たな、御家老さま、改まってこれを云えと仰せあられますと困りますが……喜三郎こゝへ出なよ、金公《きんこう》や此処《これ》へ出なよ」
喜「口軽なんぞ迚《とて》もお目通りは出来ないというのは何うだ」
五「何だえ、それは」
喜「足軽という洒落《しゃれ》だ」
五「縁が遠いの、口軽と足軽では」
數「私《わし》は酒が頓といかん、岩越|一盃《いっぱい》やれ」
岩「私《わたくし》は斯ういう形のものは始めて見ました、余程違って居ります、云うことも中々面白いようで」
五「これから追々《おい/\》繰出します」

        四十七

 幇間《ほうかん》の五蝶が、
五「大夫様、此のお庭は好《よ》いお庭でございますな」
數「なか/\好いの」
五「大きな緋鯉《ひごい》が居ります、更紗《さらさ》や何か亀井戸もよろしく申すので」
數「何ういう訳で、誰が亀井戸でよろしくと申した」
五「いえなに、然《そ》ういう訳ではありません、これはどうも恐入りましたな」
數「私《わし》も一つ洒落ようかな」
五「これは恐入ります、皆《みん》な此処《こゝ》へ来て伺いな、大夫様がお洒落遊ばすと、お上屋敷の御家老様が」
數「貴公は甘《うま》い物で洒落るから、私《わし》も一つ洒落よう」
五「改まって洒落ようというお声がかりは恐入ります」
數「私《わし》が国は美作で」
五「へえ成程」
數「私《わし》は城代家老じゃ」
五「へえ/\」
數「そこで洒落るのだ」
五「大層どうもお洒落の御玄関《ごげんかん》から大広間《おおびろま》は恐入りました、へえ、成程」
數「美作城代家老私《みまさかじょうだいかろうわし》、というのは何うだ」
五「へえ、恐入りましたな、それは何ういう訳なんで」
數「分らんの、いまさか羊羹《ようかん》鹿《か》の子《こ》餅《もち》」
五「へゝえ、成程気が付きません、美作城代家老私、いまさか羊羹鹿の子餅、これは恐入りました……どうも恐入ったね」
喜「恐入りました、御家老様からお洒落がお菓子で出たから、可笑《おかし》な洒落と云うのをやろうかね、さアと云うと一寸《ちょいと》出ないものでげすが」
みの吉「私がちょいと一つやるよ」
喜「や、これはみの吉さん感心」
みの「私が赤飯《おこわ》を喫《た》べたんだよ」
喜「可笑しな洒落だね」
みの「汁粉屋で赤飯を出したのだよ」
喜「此の節は汁粉屋で赤飯を売るよ」
みの「だから白木屋《しろきや》お駒《こま》というのを汁粉屋赤飯《しるこやおこわ》さ」
喜「前《さき》に本文《ほんもん》を断《ことわ》って後《あと》から云うのは可笑しい」
岩越「手前が一つ洒落ようかの」
五「岩越さま、あなた様のお洒落は」
岩「手前は考えたが余程むずかしいて、これはムヽウ…待ってくれ、えー阿部川餅《あべかわもち》というのが有るの」
五「へえ/\ございます」
岩「一つ八文で」
五「阿部川、へい、一つは八文で」
岩「あべ川の八銭では本当の直《ね》だというのは何うだ」
五「へえー、変なお洒落で、それは何う云う訳なんで」
岩「姉川《あねかわ》の合戦《かっせん》、本多《ほんだ》が出たというのだ」
五「それは余りお固いお洒落でげすな、私《わたくし》が洒落ましょう、斯ういうのは何うでございます、大黒様が巨燵《こたつ》に※[#「火+共」、第3水準1−87−42]《あた》ってるのでございます、大黒|暖《あった》かいと」
數「うん、成程是は分った、大福|暖《あった》かいか」
五「御家老様の御意に入《い》りましたか」
數「私《わし》が最《も》う一つ洒落ようか、是は何うだの、松風は固い岩おこしは柔らかいと云うのは」
五「へえ、それは何ういう訳で」
數「松蔭は堅い男、岩越は柔術家《やわらとり》」
五「へえ成程中々ちょっくら分りませんが誠に恐入りました事で、早くお三味線を」
 とお座付《ざつき》が済み、後《あと》は深川の端唄《はうた》で賑《にぎや》かにやる大分興に入《い》った様子、御家老も六十|近《ぢか》いお年で、初めて斯ういう席に臨みましたので快く大分に召上りました。
