て、手前に成り代って詫るなれば勘弁を仕まいものでもないが、それ迄包を此方《こっち》へ預かる、一体家来の不調法を主人が詫んという事は無い」
喜「詫ん事は無いたって、私《わし》が不調法をして、旦那様を詫に出しては済みません、それに包を取上げられてしまっては旦那様に申訳がないから、どうか堪忍しておくんなせえましな、私が不調法を為《し》たんだから、二つも三つも打叩《ぶちたゝ》かれても黙って居やすんだ、人間の頭には神様が附いて居ますぞ、其処《そこ》を叩くてえ事はねえ」
甲「なに……」
と又|打《ぶ》つ。
喜「あ痛い、又|打《ぶ》ったな」
甲「なにを云う、其様な小理窟ばかり云っても仕様がねえ、もっと分る奴を出せ」
喜「あ痛い……だからま一つ堪忍しておくんなせえましよ」
甲「勘弁罷りならん」
喜「勘弁ならんて、此の包を取られゝば私《わし》がしくじるだ」
甲「手前が不調法をしてしくじるのは当然《あたりまえ》だ、手前が門前払いになったて己の知った事かえ、さ此方《こっち》へ出さんか」
喜「あ……あれ……取っちまった、其の包を取られちゃア私《わし》が済まねえと云うに、あのまア慈悲知らずの野郎め」
甲「なに野郎だ……」
と尚《な》お事が大きくなって、見ちゃア居られませんから茶屋の女中が、
下婢「鎌《かま》どんを遣《や》っておくれな」
鎌「なに斯ういう事は矢張《やッぱ》り女が宜《い》いよ」
下婢「其様なことを云わずに往っておくれよ」
鎌「客種《きゃくだね》が悪い筋だ、何《なん》かごたつこうとして居る機《はず》みだから、どうも仕様がない」
下婢《おんな》どもがそれへ参り、
下婢「ね、あなた方」
甲「何だ、何だ手前は」
下婢「貴方《あなた》申しお供さん、お気を附けなさらないといけませんよ、貴方ね、此方《こちら》は下足番の有るのを御存じないものですから、履物《はきもの》を懐へ入れて梯子段を昇《あが》ろうとした処を、つい酔っていらっしゃるもんですから、不調法で落ちたのでしょう、実にお気の毒さま、何卒《どうぞ》ね、ま斯ういうお花見時分で、お客さまが立込んで居りますから、御機嫌を直していらっしゃいよ、何ですよう、ちょいと貴方ア」
甲「なんだ不礼至極な奴め、愛敬が有るとか器量が好《よ》いとか云うならまだしも、手前の面を見ろい、手前じゃア分らんから分る人間を出せ」
下婢「誠にどうも、あのちょいと清次《せいじ》どん」
清「そら、己の方へ来た」
下婢「取っても附けないよ、変な奴だよ」
清「女でも宜《よ》いのに、仕様がないね」
と若い者が悪浪人《わるろうにん》の前へ来て、額へ手を当て、
若「えへゝゝ」
甲「変な奴が出て来た、手前は何だ」
若「今日《こんにち》は生憎《あいにく》主人が下町までまいって居りませんから、手前は帳場に坐っている番頭で、御立腹の処は重々|御尤《ごもっとも》さまでございますが、何分にもへえ、全体お前さんが逆らっては悪い、此方《こなた》で御立腹なさるのは御尤もで仕方がない謝まんなさい、えへ……誠に此の通り何も御存じないお方で相済みませんが…」
甲「只相済まん/\と云って何う致すのだ」
若「どうか旦那さま」
甲「うん何だと、何が何うしたと、此椀《これ》を何う致すよ、只勘弁しろたって、泥ぽっけにした物が喰えるかい」
清「左様なら旦那さま、斯様致しましょう、お料理を取換えましょう、ちょいとお芳《よし》どん、是をずっと下げて、何か乙《おつ》な、ちょいとさっぱりとしたお刺身と云ったような[#「ような」は底本では「なうな」]もので、えへゝゝ」
甲「忌《いや》な奴だな、空笑《そらわら》いをしやアがって」
清「ずっとお料理を取換え、お燗の宜《よ》い処を召上り、お心持を直してお帰りを願います」
それより他に致し方がないので、酒肴《さけさかな》を出しまして、
清「是は手前の方の不調法から出来ました事でげすから、其のお代は戴きません、皆様へ御馳走の心得で」
