事には此の野郎の身体に少し借金が有るね」
作「なに借財が」
甚「ヘエ誠に何《ど》うもね、これが向《むこう》が堅気《かたぎ》でなければ宜《い》いが、彼《あ》ア云う三藏さん、此の野郎が行《ゆ》きそう/\方々から借金取が来て、
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