した」
甚「まア斯《こ》う、見ねえ、是はノ、其の女を殺した奴が投《ほう》り出した鎌を拾って来たが、見ねえ」
と鎌の刄《は》に巻付けてあった手拭をぐる/\と取って、
甚「此の鎌で殺しゃアがった、酷《ひど》い雨で段々|血《のり》は無くなったが、見ねえ、血《ち》が滅多に落《おち》ねえ物とみえて染込《しみこ》んで居らア、磨澄《とぎすま》した鎌で殺しゃアがった、是で遣《や》りゃアがった」
新「ヘエー誠に何《ど》うも怖《おっか》ない事でげすナ」
甚「ナニ」
新「ヘエ怖《こわ》い事ですねえ」
甚「怖いたって、此の鎌で是れで遣りゃアがった」
新「ヘエ」
と鎌と甚藏を見ると、先刻《さっき》襟首を取って引摺り倒した奴は此奴《こいつ》だな、と思うと、身体が慄《ふる》えて顔色《がんしょく》が違うから、甚藏は物をも言わず新吉の顔を見詰めて居りましたが、鎌をだしぬけに前へ投《ほう》り付けたから、新吉は恟《びっく》りした。
甚「おい/\余《あんま》り薄気味《うすっきみ》がよくねえ、今夜は泊って行きねえ」
新「ヘイ大きに雨が小降《こぶり》になりました様子で、是で私《わたくし》はお暇《いとま》を致そうと存じます」
甚「是から行ったって泊める処《とこ》もねえ小村《こむら》だから、水街道へ行かなけりゃア泊る旅籠屋《はたごや》はねえ、まア宜《い》いやナ、江戸子《えどっこ》なれば懐かしいや、己も本郷菊坂生れで、無懶《やくざ》でぐずッかして居るが、小博奕が出来るから此処《こゝ》に居るのだが、お前《めえ》も子柄《こがら》はよし、今の若気《わかぎ》でこんな片田舎へ来て、儲かる処《どころ》か苦労するな、些《ちっ》とは訳があって来たろうが、お前が此処で小商《こあきない》でも仕ようと云うなら己《おら》が家《うち》に居て[#「家《うち》に居て」は底本では「家《うち》て居に」]貰いてえ、江戸子てエ者は、田舎へ来て江戸子に遇《あ》うと、親類にでも逢った心持がして懐かしいから、江戸と云うと、肩書ばかりで、身寄でも親類でもねえが其処《そこ》ア情合《じょうあい》だ、己は遊んで歩くから、家はまるで留守じゃアあるし、お前此処に居て留守居をして荒物や駄菓子でも并《なら》べて居りゃア、此処は花売や野菜物《せんざいもの》を売る者が来て休む処で、何《なん》でもポカ/\捌《はけ》るが、おいお前留守居をしながら商売《あきねえ》して居てくれゝば己も安心して家をお前に預けて明《あけ》るが、何も盗まれる物はねえが、一軒の主《あるじ》だから、おいお前此処でそうして留守居をしてくれゝば、己が帰《けえ》って来ても火は有るし、茶は沸いて居るし、帰って来ても心持がいゝ、己ア土手の甚藏と云う者だが、村の者に憎まれて居るのよ、それがノ口をきくのが江戸子同士でなけりゃア何《ど》うしても話が合わねえ、己は兄弟も身寄もねえし、江戸を喰詰めて帰れる訳でもねえから、己と兄弟分になってくんねえ」
新「有難う存じますな、私《わたくし》も身寄兄弟も無い者で、少し訳があって参りました者でございますが、少し頼る処が有って参りました者で、此方《こちら》へ参ってから、だしぬけに亡《なく》なりましたので」
甚「死んだのかえ」
新「ヘエ其処《そこ》が、ヘエ何《なん》で、変になりましたので、ヘエ、何処《どこ》へも参る処は無いのでございますから、お宅を貸して下すって商いでもさして下されば有難い事で、私《わたくし》は新吉と申す者で、何分《なにぶん》親分|御贔屓《ごひいき》にお引立を願います」
甚「話は早いがいゝが、其処《そこ》は江戸子《えどこ》だからのう、兄弟分の固めを仕なければならねえが、おいお前《めえ》田舎は堅えから、己の弟分だと云えば、何様《どんな》間違《まちげえ》が有ったってもお前他人にけじめ[#「けじめ」に傍点]を食う気遣《きづけえ》ねえ、己の事を云やア他人《ひと》が嫌がって居るくれえだからナ、其方《そっち》の強身《つよみ》よ、さア兄弟分《きょうでいぶん》の固めをして、お互《たげえ》にのう」
