つ》の者を人中《じんちゅう》の鬼畜といって、鬼の畜生という事じゃ、それ故に大梅和尚《たいばいおしょう》が馬祖大師《ばそだいし》に問うて如何《いか》なるか是《こ》れ仏、馬祖答えて即心即仏という、大梅が其の言下《ごんか》に大悟《だいご》したという、其の時に悟ったじゃ、此の世は実に仮のものじゃ、只|四縁《しえん》の和合しておるのだ、幾らお前が食物《たべもの》が欲しい著物《きもの》が欲しい、金が欲しい、斯ういう田地が欲しいと云った処が、ぴたりと息が絶えれば、何一つ持って行《ゆ》くことは出来やアしまい、四縁とは地水火風《ちすいかふう》、此の四つで自然に出来ておる身体じゃ、仮に四大(地水火風)が和合して出来て居《お》るものなれば、自分の身体も有りはせん、実は無いものじゃ、自然に是は斯うする物じゃという処へ心が附かんによって、我《わが》心があると思われ、我《わが》身体を愛し、自分に従うて来る人のみを可愛がって、宜《よ》う訪ねて来てくれたと悦び、自分に背《そむ》く者は憎い奴じゃ、彼奴《あいつ》はいかんと云うようになる、人を憎む悪い心が別にあるかというに、別にあるものでもない、即仏じゃ、親父が娘を殺して
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