より優しいので、何《ど》の位安心したか知れません、もう是で思い残すことはありません」
此の時台所の方に当って頻《しき》りに水を汲んでは浴《あび》せる音が聞えまする何事か知らぬと一同耳をそばだてますると、
「南無大聖不動明《なむだいしょうふどうみょう》……のうまく……む……だあ……」
文治はそれと心付きまして、手燭《てしょく》を持って台所の戸を明けますと、表は霙《みぞれ》まじりに降《ふり》しきる寒風に手燭は消えて真黒闇《まっくらやみ》。
文「誰だえ」
一向答えがありませぬ。一生懸命ざあ/\と寒水を浴びては「南無大聖不……」
文「おい、誰か提灯《ちょうちん》を持って来てくれ」
藤原が提灯を持ちまして袖《そで》に隠し、燈火の隙間《すきま》から井戸端《いどばた》を見ますると、お浪《なみ》が単物《ひとえもの》一枚に襷《たすき》を掛け、どんどん水を汲《くん》では夫|國藏《くにぞう》に浴せて居ります。國藏は一心不乱に眼《まなこ》を閉じ合掌して、
「南無大聖不動尊、今一度お母上様《はゝうえさま》の御病気をお助け下さりませ」
文「これ其処《そこ》に居《お》るのはお浪じゃないか、國藏待て
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