新「ヘイ有難うございます、何分どうか、其の替り身体で働きます事は厭《いと》いませんから、どんな事でも仰しゃり付けて下さればお役には立ちませんでも骨を折ります」
甚「お前《めえ》幾才《いくつ》だ」
新「ヘエ二十二でございます」
甚「色の白《しれ》え好男《いゝおとこ》だね、女が惚れるたちだね、酒が無《ね》えから兄弟分《きょうでえぶん》の固めには、先刻《さっき》一燻《ひとくべ》したばかりだから、微温《ぬるま》になって居るが、此の番茶を替りに、己が先へ飲むから是を半分飲みな」
新「ヘエー有難うございます、恰《ちょう》ど咽喉《のど》も乾いて居りますから、エヽ有難うございます、誠に私《わたくし》も力を得ました」
甚「おい兄弟分《きょうでえぶん》だよ、いゝかえ」
新「ヘエ」
甚「兄弟分に成ったから兄に物を隠しちゃアいけねえぜ」
新「ヘエ/\」
甚「お互《たげえ》に悪い事も善《い》い事も打明けて話し合うのが兄弟分だ、いゝか」
新「ヘエ/\」
甚「今夜土手で女を殺したのはお前《めえ》だのう」
新「イヽエ」
甚「とぼけやアがるなエ此畜生《こんちきしょう》、云いねえ、云えよ」
新「な、何を被仰《おっしゃる》ので」
甚「とぼけやアがって此畜生め、先刻《さっき》鎌を出したら手前《てめえ》の面付《つらつき》は変ったぜ、殺したら殺したと云えよ」
新「何《ど》うもトヽ飛んでもない事を仰しゃる、私《わたくし》は何うもそんな、外《ほか》の事と違い人を殺すなぞと、苟《かり》にも私は、どうも此方様《こちらさま》には居《お》られません、ヘエ」
甚「居られなければ出て行け、さア居られなければ出て行きや、無理に置こうとは云わねえ、兄弟分《きょうだいぶん》になれば善《い》い悪いを明《あか》しあうのが兄弟分だ、兄分《あにぶん》の己の口から縛らせる気遣《きづけえ》ねえ、殺したから殺したと云えと云うに」
新「何うもそれは困りますね、何《なに》もそんな事を、何うも是は、何うも外の事と違いますからねエ、何うもヘエ、人を殺すなぞと、そんな私《わたくし》ども、ヘエ何うも」
甚「此畜生分らねえ才槌《さいづち》だな、間抜め、殺したに相違ねえ、そんな奴を置くと村の難儀になるから、手前《てめえ》を追出す代りに、己の口から訴人して、踏縛《ふんじば》って代官所へでも役所へでも引くから然《そ》う思え」
二十六
新「何うも私《わたくし》はもうお暇《いとま》致します」
甚「行きねえ、己が踏縛《ふんじば》るからいゝか」
新「そんな、何うも、無理を仰しゃって、私《わたくし》が何《な》んで、何うも」
甚「分らねえ畜生だナ、手前《てめえ》殺したと打明けて云えよ、手前の悪事を、己は兄分《あにぶん》だから云う気遣《きづけえ》はねえ、お互《たげえ》に、悪事を云ってくれるなと隠し合うのが兄弟分《きょうだいぶん》のよしみだから、是っぱかりも云わねえから云えよ、云わなければ代官所へ引張《ひっぱ》って行くぞ、さア云え」
新「ヘエ、何うも、ち…些《ちっ》とばかり、こ…殺しました」
甚「些とばかり殺す奴があるものかえ、女を殺して手前《てめえ》金を幾ら取った」
新「幾らにも何も取りは致しません」
甚「分らねえ事を云うな、金を取らねえで何《な》んで殺した、金があるから殺して取ったろう、懐《ふところ》に有ったろう」
新「金も何も無いので」
甚「有ると思ったのが無《ね》えのか」
新「ナニ然《そ》うじゃアございません、あれは私《わたくし》の女房でございます」
甚「分らねえ事を云う、ナニ此畜生《こんちきしょう》、女房《かゝあ》を何《な》んで殺した、外《ほか》に浮気な事でもして邪魔になるから殺したのか」
新「ナニ然《そ》うじゃア無いので」
甚「何《ど》う云う訳だ」
新「困りますナ、じゃア私《わたくし》が打明けてお話致しますが、貴方決して口外して下さるな」
甚「なに、口外しねえから云えよ」
新「本当でげすか」
甚「為《し》ないよ」
