うか、此の鎌は村の者の鎌だ、そんならそれで宜《い》いや、宜いが、おい幾ら金を取ったよう」
新「金は取りは致しません」
甚「女を連れて逃げる時、お前《めえ》の云うにア小間物屋の娘だお嬢さんだと云うのだ、連れて逃げるにゃア、路銀《ろぎん》がなければいかねえから幾らか持出せと智慧を付けて盗ましたろう」
新「金も何も、私《わたくし》は卵塔場《らんとうば》から逃げたので」
甚「気味《きび》の悪い事ばかり云やアがって、何《な》んで」
新「私《わたくし》は師匠の墓詣《はかまい》りに参りますと、お久も墓詣りに参って居りまして、墓場でおやお久さんおや新吉さんかと云う訳で」
甚「そんな事は何《ど》うでもいゝやア」
新「それから逃げて私《わたくし》は一|分《ぶ》三|朱《しゅ》と二百五十六文、女は三朱と四十八文ばかり有ったので、其の外《ほか》にはお花と線香を持って居るばかり、それから松戸で一晩泊りましたから、些《ちっ》とばかり残って居ります」
甚「一文なしか」
新「ヘエー」
二十七
甚「詰らねえ奴が飛込みやアがったな、仕方がねえ、じゃアまア居ろ」
新「ヘエ何《ど》うぞ置いておくんなすって、其の事は何うか仰しゃってはいけませんから」
甚「厄介な奴だ、畜生《ちきしょう》め、銭《ぜに》が無くて幽霊を脊負《しょ》って来やアがって仕様がねえ、其処《そこ》へ寝ろ」
と仕方が無いから其の夜《よ》は寝ましたが、翌朝《よくあさ》から土鍋で飯は焚《た》きまして、お菜《かず》は外《そと》から買って来まして喰いますような事で、此処《こゝ》に居《おり》ます。甚藏はぶら/\遊び歩きます。すると、此処から村までは彼是《かれこ》れ四五丁程もある土手下で、花や野菜物《せんざいもの》を担《かつ》いで来たり、肥桶《こいおけ》なぞをおろして百姓衆の休所《やすみどこ》で、
農夫「太左衞門《たざえもん》何処《どこ》へ行くだ」
太「今帰りよ」
農「そうか」
太「此間《こねえだ》勘右衞門《かんえもん》の所《とけ》へ頼んで置いた、些《ちっ》とベエ午房種《ごぼうだね》を貰うベエと思ってノウ」
農「然《そ》うか、何《なん》とハア此の村でも段々|人気《にんき》が悪くなって、人の心も変ったが、徳野郎あれはあのくれえ太《ふて》え奴はねえノ」
太「あの野郎|何《なん》でも口の先で他人《ひと》を瞞《だま》して銭を借《かり》る事は上手だが、大《で》けえ声では云えねえが、此処《こゝ》な甚藏は蝮野郎《まむしやろう》でよくねえ怖《おっ》かねえ野郎でのう」
太「今日は大分《だいぶ》婆《ば》ア様が通るが何処《どこ》へ行くだ」
農夫「三藏どんの処《とこ》で法事があるで、此間《こねえだ》此処《こゝ》に女が殺されて川へ投《ほう》り込まれて有って、引揚げて見たら、守《まもり》の中に名前書《なめえがき》が這入《へえ》って居たので、段々調べたら三藏どんが家《うち》の姪《めい》に当る女子《おんなこ》で、母様《かゝさま》が継母《まゝはゝ》で、苛《いじ》められて居られなくって尋ねて来ただが、些《ちっ》とは小遣《こづかい》も持って居ただが、泥坊が附いて来て突落《つきおと》して逃げたと云う訳で、三藏どんは親切な人で、引揚げて届ける所へ届けて、漸《ようや》く事済んで、葬りも済んで、今日は七日《なぬか》でお寺様へ婆ア様達を聘《ほじ》って御馳走するてえので、久し振で米の飯が食えると云って悦んで往《い》きやしッけ、法蔵寺《ほうぞうじ》様へ葬りに成っただ」
太「然《そ》うか、それで婆ア様ア悦んで行くのだ、久しく尋ねねえだが秋口は用が多えで此の間買った馬は二両五粒だが、高《たけ》え馬だ、見毛《みけ》は宜《い》いが、何《ど》うも膝頭《ひざっこ》突く馬で下り坂は危ねえの、嚏《くしゃみ》ばかりして屁《へ》ベエたれ通しで肉おっぴり出す程だによ、婆ア様に宜しく云って下せえ、左様だら」
新吉は内で此の話を聞いて居りましたが、お久を葬むったと云うから参詣《さんけい》しなければ悪いと思い、
新「もし/\」
