になる途端に、懐の雪踏が辷《すべ》って落《おち》ると、間の悪い時には悪いもので、彼《か》の喧嘩でも吹掛《ふっか》けて、此の勘定を持たせようと思っている悪浪人《わるろうにん》の一人が、手に持っていた吸物椀の中へ雪踏がぼちゃりと入ったから驚いて顔を上げ、
甲「これ怪《け》しからん奴だ、やい下《おり》ろ、二階へ上《あが》る奴下ろ」
 と云いながら喜六の裾を取ってぐいと引いたから、ドヽトンと落ち、
喜「あ痛いやい……」
甲「不礼至極《ぶれいしごく》な奴だ、人が酒を飲んでいる所へ、屎草履《くそぞうり》を投込むとは何の事だ」
 と云いながら二つ三《み》つ喜六の頭を打つ喜六は頭を押えながら、
喜「あ痛い……誠に済みませんが、懐から落ちたゞから御勘弁を願《ねげ》えます」
甲「これ彼処《あすこ》に下足を預《あずか》る番人があって、銘々下足を預けて上《あが》るのに、懐へ入れて上る奴があるものか、是には何か此の方に意趣遺恨があるに相違ない」
喜「いえ意趣も遺恨もある訳じゃねえ、お前様《めえさま》には始めてお目に懸って意趣遺恨のある理由《わけ》がござえません、私《わし》は何《なん》にも知んねえ田舎漢《いなかも
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