るまで暫くいて上げようと云うんで、其の寺に居りました」
鐵「へえー」
僧「すると私《わし》の知己《しるべ》の山持の妾が難産をして死んだな」
鐵「へえー」
僧「それがそれ、ま主人《あるじ》が女房に隠して、家《うち》にいた若い女に手を附け、それがま懐妊したによって何時《いつ》か家内の耳に入ると、悋気深《りんきぶか》い本妻が騒ぐから、知れぬうちに堕胎《おろ》してしまおうと薬を飲ますと、ま宜《い》い塩梅に堕《お》りましたが、其の薬の余毒《よどく》のため妾は七転八倒の苦しみをして、うーんうんと夜中に唸《うな》るじゃげな」
鐵「へえー此奴《こいつ》ア怖《こわ》えなア」
僧「怨みだな、斯う云う事になったのも、私《わたし》は奉公人の身の上|相対《あいたい》ずくだから是非もないが、内儀《おかみ》さんが悋気深いために私《わし》に斯ういう薬を飲ましたのじゃ、内儀さんさえ悋気せずば此の苦しみは受けまい、あゝ口惜《くや》しい、私《わたし》は死に切れん、初めて出来た子は堕胎《おろ》され、私も死に、親子諸共に死ぬような事になるも、内儀さんのお蔭じゃ、口惜《くやし》い残念と十一日の間云い続けて到頭死にました、その死ぬ時な、うーんと云って主人の手を握ってな」
鐵「へえ」
僧「目を半眼にして歯をむき出し、旦那さま私《わたくし》は死に切れませんよ」
○「やア鐵う、もっと此方《こっち》へ寄れ……気味が悪い、どうもへえー成程……そこを閉めねえ、風がぴゅー/\入るから……へえー」
僧「気の毒な事じゃが、仕方がない、そこで私《わし》がいた蓮光寺へ葬りました、他に誰も寺参りをするものがないから、主人が七日までは墓参りに来たが、七日後は打棄《うっちゃ》りぱなしで、花一本|供《あ》げず、寺へ附届《つけとゞけ》もせんという随分不人情な人でな」
○「へえー酷《ひど》い奴だね、其奴《そいつ》ア怨まア、直《すぐ》に幽的《ゆうてき》が出ましたかえ」
僧「私《わし》も可愛そうじゃアと思うた、斯ういう仏は血盆地獄《けっぽんじごく》に堕《おち》るじゃ、早く云えば血の池地獄へ落るんじゃ」
○「へえー」
僧「斯ういう亡者《もうじゃ》には血盆経《けっぽんきょう》を上げてやらんと……」
○「へえー……けつ……なんて……けつを……棒で」
僧「いや血盆経というお経がある、七日目になア其の夜《よ》の亥刻《こゝのつ》[#「亥刻《こゝのつ》」はママ、「子刻《こゝのつ》」か「亥刻《よつ》」であるかの判別付かず]前じゃったか、下駄を履《は》いて墓場へ行《ゆ》き、線香を上げ、其処《そこ》で鈴《りん》を鳴《なら》し、長らく血盆経を読んでしもうて、私《わし》がすうと立って帰ろうとすると」
○「うん、うん」
僧「前が一面|乱塔場《らんとうば》で、裏はずうと山じゃな」
○「うん/\」
僧「其の山の藪の所が石坂の様になって居《い》るじゃ、其の坂を下《お》りに掛ると、後《うしろ》でぼーずと呼ぶじゃて」
○「ふーん、これは怖《こわ》えな、鐵もっと此方《こっち》へ寄れ、成程お前さんを呼んだ」
僧「何も私《わし》に怨みのある訳はない、縁無き衆生《しゅじょう》は度《ど》し難《がた》しというが、私《わし》は此の寺へ腰掛ながら住職の代りに回向《えこう》をしてやる者じゃ、それを怨んで坊主とは失敬な奴じゃと振向いて見た、此方《こちら》の勢《いきおい》が強いので最《も》う声がせんな」
○「へえー度胸が宜うごぜえやすな、強いもんだね、始終死人の側にばかりいるから怖くねえんだ、うーん」
僧「それから又|行《ゆ》きにかゝると、また皺枯《しわがれ》た声で地《じ》の底の方でぼーずと云うじゃて」
○「早桶《はやおけ》を埋《うめ》ちまった奴が桶の中でお前さんを呼んだのかね」
僧「誰だと振向いた」
○「へえ……先方《せんぽう》で驚いて出ましたか、穴の中から」
僧「振向いて見たが何《な》んにも居ないから、墓原《はかはら》へ立帰って見たが、墓には何も変りがない、はて何じゃろうと段々探すと、山の根方の藪ん中に大きな薯蕷《やまいも》が一本あったのじゃ、之《これ》が世に所謂《いわゆる》坊主/\山の芋《いも》じゃて」
○「何の事《こっ》た、人を馬鹿にして、併《しか》し面白《おもしれ》え、何か他に、あゝ其方《そっち》にいらっしゃるお侍さん、えへゝゝ、旦那何か面白《おもしろ》えお話はありませんか」
侍「いや最前から各々方《おの/\がた》のお話を聞いていると、可笑《おか》しくてたまらんの、拙者も長旅で表向《おもてむき》紫縮緬《むらさきちりめん》の服紗包《ふくさづゝみ》を斜《はす》に脊負《しょ》い、裁着《たッつけ》を穿《は》いて頭を結髪《むすびがみ》にして歩く身の上ではない、形は斯《かく》の如く襤褸袴《ぼろばかま》を穿いている剣道修行の身の上、早く云うと武者修行で」
○「これはどうも、左様ですか、武者修行で、へえー然《そ》う聞けばお前さんの顔に似てえる」
侍「何が」
○「いえ、そら久しい以前《あと》絵に出た芳年《よしとし》の画《か》いたんで、鰐鮫《わにざめ》を竹槍で突殺《つッころ》している、鼻が柘榴鼻《ざくろッぱな》で口が鰐口で、眼が金壺眼《かなつぼまなこ》で、えへゝゝ御免ねえ」
侍「怪《け》しからん事をいう、人の顔を讒訴《ざんそ》をして無礼至極」
○「なに、お前さんは左様《そん》なでもねえけれども、些《ちっ》と似てえるという話だ」
侍「貴公らは江戸のものか、職人か」
○「へえ」
侍「成程」
○「旦那、皆《みんな》は嘘っぺいばかしでいけませんが、何《なん》ぞ面白《おもしろ》え話はありませんかね」
侍「貴公《あんた》先にやったら宜かろう」
○「私《わっち》どもは好《い》い話が無《ね》えんで、火事のあった時に屋根屋の徳《とく》の野郎め、路地を飛越し損《そく》なやアがって、どんと下へ落ると持出した荷の上へ尻餅を搗《つ》き、睾丸《きんたま》を打ち、目をまわし、嚢《ふくろ》が綻《ほころ》びて中から丸《たま》が飛出して」
侍「然《そ》ういう尾籠《びろう》の話はいけんなア」
○「それから乱暴勝《らんぼうかつ》てえ野郎が焚火《たきび》に※[#「火+共」、第3水準1−87−42]《あた》って、金太《きんた》という奴を殴る機《はず》みにぽっぽと燃えてる燼木杭《やけぼっくい》を殴ったから堪《たま》らねえ、其の火が飛んで金太の腹掛の間へ入《へい》って、苦しがって転がりやアがったが、余程《よっぽど》面白うござえました」
侍「其様《そん》な事は面白くない」
○「そんなら旦那何ぞ面白え話を」
侍「先刻《せんこく》から空話《そらばなし》ばかり出たので、拙者の話を信じて聞くまいから、どうもやりにくい」

        三十八

 向座敷《むこうざしき》にてぽん/\と手を打ち、
宗「誰《たれ》も居ぬかな」
下婢「はい」
 此の座敷に寝ているのは渡邊お竹で、宗達が看病を致して居りますので、
婢「お呼びなさいましたかえ」
宗「一寸《ちょっと》こゝへ入ってくれ」
婢「はい」
宗「序《ついで》に水を持って来ておくれ、病人がうと/\眠附《ねつ》くかと思うと向座敷で時々大勢がわアと笑うので誠に困る」
婢「誠にお喧《やかま》しゅうござりやしょう」
宗「其処《そこ》をぴったり閉めておくれ」
婢「畏《かしこ》まりやした」
 と立って行って大勢の所へ顔を出しまして、
「どうかあの皆さん相宿の方に病人がありやすから、余《あんま》り大《でけ》え声をして、わア/\笑わないように、喧しいと病人が眠り付かねえで困るだから、静《しずか》になさえましよ」
侍「はい/\宜しい……病人がいるなら止しましょう」
○「小声でやってくだせえ、皆《みんな》は虚《そら》っぺえ話《ばなし》で面白くねえ、旦那が武者修行をした時の、蟒蛇《うわばみ》を退治《たいじ》たとか何とかいう剛《きつ》いのを聞きたいね」
侍「左様さ拙者は是迄恐ろしい怖いというものに出会った事はないが、※[#「鼬」の「由」に代えて「吾」、第4水準2−94−68]鼠《のぶすま》に両三度出会った時は怖いと思ったね」
○「ど何処《どこ》で」
侍「南部《なんぶ》の恐山《おそれざん》から地獄谷の向《むこう》へ抜ける時だ」