乙「黙れ、不礼至極なことを云うな、御馳走なんて、汝《てまえ》に酒肴《しゅこう》を振舞って貰いたいから立腹致したと心得て居《お》るか、振舞って貰いたい下心で怒《おこ》ってる次第じゃアなえぞ」
清「いえその最初《はじまり》は上げて置いて、あとで代を戴きます」
甲「汝《てまえ》では分らんもっと分る者を遣《よこ》せ」
二階では織江殿も心配して居りますところへ、喜六が泣きながら昇《あが》ってまいりました。
十二
喜六は力無げに二階へ上《あが》ってまいり、
喜「はい御免下せえまし」
織「おゝ喜六か、是へ来い/\」
喜「はい、誠に何ともはア申訳のねえ事をしました、悪い奴にお包を奪《と》られて」
織「困ったものじゃアないか、何故《なぜ》草履を懐へ入れて二階へ上ったのだよ、草履を懐へ入れて上へ昇《あが》るなどという事があるかえ」
喜「はい、田舎者で何も心得ませんから」
織「何も心得んとて、先方で立腹するところは尤《もっと》もじゃアないか、喰物《くいもの》の中へ泥草履を投入れゝば、誰だって立腹致すのは当然《あたりまえ》のことじゃ、それから何う致した」
喜「へえ、三人ながら意地の悪い奴が揃ってゝ、家来の不調法は主人の不調法だから、余所目《よそめ》に見て二階に居ることはねえ、此処《これ》へまいり、成り代って詫をしたら堪忍してくれると云いまして、お包を取上げましたから、渡すめえと確《しっ》かり押えると、あんた傍に居た奴が私《わし》の頭を叩いて、無理やりに引奪《ひったく》られましたから、大切な物でも入《へえ》って居《お》ろうかと心配して居ります」
織「何も入って居らん空風呂敷《からぶろしき》ではあるが、不調法をして詫をせずに置く訳にもいかん、手前の事から己が出ると、拙者は粂野美作守家来渡邊織江と申す者でござると、斯う姓名を明かさんければならん、己の名前は兎も角も御主人の名を汚《けが》す事になっちゃア誠に済まん訳じゃアないか、手前は長く奉公しても山出しの習慣《しぐせ》が脱《ぬ》けん男だ、誠に困ったもんだの」
喜「へえ、誠に困りました、然《そ》うして私《わし》が頭ア五つくらしました」
織「打《う》たれながら勘定などをする奴が有りますか」
喜「余り口惜《くやしゅ》うございます、中央《まんなか》にいた奴の叩くのが一番痛うござえました」
織「誠に困るの」
竹「お父《とっ》さま、斯う致しましょうか、却《かえ》って先方が食酔《たべよ》って居りますところへ貴方が入らっしゃいますより、私《わたくし》は女のことで取上げもいたすまいから、私が出て見ましょうか」
織「いや、己がいなければ宜《よ》いが、己がいて其の方を出しては宜しくない」
竹[#「竹」は底本では「喜」]「いゝえ、喜六と私《わたくし》と二人で此処《こゝ》へまいりました積りで、誠に不調法を致しましたと一言申したら宜かろうと存じます、のう喜六」
喜「はい、お嬢様が出れば屹度《きっと》勘弁します、皆《みん》な助平そうなものばかりで」
織[#「織」は底本では「竹」]「こら、其様《そん》なことを云うから物の間違になるんだ」
竹「じゃア二人の積りで宜《い》いかえ、私《わたくし》は手前を連れてお寺参りに来た積りで」
喜「どうか何分にも願います」
とお竹の後《あと》に附いて悄々《しお/\》と二階を下りる。此方《こちら》は益々|哮《たけ》り立って、
甲「さア何時までべん/\と棄置くのだ、二階へ折助《おりすけ》が昇《あが》った限《ぎ》り下りて来んが、さ、これを何う致すのだ」
と申して居《お》るところへお竹がまいり、しとやかに、
竹「御免遊ばしませ」
甲「へえお出でなさい、何方《どなた》さまで」
竹「只今は家来共が不調法をいたして申訳もない事で、何も存じません田舎者ゆえ、盗《と》られるとわるいと存じまして、草履を懐へ入れて居《お》って、つい不調法をいたし、御立腹をかけて何とも恐入ります、少し遅く成りましたから早く帰りませんと両親が案じますから、何卒《なにとぞ》御勘弁遊ばしまして、それは詰らん包ではございますが、これに成り代りまして私《わたくし》からお詫を致します事で」
