ついて妾と成ったが今のお國で、源次郎と不義をはたらき、恩ある主人の飯島を斬殺《きりころ》し、有金《ありがね》二百六十両に、大小を三腰とか印籠を幾つとかを盗み取り逐電《ちくでん》した人殺しの盗賊《どろぼう》だ、すると後《あと》から忠義の家来|藤助《とうすけ》とか孝助とか云う男が、主人の敵《かたき》を討ちたいと追《おっ》かけて出たそうだ、私の思うのは、あれは君に惚れたのではなく、源次郎が可愛《かあい》いからお前の云う事を聞いたなら、亭主のためになるだろうと心得、身を任せ、相対間男《あいたいまおとこ》ではないかと僕は鑑定するが、今聞けば急に越後へ立つと云い、僕をはいて君独り寝ている処へ源次郎が踏込んでゆすり掛け、二百両位の手切れは取る目算に違《ちげ》えねえが、君は承知かえ、だから君は今夜こゝに泊っていてはいけねえから、僕と一緒に何処《どっ》かへ女郎買に行ってしまい、あいつ等《ら》二人に素股《すまた》を喰わせるとは何《ど》うだえ」
伴「むゝ成程、そうか、それじゃアそうしよう」
と連立《つれだ》ってこゝを立出《たちい》で、鶴屋という女郎屋へ上《あが》り込む。後《あと》へお國と源次郎が笹屋へ来て様子を聞けば、先刻《さっき》帰ったと云うことに二人は萎《しお》れて立帰り、
源「お國もうこうなれば仕方がないから、明日《あした》は己が関口屋へ掛合いに行《ゆ》き、若《も》し向うでしら[#「しら」に傍点]をきった其の時は」
國「私が行って喋りつけ口を明かさずたんまり[#「たんまり」に傍点]とゆすってやろう」
と其の晩は寝てしまいました。翌朝《よくちょう》になり伴藏は志丈を連れて我家《わがや》へ帰り、種々《いろ/\》昨夜《ゆうべ》の惚気《のろけ》など云っている店前《みせさき》へ、
源「お頼ん申す/\」
伴「商人《あきんど》の店先へお頼ん申すと云うのは訝《おか》しいが、誰だろう」
志「大方ゆうべ話した源次郎が来たのかも知れねえ」
伴「そんならお前《めえ》其方《そっち》へ隠れていてくれ」
志「弥々《いよ/\》難かしくなったら飛出そうか」
伴「いゝから引込《ひっこ》んでいなよ……へい/\、少々|宅《うち》に取込《とりこみ》が有りまして店を閉めて居りますが、何か御用ならば店を明けてから願いとうございます」
源「いや買物ではござらん、御亭主に少々御面談いたしたく参ったのだ、一寸《ちょっと》明けてください」
伴「左様でございますか、先《ま》ずお上《あが》り」
源「早朝より罷《まか》り出《い》でまして御迷惑、貴方《あなた》が御主人か」
伴「へい、関口屋伴藏は私《わたくし》でございます、こゝは店先どうぞ奥へお通りくださいまし」
源「然《しか》らば御免を蒙《こう》むる」
と蝋色鞘《ろいろざや》茶柄《ちゃつか》の刀を右の手に下げた儘《まゝ》に、亭主に構わずずっと通り上座《かみざ》に座す。
伴「どなた様でござりますか」
源「これは始めてお目に懸りました、手前は土手下に世帯《しょたい》を持っている宮野邊源次郎と申す粗忽《そこつ》の浪人、家内國|事《こと》、笹屋方にて働女《はたらきおんな》をなし、僅《わずか》な給金にてよう/\其の日を送りいる処、旦那より深く御贔屓を戴くよし、毎度國より承わりおりますれど、何分|足痛《そくつう》にて歩行も成り兼ねますれば、存じながら御無沙汰、重々御無礼をいたした」
伴「これはお初にお目通りをいたしました、伴藏と申す不調法もの幾久しく御懇意を願います、お前様の塩梅《あんばい》の悪いと云う事は聞いていましたが、よくマア御全快、私《わっち》もお國さんを贔屓にするというものゝ、贔屓の引倒しで何《なん》の役にも立ちません、旦那の御新造《ごしんぞ》がねえ、どうも恐れ入った、勿体《もってい》ねえ、馬士《まご》や私のようなものゝ機嫌気づまを取りなさるかと思えば気の毒だ、それがために失礼も度々《たび/\》致しやした」
源「どう致しまして、伴藏さんにちと折入って願いたい事がありますが、私共《わたくしども》夫婦は最早旅費を遣《つか》いなくし、殊《こと》には病中の入費《いりめ》薬礼や何やかやで全く財布《さいふ》の底を払《はた》き、漸《ようや》く全快しましたれば、越後路へ出立したくも如何《いか》にも旅費が乏しく、何《ど》うしたら宜《よ》かろうと思案の側から、女房が関口屋の旦那は御親切のお方ゆえ、泣附いてお話をしたらお見継《みつ》ぎくださる事もあろうとの勧めに任せ参りましたが、どうか路金《ろぎん》を少々拝借が出来ますれば有り難う存じます」
伴「これはどうも、そう貴方のように手を下げて頼まれては面目がありませんが」
と中は幾許《いくら》かしら紙に包んで源次郎の前にさし置き、
伴「ほんの草鞋銭《わらじせん》でございますが、お請取《うけと》り下せえ」
と云われて源次郎は取上げて見れば金千|疋《びき》。
源「これは二両二分、イヤサ御主人、二両二分で越後まで足弱《あしよわ》を連れて行《ゆ》かれると思いなさるか、御親切|序《つい》でにもそっとお恵みが願いたい」
伴「千疋では少ないと仰しゃるなら、幾許《いくら》上げたら宜《よ》いのでございます」
源「どうか百金お恵みを願いたい」
伴「一本え、冗談言っちゃアいけねえ、薪《まき》かなんぞじゃアあるめえし、一本の二本のと転がっちゃアいねえよ、旦那え、こういう事《こた》ア一|体《たえ》此方《こっち》で上げる心持|次第《しでい》のもので、幾許《いくら》かくらと限られるものじゃアねえと思いやす、百両くれろと云われちゃア上げられねえ、又道中もしようで限《きり》のないもの、千両も持って出て足りずに内へ取りによこす者もあり、四百の銭《ぜに》で伊勢参宮をする者もあり、二分の金を持って金毘羅参《こんぴらまい》りをしたと云う話もあるから、旅はどうとも仕様によるものだから、そんな事を云ったって出来はしません、誠に商人《あきんど》なぞは遊んだ金は無いもので、表店《おもてだな》を立派に張って居ても内々《ない/\》は一両の銭に困る事もあるものだ、百両くれろと云っても、そんなに私《わっち》はお前《めえ》さんにお恵みをする縁がねえ」
源「國が別段御贔屓になっているから、兎《と》やかく面倒云わず、餞別として百金貰おうじゃアねえか、何も云わずにサ」
伴「お前《めえ》さんはおつう訝《おか》しな事を云わっしゃる、何かお國さんと私《わっち》と姦通《くッつ》いてでもいるというのか」
源「おゝサ姦夫《まおとこ》の廉《かど》で手切《てぎれ》の百両を取りに来たんだ」
伴「ムヽ私《わっち》が不義をしたが何《ど》うした」
源「黙れ、やい不義をしたとはなんだ、捨て置き難《がた》い奴だ」
と云いながら刀を側へ引寄せ、親指にて鯉口《こいぐち》をプツリと切り、
「此の間から何かと胡散《うさん》の事もあったれど、堪《こら》え/\て是迄|穏便沙汰《おんびんざた》に致し置き、昨晩それとなく國を責めた所、國の申すには、実は済まない事だが貧に迫って止《や》むを得ずあの人に身を任せたと申したから、其の場において手打にしようとは思ったれども、斯《こ》う云う身の上だから勘弁いたし、事|穏《おだや》かに話をしたに、手前《てめえ》の口から不義したと口外されては捨置きがてえ、表向きに致さん」
と哮《たけ》り立って呶鳴ると、
伴「静《しずか》におしなせえ、隣はないが名主のない村じゃアないよ、お前《めえ》さんがそう哮り立って鯉口を切り、私《わっち》の鬢《びん》たを打切《うちき》る剣幕を恐れて、ハイさようならとお金を出すような人間と思うのは間違《まちげ》えだ、私なんぞは首が三ツあっても足りねえ身体だ、十一の時から狂い出して、脱《ぬ》け参《めえ》りから江戸へ流れ、悪いという悪い事は二三の水出し、遣《や》らずの最中《もなか》、野天丁半《のでんちょうはん》の鼻《はな》ッ張《ぱ》り、ヤアの賭場《どば》まで逐《お》って来たのだ、今は胼《ひゞ》皹《あかぎれ》を白足袋《しろたび》で隠し、なまぞらを遣《つか》っているものゝ、悪い事はお前より上だよ、それに又|姦夫々々《まおとこ/\》というが、あの女は飯島平左衞門様の妾で、それとお前がくッついて殿様を殺し、大小や有金《ありがね》を引攫《ひっさら》い高飛《たかとび》をしたのだから、云わばお前も盗みもの、それにお國も己なんぞに惚れたはれたのじゃなく、お前が可愛いばッかりで、病気の薬代《やくだい》にでもする積りで此方《こっち》に持ち掛けたのを幸いに、己もそうとは知りながら、ツイ男のいじきたな、手を出したのは此方の過《あやま》りだから、何も云わずに千疋を出し、別段|餞別《はなむけ》にしようと思い、これ此の通り廿五両をやろうと思っている処、一本よこせと云われちゃア、どうせ細《ほそ》った首だから、素首《そっくび》が飛んでも一文もやれねえ、それにお前よく聞きねえ、江戸|近《ぢか》のこんな所にまご/\していると危ねえぜ、孝助とかゞ主人の敵《かたき》だと云ってお前を狙っているから、お前の首が先へ飛ぶよ、冗談じゃアねえ」
と云われて源次郎は途胸《とむね》を突いて大いに驚き、
源「さような御苦労人とも知らず、只の堅気《かたぎ》の旦那と心得、威《おど》して金を取ろうとしたのは誠に恐縮の至り、然《しか》らば相済みませんが、これを拝借願います」
伴「早く行《ゆ》きなせえ、危険《けんのん》だよ」
源「さようならお暇《いとま》申します」
伴「跡をしめて行ってくんな」
志丈は戸棚より潜《もぐ》り出し、
志「旨かったなア、感服だ、実に感服、君の二三の水出し、やらずの最中《もなか》とは感服、あゝ何《ど》うもそこが悪党、あゝ悪党」
これより伴藏は志丈と二人連れ立って江戸へ参り、根津の清水の花壇より海音如来の像を掘出す処から、悪事露顕の一|埓《らつ》はこの次までお預りに致しましょう。
十九
引続きまする怪談牡丹灯籠のお話は、飯島平左衞門の家来孝助は、主人の仇《あだ》なる宮野邊源次郎お國の両人が、越後の村上へ逃げ去りましたとのことゆえ、跡を追って村上へまいり、諸方を詮議致しましたが、とんと両人の行方が分りませんで、又我が母おりゑと申す者は、内藤紀伊守《ないとうきいのかみ》の家来にて、澤田右衞門《さわだうゑもん》の妹《いもと》にて、十八年以前に別れたが、今も無事でいられる事か、一目お目に懸りたい事と、段々御城中の様子を聞合《きゝあわ》せまする処、澤田右衞門夫婦は疾《とく》に相果て、今は養子の代に相成って居《お》る事ゆえ母の行方さえとんと分らず、止《や》むを得ず此処《こゝ》に十日ばかし、彼処《あすこ》に五日逗留いたし、彼方此方《あちこち》と心当りの処《ところ》を尋ね、深く踏込んで探って見ましたけれども更に分らず、空《むな》しく其の年も果て、翌年に相成って孝助は越後路から信濃路へかけ、美濃路へかゝり探しましたが一向に分らず、早《は》や主人の年囘《ねんかい》にも当る事ゆえ、一度江戸へ立帰らんと思い立ち、日数《ひかず》を経て、八月三日江戸表へ着《ちゃく》いたし、先《ま》ず谷中の三崎村なる新幡随院へ参り、主人の墓へ香花《こうげ》を手向《たむ》け水を上げ、墓原《はかはら》の前に両手を突きまして、
孝「旦那様|私《わたくし》は身|不肖《ふしょう》にして、未《ま》だ仇《あだ》たるお國源次郎に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》り逢わず、未だ本懐は遂げませんが、丁度旦那様の一周忌の御年囘に当りまする事ゆえ、此の度《たび》江戸表へ立帰り、御法事御供養をいたした上、早速又|敵《かたき》の行方を捜しに参りましょう、此の度は方角を違え、是非とも穿鑿《せんさく》を遂げまするの心得、何卒《なにとぞ》草葉の蔭からお守りくださって、一時《いっとき》も早く仇の行方の知れまするようにお守り下されまし」
と生きたる主人に物云う如く恭《うや/\》しく拝《はい》を遂げましてから、新幡随院の玄関に掛りまして、
「お頼み申します/\」
取次「どウれ、はア何方《どちら》からお出《い》でだな」
孝「手前は元牛込の飯島平左
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