たが、と取出して慰《なぐさ》み半分に繰披《くりひら》き、なに/\「予《かね》て申合せ候一儀大半成就致し候え共、絹と木綿の綾は取悪《とりにく》き物ゆえ今晩の内に引裂き、其の代りに此の文を取落し置《おき》候えば、此の花は忽《たちま》ち散果《ちりはて》可申《もうすべく》茎《じく》は其許《そこもと》さまへ蕾《つぼみ》のまゝ差送《さしおくり》候」はて…分らん…「差送候間|御安意《ごあんい》之《の》為め申上候、好文木《こうぶんぼく》は遠からず枯れ秋の芽出しに相成候事、殊《こと》に安心|仕《つかまつ》り候、余は拝面之上|※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そう/″\》已上《いじょう》[#「已上」は底本では「己上」]、別して申上候は」…という所から破れて分らんが、これは何の手紙だろう、少しも訳が分らん……どうも此の程から重役の者の内、殊に神原五郎治、四郎治の両人《ふたり》の者は、どうも心良からん奴だ、御舎弟様のお為にもならん事が毎度ある、伯父秋月は容易に油断をしないから、神原の方へ引込まれるような事もあるまいが、何の文だろう、何者の手跡《しゅせき》だか頓と分らん、はてな。と何う考えても分りませんから、又巻納めて紙入の間へ挟んで寝ましたが、寝付かれません。其の内に離れて居りますけれども、宿泊人《とまりゅうど》の鼾《いびき》がぐう/\、往来も大分《だいぶ》静かになりますと、ボンボーン、ばら/\/\と簷《のき》へ当るのは霙《みぞれ》でも降って来たように寒くなり、襟元から風が入りますので、仰臥《あおむけ》に寝て居りますと、廊下をみしり/\抜足《ぬきあし》をして来る者があります。廊下伝いになっては居るが、締りが附いていて、別に人の来られないようになって居りますから、
梅「誰が来たろう、清藏ではあるまいか、何だろう」
と態《わざ》と睡《ねむ》った振で、ぐう/\と空鼾《そらいびき》をかいて居りますと、廊下の障子を密《そっ》と音のしないように開けて這込《はいこ》む者を梅三郎が細目を開《ひら》いて見ますると、面部を深く包んで、尻《しり》ッ端折《ぱしょり》を致しまして、廊下を這って来て、だん/″\行灯《あんどう》の許《もと》へ近づき、下からふっと灯《あかり》を消しました。漸々《だん/″\》探り寄って春部が仰臥《あおむ》けざまに寝ている鼻の上へ斯う手を当てゝ寝息を伺いました。
梅「す……はてな……何だろうか知ら、気味の悪い奴だ、どうして賊が入ったか、盗《と》るものもない訳だが……己を殺しにでも来た奴か知らん」
とそこは若いけれども武家《ぶげ》のことだから頓と油断はしません。眼を細目に開《あ》いて様子を見て居りますと、布団《ふとん》の間に挟んであった梅三郎の紙入を取出し、中から引出した一封の破れた手紙を透《すか》して、披《ひろ》げて見て押戴《おしいたゞ》き懐中《ふところ》へ入れて、仕すましたり…と行《ゆ》きにかゝる裾《すそ》を、梅三郎うゝんと押えました。
二十八
姿は優しゅうございますが、柔術《やわら》に達した梅三郎に押えられたから堪《たま》りません。
曲者「御免なさい」
梅「黙れ……賊だな、さ何処《どっ》から忍び込んだ」
曲者「何卒《どうぞ》御免なすって」
梅「相成らん……何だ逃げようとして」
と逆に手を取って押付《おさえつ》け。
梅「怪しい奴だ、清藏どん、泥坊が入りました。清藏どん/\聞えんか、困ったものだ、清藏どん」
少し離れた処に寝て居りました清藏が此の声を聞付け、
清「あい、はアー……あい/\……何だとえ、泥坊が入《へい》ったとえあれま何うもはア油断のなんねえ、庭伝えに入《へえ》ったか、何《なん》にしろ暗くって仕様がねえ、店の方へ往《い》って灯《あかり》を点《つ》けて来るから、逃してはなんねえ」
梅「何だ此奴《こいつ》……動かすものか、これ……灯を早く持って来んかえ」
清藏は店から雪洞《ぼんぼり》を点けて参り。
清「泥坊は何処《どこ》に/\」