甲「どうも是は恐入りましたね、是はどうも御自身にお出《い》では恐入りましたね、誠にどうもお麗《うる》わしい事でありますな、へゝゝ、なに腹の立つ訳ではないが、ちょっと三人で花見という訳でもなく、ふらりと洗湯《せんとう》の帰り掛けに一口やっておる処で、へゝゝ」
竹「家来どもが不調法をいたし、嘸《さぞ》御立腹ではございましょうが……」
甲「いや貴方のおいでまでの事はないが、お出《い》で下されば千万有難いことで、何とも恐入りました、へゝゝ、ま一盃《ひとつ》召上れ」
と眼を細くしてお竹を見詰めて居りますから、一人が気をもみ、
乙「何だえ、仕方がないな、貴公ぐらい女を見ると惚《のろ》い人間はないよ、女を見ると勘弁なり難い事でも直《すぐ》にでれ/\と許してしまう、それも宜《よ》いが、後《あと》の勘定を何うする、勘定をよ、前に親娘連《おやこづ》れで昇《あが》った立派な侍が二階に居《い》るじゃアないか、然《しか》るを女を詫によこすてえ次第があるかえ、其の廉《かど》を押したら宜かろう、勘定を何うするよ」
甲「うん成程、気が付かんだったが、前《さき》に昇《あが》っていたか、至極どうも御尤《ごもっと》もだから然《そ》う致そうじゃアないか」
丙「何だか分らんことを云ってる、兎に角御主人がお詫に来たから、それで宜《い》いじゃアないか、斯様な人ざかしい処で兎や斯う云えば貴公の恥お嬢様の辱《はじ》になるから、甚だ見苦しいが拙宅へお招ぎ申して、一口差上げ、にっこり笑ってお別れにしたら宜《よ》かろう」
甲「これは至極|宜《よろ》しい、宅《たく》は手狭だが、是なる者は拙者の朋友《ともだち》で、可なり宅《うち》も広いから、ちょっと一献《いっこん》飲直してお別れと致しましょう」
と柔《やさ》しい真白な手を真黒な穢《きたな》い手で引張《ひっぱ》ったから、喜六は驚き、
喜「なにをする、お嬢様の手を引張って此の助平野郎」
甲「なに、此ん畜生」
と又騒動が大きくなりましたから、流石《さすが》の渡邊も弱って何うする事も出来ません。打棄《うっちゃ》って密《そっ》と逃げるなどというは武家の法にないから、困却を致して居りました。すると次の間に居りました客が出て参りました。黒の羽織に藍微塵《あいみじん》の小袖を着《き》大小を差し、料理の入った折を提げて来まして、
浪人「えゝ卒爾《そつじ》ながら手前は此の隣席《りんせき》に食事を致して、只今帰ろうと存じて居《お》ると、何か御家来の少しの不調法を廉《かど》に取りまして、暴々《あら/\》しき事を申掛け、御迷惑の御様子、実は彼処《あれ》にて聞兼《きゝかね》て居りましたが、如何にも相手が悪いから、お嬢様をお連れ遊ばして嘸《さぞ》かし御迷惑でござろうとお察し申します、入らざる事と思召《おぼしめ》すかしらんが、尊公の代りに手前が出ましたら如何《いかゞ》で」
織「これは何《なん》ともはや、折角の思召ではござるが、先方では柄《え》のない所へ柄をすげて申掛けを致すのだから、貴殿へ御迷惑が掛っては相済まん折角の御親切ではござるが、平《ひら》にお捨置きを願いたい」
浪人「いえ/\、手前は無禄無住《むろくむじゅう》の者で、浪々の身の上、決して御心配には及びません、御主名《ごしゅめい》を明《あか》すのを甚《ひど》く御心配の御様子、誠に御無礼な事を申すようでござるが、お嬢様を手前の妹の積りにして、手前は不加減で二階に寝ていたとして詫入れゝば宜しい」
織「何ともそれでは恐入ります事で、併《しか》し御迷惑だ……」
浪「その御心配には及びませんから手前にお任せなされ」
と提《ひっさ》げ刀で下へ下《おり》ると、三人の悪浪人《わるろうにん》はいよ/\哮《たけ》り立って、吸物椀を投付けなど乱暴をして居ります所へ、
浪人「御免を……」
甲「何だ」
浪人「手前家来が不調法をいたしまして、妹がお詫に出ました由《よし》怪《け》しからん事で、女の身でお詫をいたし、却《
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