數「お前のお蔭で私《わし》は斯様《こん》な面白い事に逢ったのは初めてだ、実に堪《たま》らんな、又《ま》た其の中《うち》来たいものだ」
大「何うか御在府中御遠慮なくおいで下されば、清左衞門は如何《いか》ばかりの悦びか知れません、芸者は孰《どれ》がお気に入りました」
數「皆|宜《よ》いの、其の中《うち》にも彼《あれ》が好《よ》いの、小まんに雛吉か」
大「彼《あれ》が御意に入りましたら、今度はお相手に前々《ぜん/″\》から頼み置きまして、呼寄せるように致しましょう」
數「それは誠に辱《かたじけ》ない、大きに酔うたな、殿様は御病気での」
大「へえ/\私《わたくし》も大きに心配を致して居ります」
數「併《しか》し私《わし》が顔を御覧があってから、大きにお力が附いて大分に宜しいと、殊《こと》の外《ほか》お悦びでお食《しょく》も余程進むような事で」
大「大夫、何ぞお慰《なぐさ》みを」
數「いや私《わし》は誠に武骨な男で、音曲《おんぎょく》や何かはとんと分らん、能が好きじゃ」
大「はア、左様でございますか、それでは能役者を」
數「いや連れて来たよ、二人次の間に居《お》るが、せめて皷《つゞみ》ぐらいはなければなるまいと思って、婦人で皷を能《よ》く打つ者があって、幸いだから、私《わし》が其の婦人《おんな》を連れてまいった」
大「それは少しも心得ませんでした、何時《いつ》の間《ま》にまいりましたか」
數「芸者どもは少し端《はし》へ寄って居れ」
 と是から灯《あかり》を増し折から月が皎々《こう/\》と差上《さしのぼ》りまして、前の泉水へ映じ、白萩《しろはぎ》は露を含んで月の光りできら/\いたして居《お》る中へ灯《あかり》を置きまして、此方《こちら》には芸者が並んで居りますから、何方《どちら》を見ても目移りが致しますような有様、今|襖《ふすま》を開けて出て来ましたは仙台平《せんだいひら》の袴《はかま》に黒の紋付でございます。其の頃だから半髪青額《はんはつせいてん》でまだ若い十七八の男と、二十七八になる男と二人がすうと摺足《すりあし》をして出て来ました。脇を見ると隅の方に女が一人|振袖《ふりそで》を着まして、調べを取ってポン/\という其の皷の音が裏皮へ抜けまして奥へ響き中々上手に打ちます。大藏は何うして何時の間に斯様《かよう》な能役者を連れて来たかと思って見ますと、どうも見た様な能役者であるとは思いましたが、松蔭にも分りません。少し前へ膝を進めて熟々《よく/\》見ますと若い方は先年お暇《いとま》が出て、お屋敷を追放になりました渡邊織江の忰《せがれ》の祖五郎、今一人は春部梅三郎、両人共にお屋敷を出て居《お》って、二人が何うして此処《こゝ》へ能役者に成って来たことかと、皷打《つゞみうち》を見ると祖五郎の姉のお竹ですから松蔭は驚きまして、是は何ういう訳かと濱名左傳次と互《たがい》に顔を見合せて居ります内に、舞もしまいました。
數「大きに御苦労/\、さア/\こゝへ来て、ずうっとこゝへ来な、構わずに此処《こゝ》へ来て一盃《いっぱい》……それから松蔭もこゝへ来て……えゝ、これは貴公も知って居《お》る通り、渡邊織江の忰祖五郎で、彼《あれ》は春部梅三郎じゃ、不調法があってお暇になり、浪人の活計《たつき》に迫り、自分も好きな所から能役者となりたいと、何うやら斯うやら今では能役者でやって居《お》るそうだ、これは祖五郎の姉だ、器量も好《よ》いがお屋敷へ帰るまでは何処《どこ》へも嫁付《かたづ》くことは否《いや》だと、皷を打ったり、下方《したかた》が出来る処から出入町人の亭主に心安い者があって、其処《そこ》にいると云うが、今日《こんにち》は幸いな折柄で、どうか又贔屓にして斯ういう事が有ったら前々《まえ/\》屋敷にいた時の馴染もあるから呼んでやってくれ」
大「これは思掛けない事で、祖五郎殿にも春部氏にも暫《しばら》く……」
 と松蔭も腹の中では驚きました。
大「えゝ、只今は何処《どこ》に」