農「あゝ魂消《たまげ》た、何処《どこ》から出ただ」
新「私《わたし》は此処《こゝ》に居《い》るので」
農「誰《たれ》も居ねえと思ったが何《なん》だか」
新「只今お聞き申しましたが土手の脇で殺されました女の死骸は、何《なん》と云うお寺へ葬りになりました、三藏さんてえお方が追福《ついふく》なさると聞きましたが、何と云うお寺へ葬りましたか」
農「法蔵寺様てえ寺で、累《かさね》の葬ってある寺と聞けば直《じき》に知れます」
新「ヘエー成程」
農「何《なん》だね、なに其様《そん》な事を聞くのか」
新「私は無尽《むじん》のまじないに、なにそう云う仏様に線香を上げると無尽が当ると云うので、ヘエ有難う存じます」
と、是から段々尋ねて、花と線香を持って墓場へ参りました。寺で聞けば宜しいに、己《おのれ》が殺した女の墓所《はかしょ》、事によったら、咎《とが》められはしないか、と脚疵《すねきず》で、手桶を提《さ》げて墓場でまご/\して居る。
新「これだろう、これに違いない、是だ/\、花を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》して置きさえすれば宜しい、何処《どこ》へ葬っても同《おんな》じだが、因縁とか何《なん》とか云うので、お久の伯父さんを便《たよ》って二人で逃げて来て、師匠の祟りで殺したくもねえ可愛い女房を殺したのだが、お久は此処《こゝ》へ葬りになり、己《おれ》は、逃げれば甚藏が訴人するから、やっぱり羽生村に足を止めて墓詣《はかまいり》に来られる。是もやっぱり因縁の深いのだ。南無阿弥陀仏/\、エヽと法月童女《ほうげつどうにょ》と、何《なん》だ是は子供の戒名だ」
と、頻《しき》りにまご/\して居る処へ、這入って来ました娘は、二十才《はたち》を一つも越したかと云う年頃、まだ元服前の大島田、色の白い鼻筋の通った二重瞼《ふたえまぶち》の、大柄ではございますが人柄の好《い》い、衣装《なり》は常着《ふだんぎ》だから好《よ》くはございませんが、なれども村方でも大尽《だいじん》の娘と思う拵《こしら》え、一人付添って来たのは肩の張ったお臀《しり》の大きな下婢《おんな》、肥《ふと》っちょうで赤ら顔、手織《ており》の単衣《ひとえ》に紫中形《むらさきちゅうがた》の腹合《はらあわせ》の帯、手桶を提げてヒョコ/\遣《や》って来て、
下女「お嬢様|此方《こちら》へお出でなさえまし、此処《こゝ》だよ、貴方《あんた》ヨ待ちなさえヨ、私《わし》能《よ》く洗うだからねえ、本当に可哀想だって、己《おら》ア旦那様泣いた事はないけれども、お久様が尋ねて来て、顔も見ねえでおッ死《ち》んでしまって憫然《ふびん》だって泣いただ、本当に可哀想に、南無阿弥陀仏/\/\」
新「これだ、えゝ少々物が承りとうございます」
下女「何《なん》だかい」
新「ヘエ」
下女「何だかい」
新「真中《まんなか》ですとえ」
下女「イヽヤ何《なん》だか聞くのは何だかというのよ」
新「ヘエと成程、この何《なん》ですかお墓は慥《たし》か川端で殺されて此の間お検死が済んで葬りになりました娘子様《むすめごさん》の御墓所《ごぼしょ》でございますか」
下女「御墓所てえ何《なん》だか」
新「このお墓は」
下女「ヘエ此の間川端で殺されたお久さんと云うのを葬った墓場で」
新「ヘエ左様で、私にお花を上げさして拝まして下さいませんか」
下女「お前様《まえさま》知って居る人か」
新「イヽエ無尽の呪咀《まじない》に樒《しきみ》の葉を三枚盗むと当るので」
下女「そう云う鬮引《くじびき》が当るのか、沢山花ア上げて下さえ」
新「ヘエ/\有難う、戒名は分りませんが、あとでお寺様で承りましょう、大きに有難う」
と、ヒョイと後《あと》へ下《さが》りそうにすると、娘が側に立って居りまして、ジロリと横目で見ると、新吉は二十二でも小造《こづく》りの性《たち》で、色白の可愛気のある何処《どこ》となく好《い》い男、悪縁とは云いながら、此の娘も、何《ど》うしてこんな片田舎にこんな好い男が来たろうと思うと、恥かしくなりましたから、顔を横にしながら横眼で見る。新吉も美《い》い女だと思って立止って見て居りました。
