屋敷を出てしまい、それっきり帰らない此の有助が戸を叩いた計《ばか》りで、有助とは実に旦那は智慧者《ちえしゃ》だなア…これだから悪い事も善い事も出来るんだ」
 松蔭大藏は寐衣姿《ねまきすがた》で縁側へまいり、音をさせんように雨戸を開け、雪洞《ぼんぼり》を差出して透《すか》し見まして、
大「此方《こっち》へ入れ」
有「へえ、旦那様其の中《うち》は、面も被《かぶ》らずのめ/\上《あが》られた義理じゃアごぜえませんが、何うにも斯うにも仕方なしに又お屋敷へ帰《けえ》ってまいりました、誠に面目次第もありません」
大「さ、誰も居らんから此方へ入れ/\」
有「へえ/\」
大「構わず入れ」
有「へえ、足が泥ぼっけえで」
大「手拭をやろう、さ、これで拭け」
有「此様《こん》な綺麗な手拭で足を拭いては勿体ねえようで……さて私《わたくし》も、ぬっと帰《けえ》られた義理じゃアごぜえませんが、帰《けえ》らずにも居《お》られませんから、一通りお話をして、貴方に斬られるとも追出されるとも、何うでも御了簡に任せようと、斯う思いやして帰ってまいりましたので」
大「彼限《あれき》りで音沙汰が無いから、何うしたかと実は心配致
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