んで……」
旦「私《わし》はお前のお父さんには歌俳諧の道で御贔屓になったこともあり、十九年振でお前に会うとは誠に妙だ……師匠何うも妙だな」
三「まことに妙でげすね………併《しか》し何だか大変に陰気になったじゃア有りませんか」
旦「どうか此の娘《こ》を身請《みうけ》を致し度《た》いものだ」
 と是から美代吉の身請の相談に及ぶ。これが一つの間違いに相成るお話でございます。

        二

 奧州屋新助が、美代吉を我が実の妹《いもと》と知りまして身請の相談に及びましたが、娼妓の身請はよく有りますけれども、芸妓の身請は深川ばかりで、町芸妓の身請という事は余り昔は無かったものでございますが、開《ひら》けて来るので当時は身請が流行でございます。
新「おい師匠々々」
三「へえ」
新[#「新」は底本では「旦」]「ちょいとお母《っかあ》に君から相談して貰いてえな、何と此の娘《こ》を身請えしてえんだが、馬鹿な事を云われちゃア困るんだ、大概《てえげえ》相場も有るもんだが、何うだろう、身請をするには何《ど》のくらいのものだろう」
三「それは何うも大変に芝居が大きくなって来ましたね、この娘《むすめ》を身請え為《な》すっても御妻君《ごさいくん》の方は」
新「なに僕がこの娘を受出して権妻《ごんさい》にしようてえ訳じゃアねえが、あの娘のお父《とっ》さんには、昔風流の道で別懇にして御恩を受けたこともあるし、親戚《みより》頼りもねえという事だから、あの娘《こ》を身請して、好いた男と添わしてやって松山という暖簾《のれん》でも掛けさせて、何処かへ別家を出して遣りたいのだ、そして久馬様の御位牌を立てさせたいと思うが何うだろう」
三「恐入りやしたねえ、何うも御親切の事で、へえ…併《しか》し貴方の御親切を先方で買うと宜《い》いけれども、彼《か》の婆アが中々慾が深いから買いませんて、大きな声じゃア云えませんが、あの通り慾で肥《ふと》ってるくらいなんですから、身請となると何《ど》んな事を云出すか知れませんよ」
新「だからサ、親類|交際《づきあい》でおめえから話をしておくれな」
三「へえ、兎に角一つ話をして見ましょう……お母《っか》さん/\」
婆「はい」
三「ちょいと少し此方《こっち》へお出でなすって、ヘヽヽヽ旦那の前では話し難《にく》いんで」
婆「厭だよ三八さん、こんな婆《ばゝあ》を蔭へ呼んで何をするんだよ」
三「ときにお母さん、外《ほか》じゃ有りませんが、今旦那がね、美代ちゃんのお父さんと心安くして、むかし御恩になった事もあるてえので、美代ちゃんを身請して松山とか久馬様とかいう暖簾を掛けさせ度《た》いッてんで、何も色に惚れて権妻にするてえような訳では無いので、親類交際の身請てえのでげすが、これは私も思うのにお前の為になると考えます、あの方の事だから身請を為《し》ッ放《ぱな》してえ訳じゃア無いのだからお前も思い切ってお仕舞いなさい、併《しか》し盛りの娘を手放すってえのだから無理だが、後《あと》の為を考えるとね、実は私もちょいと旦那と打合わした処も有るから、思い切って美代ちゃんを手放して下さいな、娘が出世すると思えば否《いや》という訳は有りやすめえ」
婆「まことにどうも有難うございますね……旦那ア本当でございますか……、何だか三八さんは時々おかしな事を言出しますが」
新「実は今師匠にも話したんだが、あんまり贅沢のようでお母さんきまりが悪いが、初めて会った時から何《な》んとなく美代ちゃんが可愛くって仕様が無いから云出したのだが、併し話をするのは今日が初《はじめ》てゞ、何うかしてお父さんのお位牌でも立てさせたいと思い、また私《わし》は別に兄弟も何もないから、此の娘を請出して私《わたし》の妹分《いもとぶん》に為《し》たいというは、此の娘の様な真実者なら、私《わし》の死水《しにみず》も取ってくれようとこういう考えなんだが、親類交際で身請を為てしまったからッて、何も是《これ》ッ切《きり》お前の処へ来ないという訳でも無く盆暮には屹度《きっと》顔を出させるようにします、差支《さしつかえ》は有りますまいが、また斯《こ》ういう雛妓《こども》を抱え度《た》いとか、あゝいう出物《でもの》の著物《きもの》が有るから買いたいと云う様な時にも、お前さんの事だから差支も有るまいが、然《そ》ういう時には金円《きんえん》…また私《わたし》が御相談をしても善いのだがねえ」