○「へえー名からして怖《おっか》ねえね恐山地獄谷なんて」
侍「此処《こゝ》は一騎打《いっきうち》の難所《なんじょ》で、右手《めて》の方《ほう》を見ると一筋《ひとすじ》の小川が山の麓《ふもと》を繞《めぐ》って、どうどうと小さい石を転がすように最《い》と凄《すさ》まじく流れ、左手《ゆんで》の方《かた》を見ると高山《こうざん》峨々《がゞ》として実に屏風を建てたる如く、誠に恐ろしい山で、樹《き》は生茂《おいしげ》り、熊笹が地を掩《おお》うている、道なき所を踏分け/\段々|下《お》りて来たところが、人家は絶《たえ》てなし、雨は降ってくる、困ったことだと思い、暫く考えたが路《みち》は知らず、深更《しんこう》に及んで狼にでも出られちゃア猶更と大きに心配した、時は丁度秋の末《すえ》さ、すると向うにちら/\と見える」
○「へえー、出たんでござえやすか、狼の眼は鏡のように光るてえから、貴方がうんと立止って小便《ちょうず》をなすったろう」
侍「なに、小便《ちょうず》などを為《し》やアせん」
○「それから」
侍「これは困ったものじゃ、彼処《あすこ》に誰か焚火《たきび》でもして居るのじゃアないかと思った」
○「成程山賊が居て身ぐるみ脱いでけてえと、お前さん引《ひっ》こぬいて斬ったんで」
侍「まゝ黙ってお聞き、そう先走られると何方《どっち》が話すのだか分らん、山賊が団楽坐《くるまざ》になっていたのではない、一軒の白屋《くずや》があった」
○「へえー山ん中に……問屋《といや》でしょう」
侍「なに茅屋《あばらや》」
○「え、油屋《あぶらや》」
侍「油屋じゃアない、壊れた家をあばらやという」
○「確《しっ》かりした家は脊骨屋《せぼねや》で」
侍「そう先走っては困る、其家《そこ》へ行って拙者は武辺修行《ぶへんしゅぎょう》の者でござる、斯《か》かる山中《さんちゅう》に路《みち》に踏み迷い、且《かつ》此の通り雨天になり、日は暮れ、誠に難渋を致します、一樹《いちじゅ》の蔭を頼むと云って音ずれると、奥から出て来た」
○「へえー肋骨《あばらぼね》が出て、歯のまばらな白髪頭《しらがあたま》の婆《ばゞあ》が、片手に鉈《なた》見たような物を持って出たんだね、一つ家《や》の婆で、上から石が落ちたんでげしょう」
侍「然《そ》うじゃアない、二八余りの賤女《しずのめ》が出たね」
○「それじゃア気が無《ね》え、雀が二三羽飛出したのかえ」
侍「賤女《しずのめ》」
○「えゝ味噌汁《おつけ》の中へ入れる汁の実」
侍「汁の実じゃアない、二八余り十六七になる娘が出たと思いなさい」
○「へえー家《うち》に居たんだね、容貌《おんな》は好《よ》うごぜえやしたろうね、容貌《おんな》は」
侍「そんな事は何うでも宜しいが、能《よ》く見ると乙《おつ》な女さ」
○「へえー、おい鐵、此方《こっち》へ寄れ、ちょいと見ると美《い》い女だが、能く見ると眇目《めっかち》で横っ面《つら》ばかり見た、あゝいう事があるが、矢張《やっぱり》其の質《たち》なんでしょう」
侍「足下《そっか》が喋ってばかり居っては拙者は話が出来ぬ」
○「じゃア黙ってますから一つやって下せえ」
侍「それから紙燭《しそく》を点《つ》けて出て来て、お武家さま斯様な人も通らん山中《やまなか》へ何うしてお出でなさいました、拙者は武術修業の身の上ゆえ、敢《あえ》て淋しい処を恐れはせぬが如何にも追々|夜《よ》は更けるし、雨は降って来る、誠に難渋いたすによって一泊願いたいと云うと、何事も行届《ゆきとゞ》きません、召上る物も何もございませんし、着せてお寐《ね》かし申す物もございません、それが御承知なれば見苦しけれども御遠慮なくお泊り遊ばせと、親切な女で汚い盥《たらい》へ谷水を汲んで来て、足をお洗いなさいというので足を洗いました」
○「へえー其の娘の親父か何かいましたろう」
侍「親父もいない、娘一人で」
○「へえー……
前へ 次へ
全47ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング