を百両私におくれ、これだけの身代になったのは誰のお蔭《かげ》だ、お互にこゝまでやったのじゃアないか」
伴「恵比須講の商いみたように大した事をいうな、静かにしろ」
みね「云ったっていゝよ、本当にこれまで互に跣足《はだし》になって一生懸命に働いて、萩原様の所にいる時も、私は煮焚《にたき》掃除や針仕事をし、お前は使《つかい》はやまをして駈《かけ》ずりまわり、何うやら斯うやらやっていたが、旨い酒も飲めないというから、私が内職をして、偶《たま》には買って飲ませたりなんどして、八年|以来《このかた》お前のためには大層苦労をしているんだア、それを何《なん》だえ、荒物屋の旦那だとえ、御大層らしい、私ゃア今こう成ったッても、昔の事を忘れない為に、今でもこうやって木綿物を着て夜延《よなべ》をしている位なんだ、それにまだ一昨年《おとゝし》の暮だっけ、お前が鮭《しゃけ》のせんばいでお酒を飲みてえものだというから……」
伴「静《しずか》にしろ、外聞《げえぶん》がわりいや、奉公人に聞えてもいけねえ」
みね「いゝよ私ゃア云うよ、云いますよ、それから貧乏世帯を張っていた事だから、私も一生懸命に三晩《みばん》寝ないで夜延をして、お酒を三合買って、鮭のせんばいで飲ませてやった時お前は嬉しがって、其の時何と云ったい、持つべきものは女房だと云って喜んだ事を忘れたかい」
伴「大きな声をするな、それだから己はもう彼処《あすこ》へ行かないというに」
みね「大きな声をしたっていゝよ、お前はお國さんの処《ところ》へお出《い》でよ、行ってもいゝよ、お前の方で余《あんま》り大きな事を云うじゃアないか」
と尚々《なお/\》大きな声を出すから、伴藏は
「オヤこの阿魔」
といいながら拳《こぶし》を上げて頭を打《う》つ、打たれておみねは哮《たけ》り立ち、泣声を振り立て、
みね「何を打《ぶ》ちやアがるんだ、さア百両の金をおくれ、私ゃア出て参りましょう、お前は此の栗橋から出た人だから身寄もあるだろうが、私は江戸生れで、斯《こ》んな所へ引張《ひっぱ》られて来て、身寄|親戚《たより》がないと思っていゝ気に成って、私が年を取ったもんだから女狂いなんぞはじめ、今になって見放されては喰方《くいかた》に困るから、これだけ金をおくれ、出て往《い》きますから」
伴「出て往《ゆ》くなら出て往くがいゝが、何も貴様に百両の金を遣《や》るという因縁がねいやア」
みね「大層なことをお云いでないよ、私が考え付いた事で、幽霊から百両の金を貰ったのじゃないか」
伴「こら/\静《しずか》にしねえ」
みね「云ったっていゝよ、それから其の金で取りついて斯う成ったのじゃアないかそればかりじゃアねえ、萩原様を殺して海音如来のお像を盗み取って、清水の花壇の中へ埋めて置いたじゃアないか」
伴「静にしねえ、本当に気違《きちげ》えだなア、人の耳へでも入ったら何《ど》うする」
みね「私ゃア縛られて首を切られてもいゝよ、そうするとお前も其の儘《まゝ》じゃア置かないよ、百両おくれ、私ゃア別に成りましょう」
伴「仕様が無《ね》えな、己が悪かった、堪忍してくれ、そんなら是迄お前《めえ》と一緒になってはいたが、おれに愛想《あいそう》が尽きたなら此の宅《うち》はすっかりとお前にやってしまわア、と云うと、なにか己があの女でも一緒に連れて何処《どこ》かへ逃げでもすると思うだろうが、段々様子を聞けば、あの女は何か筋の悪い女だそうだから、もう好加減《いゝかげん》に切りあげる積り、それともこゝの家《うち》を二百両にでも三百両にでもたゝき売って仕舞って、お前を一緒に連れて越後の新潟あたりへ身を隠し、もう一と花咲かせ巨《でっ》かくやりてえと思うんだが、お前|最《も》う一度|跣足《はだし》になって苦労をしてくれる気はねえか」
みね「私だって無理に別れたいと云う訳でもなんでもありませんが、今に成ってお前が私を邪慳《じゃけん》にするものだから、そうは云ったものゝ、八年|以来《このかた》連添っていたものだから、お前が見捨てないと云う事なら、何処《どこ》までも一緒に行こうじゃアないか」
