たって己を何うする」
忠「私が行《い》って来るうち、お前は年を老《と》ったって丈夫な身体だから死ぬ気遣いはありません」
岩「其様《そん》な事を云ったって人は老少不定《ろうしょうふじょう》だ、それも近《ちけ》え処ではなし、信州とか何とか五十里も百里もある処へ行くのだ、人間てえものは明日《あす》も知れねえ、其の己を置いて行くように宜《よ》く相談してから行け、手紙一本投込んで黙って行っちまっては親不孝じゃアねえか」
忠「それは重々私が悪うございましたが、相談をして又お前に止めたり何かされると困るから……これは武家奉公をすれば当然《あたりまえ》のことで」
岩「なに、武家奉公をすれば当然《あたりまえ》だと、旦那さまが教えたのか」
忠「お教えがなくっても当然《あたりまえ》だよ」
岩「然《そ》ういうことを手前《てめえ》は云うけれども、親父を棄てゝ田舎へ一緒に行けと若旦那やお嬢様は仰しゃる訳はあるめえ」
忠「それは送れとは仰しゃらんのさ、若旦那様や嬢様の仰しゃるには、老《と》る年の親父もあるから、跡に残った方が宜かろう、と云って下すったが、多分にお手当も戴き、形見分けも頂戴し、殊《こと》に五ヶ年も奉公
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