富「ほう」
 御懇《ごこん》の御意で喜一郎富彌は落涙《らくるい》致しました。
喜「富彌有難く御挨拶を申せ……有難うございます」
富「あゝ有難うございまする」
 と涙を払い
富「無礼至極の富彌、お手打になっても苦しからん処、格別のお言葉を頂戴いたし、富彌死んでも聊《いさゝ》か悔《くや》む所はございません」
紋「いや喜一郎と富彌の両人へ何か馳走をして遣《や》れ、喜瀬川は料理の支度を」
老女「はい」
 と鶴の一声《ひとこえ》で、忽《たちま》ち結構なお料理が出ました。水飴を棄《すて》ると、お手飼《てがい》の梅鉢《うめばち》という犬が来てぺろ/\皆甜めてしまいました。それなりに夜《よ》に入《い》りますとお庭先が寂《しん》と致しました。尤《もっと》も御案内の通り谷中三崎村の辺《へん》は淋しい処で、裏手はこう/\とした森でございます。所へ頭巾|目深《まぶか》に大小を無地の羽織の下に落差《おとしざ》しにして忍んで来る一人の侍、裏手の外庭の林の前へまいると、グックと云うものがある。はて何だろうと暗いから、透《すか》して見ると、お手飼の白班《しろぶち》の犬が悶《もが》いて居ります。怪《あや》しの侍が暫《
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