二十八
新「もしお嬢さん、このお墓へお葬りになりました仏様の貴方はお身内でございますかえ」
娘「はい私《わたくし》の身寄でございます」
新「ヘエ道理でよく似ていらっしゃると思いました、イエ何、あのよく似たこともあるもので、江戸にも此様《こんな》事が有りましたから」
下女「あんた、何処《どこ》に居るお方だい」
新「私はあの直《じ》き近処《きんじょ》の者でげす、ヘエ土手の少し変な処《とこ》に一寸《ちょっと》這入って居ります」
下女「土手の変な処《とこ》てえ蒲鉾小屋《かまぼこごや》かえ」
新「乞食ではございません、其処《そこ》に懇意な者が有って厄介になって居るので」
下女「そうかネ、それだら些《ちっ》と遊びにお出でなさえ、直《じ》き此の先の三藏と云うと知れますよ、質屋の三藏てえば直き知れやす」
娘は頻《しき》りに新吉の顔を横眼で見惚《みと》れて居ると、何《ど》う云う事でございますか、お久の墓場の樒の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]して有る間から一匹出ました蛇の、長さ彼《か》れ是《こ》れ三尺《さんじゃく》ばかりもあるくちなわ[#「くちなわ」に傍点]が、鎌首を立てゝズーッと娘の足元まで這って来た時は、田舎に馴れません娘で、
娘「あッ」
と飛び退《の》いて新吉の手へすがりつくと、新吉も恟《びっく》りしたが、蛇はまた元の様に、墓の周囲《まわり》を廻って草の茂りし間へ這入りました。娘は怖いと思いましたから、思わず知らず飛退《とびの》く機《はず》みで、新吉の手へ縋《すが》りましたが、蛇が居なくなりましたから手を放せばよいのだが、其の手が何時迄《いつまで》も放れません。思い内に有れば色外に顕《あら》われて、ジロリ、と互《たがい》に横眼で見合いながら、ニヤリと笑う情《じょう》と云うものは、何《なん》とも申されません。女中は何も知りませんから、
下女「お前さん、在郷の人には珍らしい人だ、些《ちっ》とまた遊びに来て、何処《どこ》に居るだえ、エヽ甚藏が処《とこ》に、彼《あ》の野郎評判の悪《わり》い奴で、彼処《あすこ》に、そうかえ些と遊びにお出でなさえ、嬢様お屋敷奉公に江戸へ行ってゝ、此の頃|帰《けえ》っても友達がねえで、話《はなし》しても言葉が分んねえてエ、食物《くいもの》が違って淋しくってなんねえテ、長く屋敷奉公したから種々《いろ/\》な芸事がある、三味《さみ》イおっ引《ぴい》たり、それに本や錦絵があるから見にお出でなさえ、此の間見たが、本の間に役者の人相書の絵が有るからね…雨が降って来た」
新「其処《そこ》まで御一緒に」
娘「何《ど》うせお帰り遊ばすなれば私《わたくし》の屋敷の横をお通りになりますから御一緒に、あの傘を一本お寺様で借りてお出でよ」
下女「ハイ」
と下女がお寺で番傘を借りて、是から相合傘《あい/\がさ》で帰りましたが、娘は新吉の顔が眼先を離れず、くよ/\して、兄に悟られまいと思って部屋へ這入って居ります。新吉の居場処《いばしょ》も聞いたがうっかり逢う訳に参りません、段々《だん/\》日数《ひかず》も重《かさな》ると娘はくよ/\欝《ふさ》ぎ始めました。すると或夜日暮から降出した雨に、少し風が荒く降っかけましたが、門口《かどぐち》から、
甚「御免なさい/\」
三「誰だい」
甚「ヘエ旦那御無沙汰致しました」
三「おゝ甚藏か」
甚「ヘエ、からもう酷《ひど》く降出しまして」
三「傘なしか」
甚「ヘエ傘の無いのでびしょ濡《ぬれ》になりました、何《ど》うも悪い日和《ひより》で、日和癖で時々だしぬけに降出して困ります…エヽお母様《っかさん》御機嫌よう」
三「コウ
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