新「じゃア申しますが実は私《わたくし》はその、殺す気も何もなく彼処《あすこ》へ参りますと、あれがその、お化《ばけ》でな」
甚「何がお化だ」
新「私《わたくし》の身体へ附纒《つきまと》うので」
甚「薄気味の悪い事を云うな、何が附纒うのだ」
新「詳しい事を申しますが、私《わたくし》は根津七軒町の富本豊志賀と申す師匠の処へ食客《いそうろう》に居りますと、豊志賀が年は三十を越した女でげすが、堅い師匠で、評判もよかったが、私が食客になりまして、豊志賀が私の様な者に一寸《ちょっと》岡惚《おかぼれ》をしたのでな」
甚「いやな畜生だ惚気《のろけ》を聞くんじゃアねえ、女を殺した訳を云えよ」
新「それから私《わたくし》も心得違いをして、表向《おもてむき》は師匠と食客ですが、内所《ないしょ》は夫婦同様で只ぶら/\と一緒に居りました、そうすると此処《こゝ》へ稽古に参ります根津の総門内の羽生屋と申す小間物屋の娘がその、私に何《なん》だか惚れた様に師匠に見えますので」
甚「うん、それから」
新「それを師匠が嫉妬《やきもち》をやきまして、何も怪しい事も無いのにワク/\して、眼の縁《ふち》へポツリと腫物《できもの》が出来まして、それが斯《こ》う膨《は》れまして、こんな顔になり其の顔で私の胸倉を取って悋気《りんき》をしますから居《い》られませんので、私が豊志賀の家《うち》を駈出した跡で師匠が狂い死《じに》に死にましたので、死ぬ時の書置《かきおき》に、新吉と夫婦になる女は七人まで取殺すと云う書置がありましたので」
甚「ふうん執念深《しゅうねんぶけ》え女だな、成程ふうん」
新「それで、師匠が亡《なく》なりましたから、お久と云う土手で殺した娘が、連れて逃げてくれと云い、伯父が羽生村に居るから伯父を尋ねて世帯《しょたい》を持とうと云うので、それなら田舎へ行って、倶《とも》に夫婦になろうと云う約束で出て参ったので」
甚「出て来てそれから」
新「先刻《さっき》彼処《あすこ》へ掛ると雨は降出します、土手を下りるにも、鼻を撮《つま》まれるも知れません真の闇で、すると、お久の眼の下へポツリと腫物《できもの》みたような物が出来たかと思うと、見て居るうちに急に腫れ上りましてねえ、ヘエ、貴方死んだ師匠の通りの顔になりまして、膝に手を付きまして私《わたくし》の顔をじいッと見詰めて居ました時は私は慄《ぞ》っと致しましたので、ヘエ怖い一生懸命に私が斯《こ》う鎌で殺す気も何《なんに》もなく殺してしまって見ると、其様《そん》な顔でも何《なん》でもないので、私がしょっちゅう師匠の事ばかり夢に見るくらいでございますから、顔が眼に付いて居るので、殺す気もなくお久と云う娘を殺しましたが、綺麗な顔の娘が然《そ》う云うように見えたので、見えたから師匠が化けたと思って、鎌でやったので、ヘエ、やっぱり死んだ豊志賀が祟《たゝ》って居りますので、七人まで取殺すと云うのだから私の手をもって殺さしたと思うと、実に身の毛がよだちまして、怖かったの何《なん》のと、其の時お前さんが来て泥坊、と襟首を掴んだから一生懸命に身を振払って逃げ、まア宜《い》いと思うと、一軒家《いっけんや》が有ったから来たら、やっぱり貴方の家《うち》へ来たから、泡をくったのでねえ」
甚「ふうんそれじゃア其の師匠は手前《てめえ》に惚れて、狂死《くるいじに》に死んで、外《ほか》の女を女房にすれば取殺すと云う書置の通り祟って居るのだな」
新「祟って居るったって私《わたくし》の身体は幽霊が離れないのでヘエ」
甚「気味《きび》の悪い奴が飛込んで来たな、薄気味《うすきび》の悪い、鎌を手前《てめえ》が持って居るから悪《わり》いのだ」
新「鎌も其処《そこ》に落ちて有ったので、其処へお久が転んだので、膝の処へ少し疵《きず》が付き、介抱して居るうち然《そ》う見えたので、それで無茶苦茶にやったので、拾った鎌です」
甚「そ
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