さい、金造《きんぞう》、裏手の方を宜く掃除して置け、喜八《きはち》、此方《こちら》へ参らんようにして、最う大概蔵へ仕舞ったか、千代や」
千「はい/\はい」
長「先刻《さっき》お父《とっ》さんがお検めになったそうだが、彼《あ》の皿を此処《こゝ》へ持って来い」
千「はい、先刻《さっき》お検めになりました」
長「検めたが、一寸《ちょっと》気になるから今一応|私《わし》が検めると云うは、祝いは千年だが、お父さまのない後《のち》は家の重宝《じゅうほう》で、此の品は私が守護する大事な宝物《たからもの》だから、私も一応検めます」
千「大旦那さまがお検めになりまして、宜しい、少しも仔細ないと御意遊ばしましたのに、貴方何う云う事でお検めになります」
長「先程お父さまがお検めになっても、私《わし》は私で検めなければ気が済まん」
千「何う云う事で」
長「何う云う事なんてとぼけるな、千代|汝《てまえ》は皿を割ったの」
五
お千代は呆れて急に言葉も出ませんでしたが、
千「何うもまア思い掛けない事を仰しゃいます私《わたくし》は割りました覚えはございません、ちゃんと一々お検めになりまして、後《あと》は柔かい布巾で拭きまして、一々|彼《あ》の通り包みまして、大殿様へ御覧に入れました」
長「いや耄《とぼ》けるなそんなら如何《いかゞ》の理由《わけ》で棚に糊付板《のりつけいた》が有るのだ」
千「あれはお箱の蓋の棧が剥《と》れましたから、米搗《こめつき》の權六《ごんろく》殿へ頼みまして、急拵《きゅうごしら》えに竹篦《たけべら》を削って打ってくれましたの」
長「耄けるな、其様《そん》なことを云ったって役には立たん、巧《うま》く瞞《ごま》かそうたって、然《そ》うはいかんぞ、此方《こちら》は確《しか》と存じておる、これ千代、其の方が怪しいと認めが附いて居《お》ればこそ検めなければならんのだ早く箱を持って来い/\」
と云われてお千代はハッとばかりに驚きましたが、何ゆえ長助が斯様《こん》なことを云うのか分りませんでしたが、彼《あ》の通り検めたのを毀したと云うのは変だなと考えて、よう/\思い当りましたのは、先達《せんだっ》て愛想尽《あいそづか》しを云った恨みが、今になって出て来たのではないか、何事も無ければ宜《よ》いがと怖々《こわ/″\》にお千代が野菊白菊の入った箱を長助の眼の前へ差出しますと、作左衞門が最前検めて置いた皿の毀れる気遣いはない、忰は何を云うのかと存じて居りますと、長助は顔色《かおいろ》を変えて、
長「これ千代、それ道具棚にある糊付板を此処《こゝ》へ持って来い……さ何う云う訳で此板《これ》を道具棚へ置いた」
千「はい、只今申上げます通り、あのお道具の箱の棧が剥《と》れましたから、打附けて貰おうと存じますと、米搗の權六が己《おれ》が附けて遣ろうと申して附けてくれましたので」
長「いゝや言訳をしたって役には立たん、其の箱の紐をサッサと解け」
千「そうお急ぎなさいますと、また粗相をして毀すといけませんもの」
長「汝《おのれ》が毀して置きながら、又|其様《そん》なこと申す其の手はくわぬぞ、私《わし》が箱から出す、さ此処《これ》へ出せ」
千「あなた、お静かになすって下さいまし、暴々《あら/\》しく遊ばして毀れますと矢張《やっぱ》り私《わたくし》の所為《せい》になります」
作「これこれ長助、手暴くせんが宜《よ》い、腹立紛れに汝《てまえ》が毀すといかんから、矢張《やっぱ》り千代お前検めるが宜《い》い」
千「はい/\」
と是れから野菊の箱の紐を解いて蓋を取り、一枚/\皿を出しまして長助の眼の前へ列《なら》べまして。
千「御覧遊ばせ、私《わたくし》が先刻《さっき》検めました通り瑾《きず》は有りゃアしません」
長「黙れ、毀した事は先刻《さっき》私《わし》が能《よ》く見て置いたぞ、お父さま、迂濶《うっか》りしてはいけません、此者《これ》は中々油断がなりません、さ、早く致せ」
千「其様《そん》なに仰しゃったって、慌てゝ不調法が有るといけません、他のお道具と違いまして、此品《これ》が一枚毀れますと私《わたくし》は不具《かたわ》になりますから」