伴「そんなら何も腹を立てる事はねえのだ、これから中直《なかなお》りに一|杯《ぺい》飲んで、両人《ふたり》で一緒に寝よう」
と云いながらおみねの手首を取って引寄せる。
みね「およしよ、いやだよウ」
川柳《せんりゅう》に「女房の角を□□□でたゝき折り」で忽《たちま》ち中も直りました。それから翌日は伴藏がおみねに好きな衣類《きもの》を買って遣《や》るからというので、幸手へまいり、呉服屋で反物《たんもの》を買い、こゝの料理屋でも一杯やって両人《ふたり》連れ立ち、もう帰ろうと幸手を出て土手へさしかゝると、伴藏が土手の下へ降りに掛るから、
みね「旦那、どこへ行《ゆ》くの」
伴「実は江戸へ仕入《しいれ》に行った時に、あの海音如来の金無垢《きんむく》のお守を持って来て、此処《こゝ》へ埋めて置いたのだから、掘出《ほりだ》そうと思って来たんだ」
みね「あらまアお前はそれまで隠して私に云わないのだよ、そんなら早く人の目つまにかゝらないうちに掘ってお仕舞いよ」
伴「これは掘出して明日《あした》古河《こが》の旦那に売るんだ、何《なん》だか雨がポツ/\降って来たようだな、向うの渡し口の所からなんだか人が二人ばかり段々こっちの方へ来るような塩梅《あんべい》だから、見ていてくんねえ」
みね「誰も来《き》やアしないよ、どこへさ」
伴「向うの方へ気を付けろ」
という。向うは往来《おうらい》が三叉《みつまた》になっておりまして、側《かた》えは新利根《しんとね》大利根《おおとね》の流《ながれ》にて、折《おり》しも空はどんよりと雨もよう、幽《かす》かに見ゆる田舎家《いなかや》の盆灯籠《ぼんどうろう》の火もはや消えなんとし、往来《ゆきゝ》も途絶《とだ》えて物凄《ものすご》く、おみねは何心《なにごゝろ》なく向うの方へ目をつけている油断を窺《うかゞ》い、伴藏は腰に差したる胴金造《どうかねづく》りの脇差を音のせぬように引《ひっ》こ抜き、物をも云わず背後《うしろ》から一生懸命力を入れて、おみねの肩先目がけて切り込めば、キャッとおみねは倒れながら伴藏の裾《すそ》にしがみ付き、
みね「それじゃアお前は私を殺して、お國を女房に持つ気だね」
伴「知れた事よ、惚れた女を女房に持つのだ、観念しろ」
と云いさま、刀を逆手《さかて》に持直し、貝殻骨《かいがらぼね》のあたりから乳の下へかけ、したゝかに突込《つきこ》んだれば、おみねは七顛八倒の苦しみをなし、おのれ其の儘《まゝ》にして置こうかと、又も裾へしがみつく。伴藏は乗掛《のしかゝ》って止《とゞ》めを刺したから、おみねは息が絶えましたが、何《ど》うしてもしがみついた手を放しませんから、脇差にて一本々々指を切り落し、漸《ようや》く刀を拭《ぬぐ》い、鞘《さや》に納め、跡をも見ず飛ぶが如くに我家《わがや》に立帰り、慌《あわたゞ》しく拳《こぶし》をあげて門《かど》の戸を打叩《うちたゝ》き、
伴「文助、一寸《ちょっと》こゝを明けてくれ」
文「旦那でございますか、へいお帰り遊ばせ」
と表の戸を開く。伴藏ズッと中《うち》に入り、
伴「文助や、大変だ、今土手で五人の追剥《おいはぎ》が出て己の胸《むな》ぐらを掴《つか》まえたのを、払って漸く逃げて来たが、おみねは土手下へ降りたから、悪くすると怪我をしたかも知れない、何《ど》うも案じられる、どうか皆《みんな》一緒に行って見てくれ」
というので奉公人一同大いに驚き、手に/\半棒《はんぼう》栓張棒《しんばりぼう》なぞ携《たずさ》え、伴藏を先に立て土手下へ来て見れば、無慙《むざん》やおみねは目も当てられぬように切殺されていたから、伴藏は空涙《そらなみだ》を流しながら、
伴「あゝ可愛相な事をした、今一ト足早かったら、斯《こ》んな非業な死はとらせまいものを」