梅「清藏どん、取押えた、なか/\勝手を知った奴と見えて、廊下伝いに入った、力のある奴だが、柔術《やわら》の手で押えたら動けん、今暴れそうにしたからうんと一当《ひとあて》あてたから縛って下さい」
清「よし、此奴《こいつ》細っこい紐じゃア駄目だ、なに麻縄《ほそびき》が宜《い》い」
とぐる/\巻に縛ってしまいました。
曲者「何卒《どうぞ》御免なすって……実は何《なん》でございます、へえ全く貧《ひん》の盗みでございますから、何卒御免なすって」
清「貧の盗みなんてえ横着野郎め」
此の中《うち》下女などが泥坊と聞いて裸蝋燭《はだかろうそく》などを持ってまいりました。
清「これもっと此方《こっち》へ灯《あかり》を出せ、あゝ熱いな、頭の上へ裸蝋燭を出す奴があるかえ、行灯《あんどん》を其方《そっち》へ片附《かたし》ちめえ、此の野郎|頬被《ほっかぶ》りいしやアがって、何処《どこ》から入《へい》った」
と手拭をとって曲者の顔を見て驚き、
清「おや、此の按摩ア……汝《われ》は先月から己《おら》ア家《うち》へ来て、俄盲《にわかめくら》で感が悪くって療治が出来ねえと云うから、可愛相だと思って己ア家へ置いてやった宗桂だ、よく見りゃア虚盲《そらめくら》で眼が明いてるだ、此の狸按摩|汝《うぬ》、よく人を盲だって欺《だま》しアがった、感が悪くって泥坊が出来るかえ、此の磔《はッつけ》めえ」
と二つばかり続けて撲《ぶ》ちました。
曲「御免なさい、誠にどうも番頭《ばんつ》さん、実ア盲じゃアごぜえません、けれども旅で災難に遭いまして、後《あと》へは帰れず、先へも行《い》かれず、仕様が有りませんから、実は喰方《くいかた》に困って此方《こちら》はお客が多いから、按摩になってと思いまして入ったんでございますが、漸々《だん/\》銭が無くなっちまいましたから、江戸へ帰っても借金はあり、と云って故郷《こきょう》忘《ぼう》じ難《がた》く、何うかして帰りてえが、借金方の附くようにと思いまして、ついふら/\と出来心で、へえ、沢山《たんと》金え盗《と》るという了簡じゃアごぜえません、貧の盗みでございますから、お見遁《みのが》しを願います」
清「此の野郎……此奴《こいつ》のいう事ア迂濶《うっかり》本当にア出来ねえ、嘘を吐《つ》く奴は泥坊のはじまり、最《も》う泥坊に成ってるだ此の野郎」
曲「どうか御免なすって」
梅「いや/\手前は貧の盗みと云わせん事がある、貧の盗みなれば何故《なぜ》紙入れの中の金入れか銭入れを持って行《ゆ》かぬ、何で其の方は書付ばかり盗んだ」
曲「え……これはその何《なん》でございます、あゝ慌《あわ》てましたから、貧の盗みで一途《いちず》にその私《わたくし》は、へえ慌てまして」
梅「黙れ、手前はどうも見たような奴だ、此奴《こいつ》を確《しっか》り縛って置き、殴《たゝ》っ挫《くじ》いても其の訳を白状させなければならん、さ何ういう理由《わけ》で此の文を盗《と》った、手前は屋敷奉公をした奴だろう、谷中の屋敷にいた時分、どうも見掛けたような顔だ……手前は三崎の屋敷にいた事があったろうな」
曲「いえ……どう致しまして、私《わたくし》は麻布十番の者でごぜえます、古河《こが》に伯父がごぜえまして、道具屋に奉公して居りましたが、つい道楽だもんでげすから、お母《ふくろ》が死ぬとぐれ出し、伯父の金え持逃げをしたのが始まりで、信州|小室《こむろ》の在《ぜえ》に友達が行って居りますから無心を云おうと思いまして参ったのでごぜえますが、途中で災難に遭い、金子《かね》を……」
梅「いや/\幾ら手前が陳じても、書付を取るというは何か仔細があるに相違ない、清藏どん打《ぶ》って御覧、云わなければ了簡がある、真実に貧の盗みなれば金を取らなければならん、書付を取るというはどうも理由《わけ》が分らんから、責めなければならん」
清「さ云えよ、云わねえと痛《いて》えめをさせるぞ、誰か太っけえ棒を持って来い、角《かど》のそれ六角に削った棒があったっけ、なに長《なげ》え…切って来《こ》う……うむ宜《よ》し…さ野郎、これで打《ぶ》つが何うだ」