長「不具になったって、受人《うけにん》を入れて奉公に来たんじゃアないか、さ早く致せ」
千「早くは出来ません」
と申して検めに掛りましたが、急がれる程|尚《な》おおじ/\致しますが、一生懸命に心の内に神仏《かみほとけ》を念じて粗相のないようにと元のように皿を箱に入れてしまい、是れから白菊の方の紐を解いて、漸々《だん/″\》三重箱迄開け、布帛《きれ》を開いて皿を一枚ずつ取出し、検めては布帛に包み、ちゃんと脇へ丁寧に置き、
千「是で八枚で、九枚で十枚十一枚十二枚十三枚十四枚十五枚十六枚」
と漸々勘定をして十九枚と来ると、二十枚目がポカリと毀れて居たから恟《びっく》り致しました。
千「おや……お皿が毀れて居ります」
長「それ見ろ、お父様《とっさま》御覧遊ばせ、此の通り未《ま》だ粘りが有ります此の糊で附着《くっつ》けて瞞《ごま》かそうとは太い奴では有りませんか」
千「いえ、先程大殿様がお検めになりました時には、決して毀れては居りません」
長「何う仕たって此の通り毀れて居るじゃアないか」
千「先刻《さっき》は何とも無くって、今毀れて居るのは何う云う訳でしょう」
作「成程斯う云う事があるから油断は出来ない、これ千代|毀《わ》りようも有ろうのに、ちょっと欠いたとか、罅《ひゞ》が入った位ならば、是れ迄の精勤の廉《かど》を以《もっ》て免《ゆる》すまいものでもないが、斯う大きく毀れては何うも免し難い、これ、何は居らんか、何や、何やでは分らん、おゝそれ/\辨藏《べんぞう》、手前はな、千代の受人の丹治という者の処へ直《すぐ》に行ってくれ、余り世間へぱっと知れん内に行ってくれ、千代が皿を毀したから証文通りに行うから、念のために届けると云って、早く行って来い」
辨「へえ」
と辨藏は飛んで行って、此のことを気の毒そうに話をすると、丹治は驚きまして、母の処へ駈込んでまいり。
丹「御新造《ごしんぞ》さまア……」
母「おや丹治か、先刻《さっき》は誠に御苦労、お蔭で余程《よっぽど》宜《よ》いよ」
丹「はっ/\、誠にはや何ともどうも飛んだ訳になりました」
母「ドヽ何うしたの」
丹「へえ、お嬢様が皿ア割ったそうで」
母「え……丹治皿を彼《あれ》が……」
丹「へえ、只今|彼家《あちら》の奉公人が参りまして、お千代どんが皿ア割っただ、汝《われ》受人だアから何《なん》ぼ証文通りでも断りなしにゃア扱えねえから、ちょっくら届けるから、立合うが宜《え》いと云って来ました、私《わし》が考えますに、先方《むこう》はあゝ云う奴だから、詫びたっても肯《き》くまいと思って、私が急いでお知らせ申しに来やしたが、お嬢さまが彼家《あそこ》へ住込む時、虫が知らせましたよ、門の所まで私送り出して来たアから、貴方《あんた》皿ア割っちゃアいけないよと云ったら、お嬢様が余程《よっぽど》薄いもんだそうだし、原土《もとつち》で拵えたもんだから割れないとは云えないから、それを云ってくれちゃア困るよと仰しゃいましたが、何とまア情《なさけ》ねえ事になりましたな、どうか詫をして見ようかと思います」
母「それだから私が云わない事じゃアない、彼《あ》の娘《こ》を不具者《かたわ》にしちゃア済まないから、私も一緒に連れてっておくれ」
丹「連れて行けたって、あんた歩けますまい」
母「歩けない事もあるまい、一生懸命になって行きますよ、何卒《どうぞ》お願いだから私の手を曳いて連れてっておくれ」
丹「だがはア、是れから一里もある処で、なか/\病揚句《やみあげく》で歩けるもんじゃアねえ」
母「私は余り恟《びっく》りしたんで腰が脱《ぬ》けましたよ」
丹「これはまア仕様がねえ、私《わし》まで腰が脱けそうだが、あんた腰が脱けちゃア駄目だ」
母「何卒《どうぞ》お願いだから……一通り彼《あれ》の心術《こゝろだて》を話し、孝行のために御当家《こちら》さまへ奉公に来たと、次第を話して、何処までも私がお詫をして指を切られるのを遁《のが》れるようにしますから、丹治誠にお気の毒だが、負《おぶ》っておくれな」