と嘘を遣《つか》い、人を走《は》せて其の筋へ届け、御検屍《ごけんし》もすんで家《うち》に引取り、何事もなく村方へ野辺の送りをしてしまいましたが、伴藏が殺したと気が付くものは有りません。段々|日数《ひかず》も立って七日目の事ゆえ、伴藏は寺参りをして帰って来ると、召使のおますという三十一歳になる女中が俄《にわか》にがた/\と慄《ふる》えはじめて、ウンと呻《うな》って倒れ、何か譫言《うわこと》を云って困ると番頭がいうから、伴藏が女の寝ている所へ来て、
伴「お前《めえ》どんな塩梅《あんべい》だ」
ます「伴藏さん貝殻骨から乳の下へ掛けてズブ/\と突《つき》とおされた時の痛かったこと」
文「旦那様変な事を云いやす」
伴「おます、気を慥《たし》かにしろ、風でも引いて熱でも出たのだろうから、蒲団《ふとん》を沢山《たんと》かけて寝かしてしまえ」
と夜着《よぎ》を掛けるとおますは重い夜着や掻巻《かいまき》を一度にはね退《の》けて、蒲団の上にちょんと坐り、じいッと伴藏の顔を睨《にら》むから、
文「変な塩梅《あんべい》ですな」
伴「おます、確《しっ》かりしろ、狐にでも憑《つ》かれたのじゃアないか」
ます「伴藏さん、こんな苦しい事はありません、貝殻骨のところから乳のところまで脇差の先が出るほどまで、ズブ/\と突かれた時の苦しさは、何《なん》とも彼《か》とも云いようがありません」
と云われて伴藏も薄気味悪くなり、
伴「何を云うのだ、気でも違いはしないか」
ます「お互に斯《こ》うして八年|以来《このかた》貧乏世帯を張り、やッとの思いで今はこれ迄になったのを、お前は私を殺してお國を女房にしようとは、マア余《あんま》り酷《ひど》いじゃアないか」
伴「これは変な塩梅《あんべい》だ」
と云うものゝ、腹の内では大いに驚き、早く療治をして直したいと思う所へ、此の節幸手に江戸から来ている名人の医者があるというから、それを呼ぼうと、人を走《は》せて呼びに遣《や》りました。
十八
伴藏は女房が死んで七日目に寺参りから帰った其の晩より、下女のおますが訝《おか》しな譫言《うわこと》を云い、幽霊に頼まれて百両の金を貰い、是迄の身代に取付いたの、萩原新三郎様を殺したの、海音如来のお守を盗み出し、根津の清水の花壇の中へ埋《うず》めたなどゝ喋《しゃべ》り立てるに、奉公人たちは何《なん》だか様子の分らぬ事ゆえ、只《たゞ》馬鹿な譫語《うわこと》をいうと思っておりましたが、伴藏の腹の中では、女房のおみねが己に取り付く事の出来ない所から、此の女に取付《とッつ》いて己の悪事を喋らせて、お上《かみ》の耳に聞えさせ、おれを召捕《めしと》り、お仕置《しおき》にさせて怨《うら》みをはらす了簡に違いなし、あの下女さえいなければ斯様《かよう》な事もあるまいから、いっそ宿元《やどもと》へ下げて仕舞おうか、いや/\待てよ、宿へ下げ、あの通りに喋られては大変だ、コリャうっかりした事は出来ないと思案にくれている処へ、先程幸手へ使《つかい》に遣《や》りました下男の仲助《なかすけ》が、医者同道で帰って来て、
男「旦那只今|帰《けえ》りやした、江戸からお出《い》でなすったお上手なお医者様だそうだがやっと願いやして御一緒に来てもらいやした」
伴「これは/\御苦労さま、手前方は斯《こ》う云う商売柄店も散らかっておりますから、先《ま》ず此方《こちら》へお通り下さいまし」
と奥の間へ案内をして上座《かみざ》に請《しょう》じ、伴藏は慇懃《いんぎん》に両手をつかえ、
伴「初めましてお目通りを致します、私《わたくし》は関口屋伴藏と申します者、今日《こんにち》は早速の御入《おいり》で誠に御苦労様に存じまする」
医「はい/\初めまして、何か急病人の御様子、ハヽアお熱で、変な譫語《うわこと》などを云うと」
と言いながら不図《ふと》伴藏を見て、
「おや、これは誠に暫《しば》らく、これはどうも誠にどうも、どうなすって伴藏さん、先《ま》ず一別以来相変らず御機嫌宜しく、どうもマア図《はか》らざるところでお目に懸りました、これは君の御新宅《ごしんたく》かえ、恐入ったねえ、併《しか》し君は斯《か》
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