と続け打《う》ちに打ちますと、曲者は泣声を致しまして、
曲「御免なすって、貧の盗みで」
清「貧の盗みなんて生虚《なまそら》ア吐《つ》きやアがって、家《うち》へ来た時に汝《われ》何と云った、少《ちい》せえ時に親父が死んで、お母《ふくろ》の手にかゝっている内に、眼が潰れたって、言うことが皆《みん》な[#「皆《みん》な」は底本では「皆《みな》な」]出たらめばかりだ、此の野郎(打《ぶ》つ)」
曲「あ痛《いた》/\/\痛《いと》うごぜえやす、どうか御勘弁を…悪い事はふッつり止《や》めますから」
清「止《やめ》るたって止めねえたって、何で手紙を盗んだ(又|打《う》つ)」
曲「あ痛うごぜえやす、何う云う訳だって、全く覚えが無《ねえ》んでごぜえやす、只慌てゝ私《わっし》が……」
梅「黙れ、何処までも云わんといえば殺してしまうぞ、此方《こっち》が先程から此の手紙が分らんと、幾度も読んで考えていたところだ、これは何か隠《かく》し文《ぶみ》で、お屋敷の大事と思えば棄置かれん、五分試《ごぶだめ》しにしても云わせるから左様心得ろ…」
と
「脇差を取って来る間逃げるとならんから」
清「なに縛ってあるから大丈夫だよ」
梅「五分だめしにするが何うだ、云わんければ斯うだ」
とすっと曲者の眼の先へ短刀《みじか》いのを突付ける。
曲「あゝ危《あぶの》うごぜえやす、鼻の先へ刀を突付けちゃア……どうぞ御勘弁を」
梅「これ、手前が幾ら隠してもいかん事がある、手前は谷中三崎の屋敷で松蔭の宅に居た奴であろうな」
曲「へえ」
梅「もういけん、此書《これ》は松蔭から何者へ送るところの手紙か、又|他《わき》から送った手紙か、手前は心得て居《お》るか」
曲「へえ」
梅「いやさ、云わんければ手前は嬲《なぶ》り殺《ごろ》しにしても云わせなければならん、其の代り云いさえすれば小遣《こづかい》の少しぐらいは持たして免《ゆる》してやる」
清「そうだ、早く正直に云って、小遣を貰え、云わなければ殺されるぞ、さ云えてえば(又|打《う》つ)」
曲「あゝ痛うごぜえます、あ危《あぶの》うございます、鼻の先へ……えゝ仕方がないから申上げますが、実はなんでごぜえます、私《わたくし》が主人に頼まれて他《ほか》へ持っていく手紙でごぜえます」
梅「むゝ何処《どこ》へ持って行《ゆ》く」
曲「へえ先方《さき》は分りませんけれども持って行《ゆ》くので」
梅「これ/\先方《さき》の分らんということがあるか、何処へ……なに、先方が分っている、種々《いろ/\》な事を云い居《お》るの、先方が分ってれば云え」
曲「へえ、その何《なん》でごぜえます、王子の在にお寮《りょう》があるので、その庵室《あんしつ》見たような所の側《わき》の、些《ちっ》とばかりの地面へ家《うち》を建てゝ、楽に暮していた風流の隠居さんが有りまして、王子の在へ行って聞きゃア直《すぐ》に分るてえますから、実は其処《そこ》は池《いけ》の端《はた》仲町《なかちょう》の光明堂《こうみょうどう》という筆屋の隠居所だそうで、其家《そこ》においでなさる方へ上げれば宜《よ》いと云付《いいつ》かって、私《わたくし》が状箱を持ってお馬場口から出ようとすると、今考えれば旦那様で、貴方に捕《つか》まったので、状箱を奪《と》られちゃアならんと思いやして一生懸命に引張《ひっぱ》る途端、落ちた手紙を取ろうとする、奪られちゃア大変と争う機《はず》みに引裂《ひっさ》かれたから、屋敷へ帰ることも出来ず、貴方の跡を尾《つ》けて此方《こちら》へ入った限《ぎ》り影も形も見えず、だん/\聞けば、あのお小姓のお家《うち》だとの事ですから、俄盲《にわかめくら》だと云って入り込んだのも只其の手紙せえ持って行《い》けば宜《い》いんで、是を落すと私《わたくし》が殺されたかも知れねえんで」
梅「うん、わかった、いや大略《あら/\》分りました」
清「大略《あら/\》ってお前さんの心に大概分ったかえ
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