三「旦那が只何うも美代ちゃんが可愛くって、娘か妹のように思われて、丸めて喰ッちまい度《た》い位なんで」
婆「誠に何うもそれは有難い事でございます、実に彼《あれ》の身の出世でございます、彼も何時までも芸妓をして居ては詰りませんから、能《よ》い加減な時分に何うか身を固めさせなければならないと申して居たのでございますが、昔は芸妓を受出すにも造作も無い事でございましたが、今では身請というと実に方々《ほう/″\》さまの相場が大変な事で……」
三「ほうらそろ/\始まった、これだからうっかりした事は云われない……お母さん然う前置から詞《ことば》を振《ふら》ずに前文無しで結著《けっちゃく》の所を云って下さらなくっちゃア困りやすで……旦那あなたの思召《おぼしめし》は」
 と袂《たもと》の中へ手を入れて、指を握り合って相談をする。
三「えゝ、成程……お母さんちょいと手を私の袂の中へ突込《つっこ》んで下さい、これが流行物《はやりもの》だから何うでげしょう、このくらいでは」
婆「はい……誠に有難い事でございますけれども、お師匠さん、私どもは外に宜《い》い抱えも無いのでございます、今美代吉が出てしまえば、何《いず》れ誰か外《ほか》に宜《よ》い抱えを為《し》なければなりませんが、そんならばと云って出たから直《すぐ》にお客が附くという訳でもなし為《し》ますから、それでも何うも少し話が折合いませんねえ」
新「じゃアお母さん何うぞ五百円ぐらいの所で話を極めておくんなさいな」
三「お母さん、そんなら宜うございましょう、こんな相場は有りませんから」
婆「誠に何うも有難い事でございます」
新「僕も少し頼まれた事が有ってその実は横浜まで買物に往《ゆ》かなければならんから、それでは明後日《あさって》という事に極めましょう、何が無くとも赤の御飯ぐらい炊いて、目出度い事だから平常《ふだん》馴染《なじみ》の芸妓|衆《しゅ》でも招《よ》んでね」
婆「誠に何うも有難い事で、然《そ》んなれば是非明後日はお待ち申します……美代吉や、ほんとに御親切なんて、何うもこんな有難い事は有《あり》ゃアしないよ……お間違い有りますまいね」
新「間違える所《どこ》じゃない、お母さんの方でさい違わなけりゃア、此方《こっち》で約を違《たが》える気遣いは無いのだから」
婆「実に何うも有難い事で、左様なら明後日は何時頃《なんじごろ》に入らっしゃいます」
新「二時少し廻った時分迄には屹度来るから、其の積りで約定《やくじょう》を極めてさえ置けば宜《い》いのだ」
三「美代ちゃん大変に宜《よ》い事が有るんで」
 と幾ら傍《そば》で云っても美代吉は少しも嬉しい顔付が無いというは、本所北割下水《ほんじょきたわりげすい》に旗下《はたもと》の三男で、藤川庄三郎《ふじかわしょうざぶろう》という者と深くなって居ますが、遣い過ぎて金が廻らなくなったので、有松屋へ行っても不挨拶《ぶあいさつ》をするゆえ来にくゝなり、何うも都合が悪いと見えて、茶屋小屋から口を掛ける事もなし、此の頃では打絶《うちた》えて逢いませんので、美代吉も気を揉んで居る処へ身請の話になり、胸が痛く、
「はい」
 と忌《いや》アな返事をしました。所へ来ましたのは藤川庄三郎で、此の頃では深川六間堀《ふかがわろっけんぼり》へ蟄息《ちっそく》致して居ましたが、駿府《すんぷ》から親族の者が出て来まして、金策が出来、商法の目的を附け、何《ど》んな所へでも開店|為《し》ようという事に成りましたので、美代吉に悦ばせる心算《つもり》ゆえ大《おお》めかしで、其の頃|散髪《ざんぎり》になりましたのは少なく、明治五年頃から大して散髪《ざんぱつ》が出来ましたが、それでも朝臣《ちょうしん》した者は早く頭髪《あたま》を勧められて散髪《ざんぎり》に成立《なりたて》でございますが、また散髪に成って見ますると、この撫付けた姿を見せたいと、惚れている女には尚変った所が見せたく、黒の羽織に白縮緬《しろちりめん》の兵児帯《へこおび》で格子の外へ立ち、家《うち》の中を覗《のぞ》きながら小声にて、
