様が妻恋坂下で三年|後《あと》に御切腹なすったと云うのだから、これが何うも驚きましたね、何うも」
ふみ「はい、それにねあなた、あの時に人様からお預かり申した大金がございます、それと金側の時計が一つ紛失《なくな》りました、金《かね》もございませんから、若し盗賊にでも取られまして、それであゝいう堅い気性でございまして、はッと取りのぼせましたか、又預り金を取られ申し訳が無いと切羽詰りに成りまして、あゝいうことに成りましたか、もう歿《なく》なりますると、中々先の貸金は参りませんで、借財も多くございましたから、人様も、道具を運んでしまって、他家《わき》へ預けて身代限りを出して仕舞え、そうすりア後《あと》で何《ど》の様にも身代が出来ると云ってくれたお人も有りましたが、得心づくで借りた借財、何うしてあなた、そんな事が出来ましょう伽蘭堂《がらんどう》にしてお渡し申して、残らず店の品物まで売り尽しましてお返し申したから、手許《てもと》へは僅か百二三十円有りましたが、それから私は眼が悪くなり、病院に這入ったり何や彼やで遣い果し、浜でも富貴楼の御夫婦が御親切になすって下さったが、東京《こっち》に親戚《みより》も有りますから、それを力に上《のぼ》りますると、昨年の九月其の親戚の者も何ういう因縁でございますか人手に掛って非業な目に遇《あ》い、その葬式《とむらい》まで困る中で私が出す様な訳、何処と云って頼る処《とこ》もございませんから、駒込片町の三春屋《みはるや》と申す安泊《やすどま》りに居りまする」
三「おや/\何うも間が悪いと悪い事ばかり出来て、間が善くなると一切何うも善い事ばかり出て来るものだから、又是から悪い事ばかりも有りますまいから、御心配なさんな、わたしはお金も何も無いから、芸者屋へ往《い》きましょう、旦那様から御祝儀を頂いた芸者から勧化帳《かんげちょう》でなく、小さな一寸した帳面を拵えて往って、志を何程でも、旦那様の何《なん》でがす、御贔屓になすった芳町《よしちょう》に金八《きんぱち》にお豐も御ひいきに成りました、義理が有る処《とこ》で、先《まず》松源と鳥八十、大茂へまいりまして、又下谷の芸妓ではお稻に小〆《こしめ》、小竹《こたけ》、小ゑつ、おみき………兎も角も私が往って貰うような事にしましょう、若い処《とこ》の芸者や何かは会の義理を出すと思えば貴方一寸びらを拵えても、びらが五十銭に贈物《おくりもの》が二円も掛る、大した散財に成るんだもの、それは又僕が何うにも致しやす、何うにか成りますよ、気を落しちゃアいけません、嬢ちゃん何うも温順《おとな》しくお成んなすったが、何うもお加減が悪うございますか、大層お痩せなすって」
ふみ「なにあなたね、続いて二日ぐらい食べぬ事が有りまして、又食べさして又たたた食べ……(泣沈む)何うもがゞ餓鬼道のようでございますから瘠《や》せます訳でございます」
豐「お母《っか》ちゃん、お飯《まんま》が食べちゃいなア」
三「おゝ/\上げます/\………婆さんお膳立をしてくんな、な何を、お飯を何うしたと、冷《ひや》ではいけません温《あった》かいのを、お雛《ひな》さん処《とこ》へ往って借りて来な、何か無いか家《うち》に、何を何処かに往って鳥鍋かよせ鍋でも何でも熱い物でさいあれば………なにを雪が降ってる、雪だってお前春の雪、そんなに寒い事はない………さゝ御飯《おまんま》を」
 これから親子の者にお飯を食べさせたので、大きに温《あった》まりがついた。
三「もし男の胴着や何かは女には着悪《きにく》いが、家《うち》には独身者《ひとりもの》ですから、女が居《い》るには居《お》りますが女の部には這入《はいら》ねえで、女の大博士に成っちまって、羽が生えて飛びそうな雇婆《やといばゝあ》です、えいまアお前さんは少し此家《こゝ》にお待ちなさい、集めて見ましょう、いけないと云ったらお前さんも御一緒にお出でなさるよう、先方《むこう》だって人情ですから出しましょう」
 と是から三八は先ず彼方此方《そちらこちら》を頼み散《ちら》かして歩くと、立引《たてひき》にア見得張《みえば》る商売ですから、あの人が幾許《いくら》出したから、まアわたしも幾許出そうと云うので、多分にお金が集って来ました。
三「もし御新造さん旦那が善《い》い方で物を遣って有るから、旦那の愛敬で何うもお気の毒だ、私《わちき》にも出さしてくれと云って呉れます、若い芸者衆やなんども、呼ばれた事は無くてもお名を聞いたばかりで出すから、三八出さしておくんなさいと、これが旦那の徳と云うものは恐ろしいもんで、何うも大したもので、是から柳橋と新橋と吉原へまいりましょう」
ふみ「はい/\何ともまア………それもあなた様の御親切で」
三「此の他には全《まる》で方なしの処《とこ》には往《い》かれませんが、あゝ善《よ》い事が有りますぜ、旦那が一番贔屓にしてくれた人という者は何で美代吉さんです、是が運の善い人で、自分が惚《ほれ》た男に請出されて、蠣殻町に居たのだが、越して新らしく此の頃建った家を借りて、それが今|御徒町《おかちまち》一丁目の十六番地へ葉茶屋を出しました、松山園《まつやまえん》とかいう暖簾《のれん》を出して、亭主《おやだま》の方が坊ちゃん育ちの善い人だから、それに美代ちゃんは旦那に御贔屓になったんですから………分らねえ奴は有松屋の婆《ばゞア》さ、何だかぐず/\云いやがって、否《いや》なら止《よ》しやアがれとも云わないが………それとちがい是は大丈夫だ、先方《むこう》が大きいから二十円や三十円は出してくれるかも知れないが、まアあなたを連れてって見せなくてはいけない」
ふみ「何ともお礼の申し上げ様もございません」
三「何う致しまして、何《なん》にしろ跣足《はだし》じゃア往《い》けません、何に仕ましょうか、車をそう云ってお呉れ、此の嬢ちゃんと合乗《あいのり》に乗って三人に成ります、それ故に三人乗ってそろ/\挽《ひ》いて、僕は贅《むだ》だからぼつ/\下駄を穿《は》いて歩いて往く方が便利だ」
 と親切な男で、車を拵えて、余り遠くも有りません御徒町松山園に参り、台所から、
三「へい今日《こんち》は、夜分|晩《おそ》く出まして、相済みません」
婢「はい入らっしゃい何方様《どちらさま》」
三「えい御叮嚀《ごていねい》では困ります、数寄屋町の三八で」
婢「勘八《かんぱち》さんと仰しゃりますか」
三「勘八ではございません、三八ですとそう仰しゃって下さいまし」
婢「はい、あの何です数寄屋町の雁八《がんぱち》さんという方が入らっしゃいました」
三「何うでも間違ってやがらア」
美「そう、おやまア何だね、表から這入れば宜《い》いのに」
三「いえお店の方から這入って茶の壺を引倒した事がございますから……誠に御無沙汰致しました」
美「もし此方《こっち》へお上んなさいな」
三「お取膳《とりぜん》で、八寸を四寸ずつ喰う仲の善さ、という川柳があります」
美「何をえ」
三「何でも始めは穢《きたな》い物を連れて来たが、段々綺麗なお話に成るので……旦那誠に御無沙汰を」
庄「おや、さ、此方《こちら》へお這入んなさい」
 膳を片附けそうにするを無理に止めます。庄三郎は織色《おりいろ》の羽織を著《き》まして、二子《ふたこ》の茶の黒《くろっ》ぽい縞《しま》の布子《ぬのこ》に縞の前掛に、帯は八王子博多を締めて、商人然としている。かた/\の方は南部の乱立《らんたつ》の疎《あら》っぽい縞の小袖、これは芸妓の時の着替をふだん着に卸したと云うような著物《きもの》に、帯が翁格子《おきなごうし》と紺の唐繻子《とうじゅす》と腹合せの帯を締めて、丸髷に浅黄鹿子《あさぎかのこ》の手柄が掛って、少し晴々《はで/\》しい商人の細君然たるこしらえでも自然に垢が脱《ぬ》けて居ります。仲の善い夫婦で、思いに思った仲でございますから、お飯《まんま》を食べても物を衝《つゝ》き合って食べるが面白いという間柄です。三八も馴染だから、
庄「さ此方《こちら》へ」
三「旦那追々御繁昌で」
庄「此の間は何うも何ですな、池の端の方へ小僧に持たして遣りました時に多分に買って下さって」
三「いや何でも多量《たんと》という訳には往《ゆ》きませんが」
庄「なに些《ちっ》とずつでも度々《たび/\》買ってくれる人が有れば善《よ》いので」
三「大変に何うも、いえ評判が宜うがす、一つは此方《こちら》の御新造が御器量が美《い》いからお茶の色がよく出ますとね」
美「あら何うも情《いろ》が出る、いやな油だ事よ」
三「そういう訳ではない御新造様」
美「御新造様なんて名をお云いな」
三「それ何うも凛々《りゝ》しく成っちまって気が詰ります……おかみさん、誠に何うも御無心に来たんです、芸者衆の処《とこ》に斯うやって帳面を持って貰って歩いて、金も集りましたが、是では何うも親子三人|行立《ゆきた》たないので……世帯《しょたい》を持たして何《ど》んな商法でもさせたいと思ってもお母《っか》さんが目が悪いんですから、と云って親の有る者は育児院では入れてはくれますまいから、仕様が無いから、何うか工夫をするにも金さいありア附かない事も有りません、それは他でも有りません、あなたを日頃御贔屓にした奧州屋の」
美「奧州屋の、おや」
三「それ美土代町の新助さん、妻恋坂下の切腹三法南無三法さ」
美「あゝそうかね、それが何うしたの」
三「何うしたって仕ねえって、驚いたね何うも、駒込の安泊《やすどまり》に居るってえんで、何だか目が潰れてしまって、本郷の切通《きりどお》しを下りるにも三|度《ど》とか四|度《たび》とか転んだが、下へ転がり切らなけりゃア、落著《おちつ》いてこれから歩き出すという身の上にゃア往《い》かないてえんで」
美「何うぞ此方《こっち》へお這入りなすって………お初にお目に懸ります、かねてお噂には聞いて居りましたが、さア此方へお這入んなさい………この火をなんして上げな」
ふみ「お初にお目に懸ります、新助はお心安いそうでございますが、私《わたくし》はお目に懸った事も無いに、新助が彼《あ》んな訳に成りましてから、だん/\零落いたして………親子の難儀を三八さんが可愛相と仰しゃって下さって、此方様《こちらさま》まで御無理を願いに上って………お蔭様で親子の命が助かります、誠にお気の毒様で」
庄「お、いゝや御心配しなさんな、三八さん私《わたくし》は何でもお力に成りますから、まア/\心配しなさんな」
 と庄三郎親子ぐるみ引取って世話を為《し》にゃならんが※[#「救/心」、605−9]《なまじい》に云い出してはと庄三郎思案にくれました。お美代は知りませんから此方《こちら》と是から昔物語になりますと云う、ちょっと一と息。

        七

 そこでお美代が火鉢に沢山《たんと》火を取りまして、親子の者を五徳に並べて、たっぷりとした茶碗に茶を入れて出します。有合わしたお菓子を紙に包んで子供にあてがい、
ふみ「おや有難うございます、お構いなすって下さいますな、有難う存じます」
美「おや可愛らしい事ね、女のお子さん、お何歳《いくつ》に成ります」
ふみ「はい七歳《なゝつ》でございます、豐と申します」
美「おゝそう親の無い方《かた》は温順《おとな》しいもんですね、可愛いじゃないか何うも、お少《ちい》さい方《ほう》は」
ふみ「はい男でございまして、三歳《みッつ》で新太郎と申します」
美「そう、温順しい事ね、叔母ちゃん処《とこ》に今夜は最う遅いから泊ってお出でよ、泊っても宜《い》いかい」
豐「あゝお母《っか》ちゃん、あの叔母ちゃんが泊れと仰しゃるから泊るよ、泊っても宜いかえ」
ふみ「いえもう穢《きたな》い姿で……何うかお邪魔に成りませんお台所《だいどこ》の隅にでもお寐《ね》かしなさって、今居ります安泊りのような、あんな穢い処《とこ》に居るものでございますから、只|夜《よ》を明かさしてさえ頂けば……これ、そう戴いて直《すぐ》に食べるものではない、お行儀の悪い……久しくお菓子も買って食べさせる事が出来ませんから……こんな育て様は致しませんが、この頃はがつ/\致しまし
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