sど》うか楽に成仏《じょうぶつ》の出来ますよう、念仏の一つも唱えて下せえまし」
文「ウーム、殊勝《しゅしょう》な心掛《こゝろがけ》じゃ、時に吉とやら、そちの親方という新潟の沖にて親船に乗って居《お》る奴は何《なん》という名で何処《どこ》の国の者か」
吉「私《わっち》も根からの海賊じゃアござんせぬ、新潟在の堅気《かたぎ》の舟乗《ふなのり》でござんしたが、友達の勧めに従って不図《ふと》した事から海賊の手下となり、女でござれ金品でござれ、見付け次第に欺《だま》したり剥取《はぎと》ったりして親船へ持運びして、女の好《い》いなア頭《かしら》の妾、また頭の気に入らぬ女は寄って群《たか》って勝手にした其の上に、新潟の廓《くるわ》へ売飛ばすという寸法で、悪事に悪事を重ねる中《うち》、去年の秋から一人の剣術|遣《つか》いが来て、頭を毒殺して其の子分を手下に従え、以前に優《まさ》る悪業《あくぎょう》、今じゃア其の侍が頭でござりやす、悪事に悪事を重ねた私《わっち》ども、此の苦しみを受けるのは天道様の罰《ばち》でござりやす、おゝ苦しい、旦那様早く殺して下さいまし」
と両手を合せたまゝ悶《もだ》え苦《くるし》んで居ります。
三十
文治は吉藏が懴悔話を聞いて、そゞろに愛憐《あいれん》の情を起し、共に涙に暮れて居りましたが、二度目に来た剣術遣いと聞いて、
文「待て/\確《しっ》かりしろよ、今いう二度目に来た剣術遣いの名は何《なん》というのだ、また幾人ばかりでまいったのか」
吉「確か、今頭になっているのは大伴蟠龍軒といいました、今一人はもと医者だそうです」
文「その名は何《なん》と申したぞ、これ/\今|一人《いちにん》の名は何と……」
吉「あゝ苦しい、いゝゝゝ今|一人《ひとり》は確か秋田……」
文「これ吉藏、吉藏」
と呼べども答えはございませぬ。
文「はて、これも縡切《ことぎ》れたか、自業自得とは云いながら二人《ににん》の舟人《ふなびと》に死別《しにわか》れ、何処《どこ》とも知れぬ海中に櫓櫂もなく、一人《ひとり》にて取残されしは何《なん》たる不運ぞ、今この吉藏が臨終《いまわ》の一言《いちごん》、海賊の頭を殺して再び其の跡を受継ぎしは大伴蟠龍軒、医者は秋田と聞くからは、こりゃ滅多には死なれぬわい、何処の島かは知らねども最早岸には一二丁、夜《よ》の明けるのを待った上、命限りに助けを得て、新潟沖の親船に賊窟《ぞくくつ》を構えたる敵《かたき》大伴蟠龍軒、秋田|穗庵《すいあん》の両人、やわか討たずに置くべきか、此の日本に神あらば武士たる者の一分《いちぶん》をお立てさせなされて下されまし」
と其の夜一夜を祈り明かし、夜の白々《しら/\》と明くるを幸い、板子《いたご》を割《さ》いたる道具にて船を漕ぎ寄せようと致しますると、一二丁は遠浅で、水へ入れば腰のあたり、
文「いよ/\神の助け給うか、有難し、辱《かたじけ》なし」
と漸《ようよ》う陸《おか》へ上《あが》りまして、船を引上げ、二人《ににん》の死骸は人目にかゝらぬようにして、島の入口二三丁|往《ゆ》けども/\人家はなし、只荒れ果てたる草木《くさき》のみ、人の通りし跡だになければ、流石《さすが》の文治も暫《しば》し呆気《あっけ》に取られて、ぼんやり彼方《かなた》此方《こなた》を眺めて居りましたが、小首を捻《ひね》って、
文「いや、これほどの島に人の上らぬ事はあるまい、何処《どこ》にか住居《すまい》があるに違いない」
と心を励まして或《あるい》は上《あが》り或は下《くだ》り、彼是一里余も捜しましたが、人の居そうな模様はございませぬ。もとより用意の食事は無し、腹は減る、力は抜ける、進退こゝに谷《きわ》まって、どっかと尻を据《す》えまして、兎《と》やせん角《かく》やと思案に暮れて居りまする。
文「最早十二月の中旬《なかば》、妻は何処《どこ》に何《ど》うしている事やら、定めし今頃は雪中に埋《うず》もれて死んだであろう、さなくば色里に売られて難儀をして居《お》るか、救いたきは山々なれども、此の身さえ儘ならぬ無人島の主《あるじ》、思えば我が身ほど不運な者はない、いや/\愚痴を溢《こぼ》すところでない、海上にて彼《あ》の難風《なんぷう》に出会い、幸《さいわい》に船は覆《くつがえ》りもせず、此の島に漂い着いたというのは……それのみか海賊の口から敵《かたき》の在処《ありか》の知れしは是ぞ神の助けであろう、あゝ無分別な事をしては第一神様に対しても相済まぬ」
と心を取直して又々一里ほど行《ゆ》けども/\人の足跡さえござりませぬ。
文「はて変だな、此の通り草木の生い立って居《お》る処を見ると、余程暖かい島に相違ない、何処にか人里があるであろう」
と一番高い樹《き》に登って四辺《あたり》を見廻しましたが、眼に遮《さえぎ》るは草木ばかりで人家のあるべき様《よう》もござりませぬ。
文「さては愈々《いよ/\》話に聞いていた無人島か」
と力なく樹を降り、根《こん》尽きて其の儘|其処《そこ》へ気絶いたしました。お話分れて、此方《こちら》は信州二居ヶ峰、中ノ峰の谷間《たにあい》の熊の穴に落ちましたお町が成行《なりゆき》でございます。前に申上げました通り、お町は隅の方に小さくなって居りますと、穴の外へ飛出した親熊が帰って、我子《わがこ》の寝て居ります側に蹲《うずく》まって居ります様子、お町は薄気味悪く、熊の正面に向いまして、人間に物いうように、
町「これお前、先刻《さっき》も申す通り私は決して悪人ではない、賊の為に災難に逢《お》うて逃げる機《はずみ》に此の穴へ落ちた者、其の時お前が追掛《おっか》けて出た彼《あ》の二人の者こそ泥坊じゃぞえ、私は仔細あって夫と共に此の山へ来かゝりしに、山賊共に欺《だま》されての此の災難、今頃夫は何処《いずこ》へまいられしか、定めし所々方々《しょ/\ほう/″\》とお尋ねであろう、どうぞ夫に逢うまでは不憫《ふびん》と思って助けて下さいよ」
と後《あと》へ退《さが》って小さくなって居りますと、件《くだん》の親熊はのそり/\とお町の前へまいりました。
町「さては是ほど頼んでも聞分けなく、私に噛付く了簡か、そんなら斯《こ》うよ」
と懐剣に手を掛けながらも、心の中《うち》に業平天神を祈り、どうぞ夫に逢うまではお町の一命をお助け下さいますようと、油断なく熊を見詰めて居りますと、熊は何やらお町の前へ持って来まして、又元の通り子の寝ている処へ帰りました。お町も少しは安心いたしましたが、さりとて眠ることもならず、其の儘にして居《お》ること一日二日、いよ/\熊も囓付《かみつ》く様子がありませんので大分気も落着きました。さア腹が減って堪《たま》りませぬ、ふと心付いて見ると、毎日熊が持って来ましたのは胡桃《くるみ》の実やら榧《かや》の実やら、乃至《ないし》芋のような物であります。
三十一
お町は余り腹が空《す》きましたから、前に積んである胡桃を取上げましたが、さア割ることが出来ませぬ、懐剣を出して割ろうかとも思いましたが、いや/\熊が見て自分を殺すと思い違い、万一の怪我でもあっては成らぬと気遣《きづか》いまして、歯に掛けて見ますけれども頓《とん》と割れませぬ、二つ持ってカチ/\叩いて居りますると、熊はむっくり起き上って、のそり/\とお町の前へまいりまして、その胡桃を取ろうとする様子でありますから、お町は震え上って、思わず持っていた胡桃を投出しました。熊は一向騒ぐ気色もなく、静かに其の胡桃を取上げて二つ三つ口へ入れましたが、忽《たちま》ちぽり/\と二つに割って、それを両手に乗せてお町の前に出しました。さては私に食べろということかと、そっと一つ取りまして熊の顔を見ながら食べました。又二つ三つと其の通りにして食べますると、熊も安心の様子にて我子の側にころりと寝転んで、児《こ》に乳を呑まして居ります。お町は漸《ようや》く胸を撫でおろして、
町「この猛獣までが私を助けてくれるか、あゝ有難い、これと云うのも日頃念ずる神様が此の熊に乗り移って我身を守護して下さるのでありましょう、此の上ともに首尾|好《よ》く穴を脱《ぬ》け出《い》で、夫文治殿に逢わして下さいますよう祈り奉ります」
と一心不乱に祈りまして、
町「どうしたら此の穴を出ることが出来るか知らぬ」
と足掛りのする処へ足を掛けて立上っては見ますが、前にも申す如く此の穴は熊が自身に掘ったのでなく、天然の穴を用いたので有りまして、さながら井戸の如き切立《きった》て、深さも二三丈はありまして、其の穴からまた横に掘ったのでございます。熊は慣れて居りますから自由に出入《でいり》いたしますが、人間|殊《こと》に女子《じょし》の身では熊のように自在に飛上ったり飛下りたりする事が出来ませぬ。居《お》るともなしに此の穴の中で余程の日数《ひかず》を費《ついや》しました。熊は折々雪の塊《かたまり》を持って来ては児にも食《は》ませ、自分にも喰い、またお町の前へも持ってまいります。ところが段々その雪も解けて失《なくな》る時分になりますと、穴の隅からたら/\と清水が垂れてまいります。さア然《そ》うなると一日々々とだん/″\寒くなってまいりまして、もう穴の中に居耐《いたゝま》らぬ位になりました。獣類とは申しながら熊は誠に感心なもので、清水が滴《したゝ》るようになったので、熊の児を穴の途中まで出しました様子、お町の心配は何程か知れませぬ。さては神様が我身を見殺しにする思召《おぼしめし》か、情ないと思って居りますと、親熊が頻《しき》りにお町の前へ来て、後向《うしろむき》に脊中を出して居ります。お町も始めの内は心付きませぬが、
町「はて是れは、熊が私の脊に取付けというのか知らん」
と恐々《こわ/″\》熊の脊中を撫でて見ますと、いかにも温順《おとな》しくジッとして居りますから、思い切って熊の脊中へ確《しっ》かり取付き、一生懸命神々を念じながら目を瞑《ねむ》って居りますと、件《くだん》の熊は一飛びで穴の入口へ飛上りました。お町はホッと一息、四辺《あたり》を見れば谷間々々に少しずつ花が咲いて居ります。始めて蘇生《そせい》の思いをなして、
町「あゝ辱《かたじ》けない、夢ではないか、それとも今までのが夢であったか知らん」
と心を定めて四辺を見廻しますと、後《うしろ》の方に例の熊がジッと守って居りまする。
町「まだお前は私を守護してくれるのか、人と見たら囓付《かみつ》くべき猛獣が、私の命を助けるとは此の上の恩誼《おんぎ》はない、辱けない/\、さア熊よ、お前はもう宜《よ》いから早く元の穴へお戻り、うか/\して居《お》ると猟人《かりゅうど》のために撃たれるぞよ、必ず/\お前の恩誼は忘れませぬ、早くお帰りなさい」
と熊の頭《かしら》を撫で/\、「さア/\」と熊を後《うしろ》に向けて促しますと、のそり/\歩き出しましたから、其の後姿を見送り、手を合せて、
町「あゝ有難い、辱けない」
と熊の影の見えなくなるまで暫く休みまして、又々一丁程登って後《うしろ》を見ますと、横に熊が来て居ります。
町「えゝ、まだお前は安心せぬか、此処《こゝ》まで来れば大丈夫じゃ、何《ど》うぞ帰って下さいよ」
と頭を撫でて居りますと、
猟「やア女郎《めろう》、脇へ寄れ、その熊を撃つのだ、早く/\」
と声掛けられてお町は恟《びっく》り驚き、
町「なゝゝゝなゝ何《なん》と仰しゃいます、この熊をお撃ちなさると、そりゃアまア惨《むご》たらしい」
と熊の惣身《そうしん》に抱付きました。此の体《てい》を見るより猟人《かりゅうど》は益々|大音《だいおん》に、
「汝《われ》え其処《そこ》退《の》かねえか、そんな真似をして居《お》ると共に打放《ぶっぱな》すぞ」
町「いゝえ、この熊は私が命の恩人でございます、何《ど》うぞ助けて下さいませ、今頃熊をお取りなさいましても、左程のお徳にもなりますまい、どうぞ/\助けて下さい」
と熊の前に立塞《たちふさ》がり、両手を合せて拝んで居りまする。
三十二
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