庄「美代ちゃん宅《うち》かえ」
 と声を掛けると、美代吉は庄三郎の事ばかり思っています処へ、想う男に声を掛けられ、飛立つばかりいそ/\しながら、
美「あい」
 と立上るを引き止め、
婆「何だよ、お止しよ、お前お客様が来て入らっしゃる処で、藤川さんだろう、止しなよ、お客様が入らっしゃるから余計な事を云いなさんなよ、出なくっても宜《い》いんだアね」
新「お母さん宜《い》いじゃアないか、前に贔屓で呼んでくれたお客なれば、今美代ちゃんを請出せば私《わし》の妹分にも為《し》ようと思っている、その妹を贔屓にしてくれたお客なら私もお近付になりたいから、お上げ申した方が宜《よ》い」
 美代吉は逢いたいと思う処へこう云われたから、
美「はい」
 と直《すぐ》に二畳の上《あが》り口へ出て来まして、障子を開けるとて格子の外に立って居まする庄三郎を見て、莞爾《にっこ》と笑いながら、
美「おや宜くおいでなさいました」
庄「今日はね、少しお前に悦ばせようと思って来ました。」
美「余《あん》まりおいでなさらんから何うなすったかと思ってましたよ」
庄「なにね深川の方の知己《ちき》の処に蟄息して居たが、遠州《えんしゅう》の親族の者が立帰って来て、何か商法を始めようと思うのだ、それに就いて蠣売町《かきがらちょう》に宜《よ》い家《うち》が有るから、その家を宿賃で借《かり》る積《つもり》で、品は送ってくれると云うから、その家で葉茶屋《はぢゃや》を始める事になったので、実は母親《おふくろ》に打明《ぶちあ》けました、云い難《にく》かったが思い切って、実は斯々《これ/\》の芸妓が有りますが、あれは腹から芸人じゃア無い事は会津藩の斯々という者の娘でと、すっかりお前の身の上を明した処が、そういう身柄の者なら宜しい、何うせ一人嫁を貰わなければならんから、早く儲けて金が出来たら、お前を貰うように約束して置くが宜《い》いとまでの話になったから、お前に悦ばせようと思って来たのさ」
美「それはまア嬉しい事……種々《いろ/\》お話も有りますから、ちょいとお上んなさいよ」
庄「お客かえ」
美「なに私《わちき》のお父さんと心安い人なんで、四五|度《たび》私を呼んでくれた人ですが、宅《うち》のお母さんと近付に成りたいって来てえるんですよ」
 奥から声を掛けまして、
新「何方《どなた》ですか此方《こちら》へお上りなさい、お客でも何でも有りませんよ、親類のもので………おい師匠お前ちょいと彼《あ》のお方を此方《こっち》へ」
三「へえ……先《まず》此方《こちら》へお上りなさいまし、一切親類付合で、今ちょいとお酒が始まった処で、これから美代ちゃんのお兄《あにい》さまになるお方で、へゝゝ何うぞ此方へ入らっしゃいまし…………へえ何うも是は玉柄《たまがら》で、このくらいなステッキは有りませんな、何うも一切違いやすね…………さア此方へ/\」
庄「はい何方も暫く………えーお母《っか》ア誠に御無沙汰をしましたが、少し訳が有って深川の方に引込《ひっこ》んでいたので、存じながら御無沙汰になりましたが、今ちょいと御近辺まで参ったから、お訪ね申しましたが、生憎《あいにく》な処へ来てお邪魔をしました」
婆「えゝお茶を上げな……あなたにも此の娘《こ》が度々《たび/\》御贔屓で呼んでおくれなすった事も有りますが、明後日《あさって》から美代吉は宅《うち》にいませんよ、こゝに入らっしゃいます美土代町の洋物屋《とうぶつや》の旦那様が身請をして下さいますので、こんな子供の様なものでございますけれ共、可愛がって身請して
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング