Aいや/\全く人かも知れぬ、兎も角も声をかけて見よう」
 と度胸を据《す》えて、
 文「表においでなさるのは何方《どなた》でござる、私《わたくし》は此の山中に迷うて居《お》る女子《おなご》を尋ぬる者でござるが……」
 と云いながら静かに立って女の側に立寄ろうと致しますと、件《くだん》の女は二三歩|後《あと》へ退《さが》りまして、
 女「おのづから涙ほす間《ま》も我が袖に[#欄外に「続千載集巻四、秋上、太政大臣。」の校注あり]」
 文「露やは置かぬ秋の夕暮」
 町「えッ、そんなら貴方は旦那様か」
 文「おゝ、お町であったか」
 町「旦那様ア、御免遊ばせ、おゝ嬉しい、おゝ嬉しい」
 と馳《は》せ寄って文治に抱き付き、胸に顔当てゝ、よゝとばかりに泣き悲《かなし》んで居りまする。文治も拳《こぶし》にて涙を払いながら、左手《ゆんで》に確《しっ》かりとお町の首を抱えて、
 文「町や、よう達者でいてくれた、よもや此の世の人ではあるまいと思うた、よう達者でいてくれた、こんな嬉しい事はないぞ、さぞ難儀したであろう、さぞ困苦艱難《こんくかんなん》したであろう、この文治もの、そちに劣らぬ難儀はしたが、天日《
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