數「いや、国へ尋ねて来た、それからま何うするにも仕方がないから、奈良|辺《あたり》で稽古をして、此方《こちら》へ出て来たので、是からが本当の修業じゃ、さア/\一盃《いっぱい》/\」
梅「松蔭殿、面目次第もない、尾羽打枯した浪人の生計《たつき》、致し方なく斯様な営業《なりわい》をいたして居り、誠に恥入りました訳で、松蔭殿にお目通りを致しますのも間の悪い事でございますが、構わんから参れと、御家老の仰せを受けて罷出《まかりで》ました、貴方様には追々《おい/\》御出世、蔭ながら悦び居ります」
祖「祖五郎も蔭ながら、貴方様の御出世は父織江がお世話致した甲斐がござると蔭ながら悦び居ります、今日《こんにち》は思掛けなく御面会を致しました、此の後《ご》共御贔屓を願いとう……斯様な御酒宴のございます節には必ずお招きを願います」
竹「松蔭さま暫く、竹でございます」
大「これはお竹さま、これは実に妙でげすな」
數「いや実に妙だ、芸者は帰したら宜かろう、却《かえ》って此処《こゝ》にいると屋敷の話も出来んから、取急いで秋田屋芸者共を早く帰せ/\」
番頭「へえ/\」
 と急に船に載せて帰しました、
數「さ、こゝへ来て昔の話をしよう、この祖五郎の父織江は福原別懇であった、忠義無二な男であったが、武運|拙《つたな》くして谷中瑞麟寺の藪蔭で何者とも知れず殺害《せつがい》され、不束《ふつゝか》の至りによって永《なが》のお暇《いとま》を仰付けられ、討ったる敵《かたき》が知れんというが、さぞ残念であろう」
祖「はっ、誠に残念至極で」
 と眼に涙を浮《うか》めてお竹と祖五郎が松蔭の顔をじろりと横目で睨《ね》め上げるから、松蔭は気味悪くなり、下を向いている。
數「春部梅三郎は腰元の若江と密通して逃げたという事だったの」
梅「はい、誠に恥入った事でございます」
數「うん、それが露顕した訳でもなし、是まで勤め向《むき》も堅く、ほんの若気《わかげ》の至りで、女を連れて逐電いたしたのじゃが、未《いま》だお暇の出たわけではなし、只家出をした廉《かど》だから、お詫をして帰参の叶《かな》う時節もあろう、若江という小姓も少《ちい》さい時分から奉公をしていた者で、先年|体好《ていよ》くお暇になったとの事、是も出入りは出来ようかと思う、所でお前たちに私《わし》が問うがな、大殿様は今年はもう五十五にお成りなさる、昨今の処では御病気も大きに宜《よ》いようじゃが、どうもお身上《みじょう》が悪いので、今度の御病気は數馬決して安心せん、もしお逝去《かくれ》にでもなった時には御家督相続は誰が宜かろう、春部だの祖五郎はお暇になってゝも、代々の君恩の辱《かたじけ》ない事は忘却致すまい、君恩を有難いと考えるならば、御家督は何う致すが宜しいか少しは考えも有ろう」
祖「手前の考えでは若様は未《ま》だお四才《よっつ》かお五才《いつゝ》で御頑是《ごがんぜ》もなく、何|弁《わきま》えない処のお子様でございますから、万々一《まん/\いち》大殿様がお逝去《かく》れに相成った時には、お下屋敷にならせられる紋之丞様より他に御家督御相続のお方は有るまいかと存じます」
數「それは些《ち》と違うだろう、菊様はお血統《ちすじ》だ、仮令《たとえ》お四才《よっつ》でも菊様が御家督にならなければなるまい、御舎弟を直すのは些と道理に違って居《お》るように心得る」
梅「いや、それは違って居りましょう」
數「違っては居らん」
梅「併《しか》しお四才《よっつ》になる者を御家督になされば、矢張《やっぱり》御後見が附かなければなりません、それよりは矢張《やっぱり》お下屋敷の御舎弟紋之丞様が御家督御相続になって、菊様追々御成人の後《のち》、御順家督《ごじゅんかとく》に相成るが御当然《ごとうぜん》のことゝ存じます」
數「いや/\然《そ》うでない、お血統《ちすじ》は別だ、誰しも我子は可愛もので、御実子《ごじっし》を以《もっ》て御家督相続と云えば殿様にもお快くお臨終が出来る、御兄弟の御情合も深い、深いなれども御舎弟様が
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