丹「負ってくれたって、ちょっくら四五丁の処なれば負って行っても宜《え》いが……よし/\宜《よ》うごぜえます、私《わし》も一生懸命だ」
と其の頃の事で人力車《くるま》はなし、また駕籠《かご》に乗るような身の上でもないから、丹治が負ってせっせと参りました。此方《こちら》は最前から待ちに待って居ります。
作「早速庭へ通せ」
という。百姓などが殿様御前などと敬い奉りますから、益々増長して縁近き所へ座布団を敷き、其の上に座して、刀掛に大小をかけ、凛々《りゝ》しい様子で居ります。両人は庭へ引出され。
丹「へえ御免なせえまし、私《わし》は千代の受人丹治で、母も詫びことにまいりました」
作「うむ、其の方は千代の受人丹治と申すか」
丹「へえ、私《わし》は年来勤めました家来で、店請《たなうけ》致して居《お》る者でごぜえます」
作「うん、其処《それ》へ参ったのは」
母「母でございます」
と涙を拭きながら、
「娘が飛んだ不調法を致しまして御立腹の段は重々|御尤《ごもっとも》さまでござりますが、何卒《どうぞ》老体の私《わたくし》へお免じ下さいまして、御勘弁を願いとう存じます」
作「いや、それはいかん、これはその先祖伝来の物で、添書《そえがき》も有って先祖の遺言が此の皿に附いて居《お》るから、何うも致し方がない、切りたくはないけれども御遺言には換《か》えられんから、止むを得ず指を切る、指を切ったって命に障《さわ》る訳もない、中程から切るのだから、何も不自由の事もなかろう」
母「はい、でございますけれども、此の千代は親のために御当家様へ御奉公にまいりましたので、と申すは、私《わたくし》が長煩《ながわずら》いで、人参の入った薬を飲めば癒ると医者に申されましたが、長々の浪人ゆえ貧に迫って、中々人参などを買う手当はございませんのを、娘《これ》が案じまして、御当家のお道具係を勤めさえすれば三年で三拾両下さるとは莫大の事ゆえ、それを戴いて私《わたし》を助けたいと申すのを、私《わたくし》も止めましたけれども、此娘《これ》が強《た》ってと申して御当家さまへ参りましたが、親一人子一人、他に頼りのないものでございます、今|此娘《これ》を不具に致しましては、明日《あす》から内職を致すことが出来ませんから、何卒《どうぞ》御勘弁遊ばして、私《わたくし》は此娘《これ》より他に力と思うものがございませんから」
長「黙れ/\、幾回左様な事を云ったって役に立たん、其のために前々《まえ/\》奉公住みの折に証文を取り、三年に三拾金という給金を与えてある、斯《かく》の如く大金を出すのも当家の道具が大切だからだ、それを承知で証文へ判を押して奉公に来たのじゃアないか、それに粗相でゞもある事か、先祖より遺言状の添えてある大切の宝を打砕《うちくだ》き、糊付にして毀さん振をして、箱の中に入れて置く心底《しんてい》が何うも憎いから、指を切るのが否《いや》なれば頬辺《ほッぺた》を切って遣《や》る」
母「何卒《どうぞ》御勘弁を……」
と泣声にて、
「顔へ疵《きず》が附きましては婿取前の一人娘で、何う致す事も出来ません」
長「指を切っては内職が出来んと云うから面《つら》を切ろうと云うんだ、疵が出来たって、後《あと》で膏薬を貼れば癒る、指より顔の方を切ってやろう」
と長助が小刀《ちいさがたな》をすらりと引抜いた時に、驚いて丹治が前へ膝行《すさ》り出まして、
丹「何卒《どうぞ》お待ちなすって下せえまし」
長「何だ、退《の》け/\」
丹「お前さまは飛んだお方だアよ」
長「何が飛んだ人だ」
丹「成程証文は致しやしただけれども、人の頬辺《ほッぺた》を切るてえなア無《ね》え事です」
長「手前は何のために受人に成って、印形《いんぎょう》を捺《つ》いた」
丹「印形だって、是程に厳《やかま》しかアねえと思ったから、印形
前へ
次へ
全47ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング