縄にて、町奉行|石川土佐守《いしかわとさのかみ》役宅へ引立て、其の夜《よ》は一同|仮牢《かりろう》に止《とゞ》め、翌日一人々々に呼出して吟味いたしますると、何《いず》れも私《わたくし》が下手人でござる、いや私《わたくし》が殺したのでござると強情を云いますので、誰が殺したのかさっぱり分らぬように成りました。取敢《とりあ》えず文治には乱暴者として揚屋入《あがりやいり》を仰付《おおせつ》け、其の他《た》の者は当分仮牢|留置《とめおき》を申付けられました。
六
さて明治のお方様は、昔の裁判所の模様は御存じありますまいが、今の呉服橋|内《うち》にありまして、表から見ますと只の屋敷と少しも変った処はありませぬ。只だ窓々に鉄網《かなあみ》が張ってあるだけの事、また屋敷の向う側の土手に添うて折曲《おりまが》った腰掛がありまして、丁度|白洲《しらす》の模様は今の芝居のよう、奉行の後《うしろ》には襖《ふすま》でなく障子が箝《はま》っていまして、今の揚弓場《ようきゅうば》のように、横に細く透いている所があります。これは後《うしろ》から奥の女中方が覗《のぞ》く処だと申しますが、如何《いかゞ》でござい
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