いから、是非なく、今晩二人の不義者を殺し、其の場を去らず切腹なし、殿様の難義をお救い申そうと思うた事は※[#「易+鳥」、第4水準2−94−27]《いすか》の嘴《はし》と喰違《くいちが》い、とんでもない間違をいたしました、主人の為に仇《あだ》を討とうと思ったに、却《かえ》って主人を殺すとは神も仏もない事か、何《なん》たる因果な事であるか、殿様御免遊ばせ」
 と飛石へ両手をつき孝助は泣き転がりました。飯島は苦痛を堪《こら》えながら、
飯「あゝ/\不束《ふつゝか》なる此の飯島を主人と思えばこそ、それ程までに思うてくれる志|忝《かたじけ》ない、なんぼ敵《かたき》同士とは云いながら現在汝の槍先に命を果すとは輪廻応報《りんねおうほう》、あゝ実に殺生は出来んものだなア」
孝「殿様敵同士とは情ない、何《なん》で私《わたくし》は敵同志でございますの」
飯「其の方が当家へ奉公に参ったは三月廿一日、其の時|某《それがし》非番にて貴様の身の上を尋ねしに、父は小出の藩中にて名をば黒川孝藏と呼び、今を去る事十八年前、本郷三丁目藤村屋新兵衞という刀屋の前にて、何者とも知れず人手に罹《かゝ》り、非業の最期を遂げたゆえ、親の敵《かたき》を討ちたいと、若年の頃より武家奉公を心掛け、漸々《よう/\》の思いで当家へ奉公|住《ずみ》をしたから、どうか敵の討てるよう剣術を教えて下さいと手前の物語りをした時、恟《びっく》りしたというは、拙者がまだ平太郎と申し部屋住の折《おり》、彼《か》の孝藏と聊《いさゝか》の口論がもとゝなり、切捨てたるはかく云う飯島平左衞門であるぞ」
 と云われて孝助は唯《たゞ》へい/\とばかりに呆れ果て、張詰めた気もひょろぬけて腰が抜け、ペタ/\と尻もちを突き、呆気に取られて、飯島の顔を打眺《うちなが》め、茫然として居りましたが、暫《しばら》くして、
孝「殿様そう云う訳なれば、なぜ其の時にそう云っては下さいません、お情のうございます」
飯「現在親の敵と知らず、主人に取って忠義を尽す汝の志、殊《こと》に孝心深きに愛《め》で、不便《ふびん》なものと心得、いつか敵と名告《なの》って汝に討たれたいと、さま/″\に心痛いたしたなれど、苟《かりそ》めにも一旦主人とした者に刃向《はむか》えば主殺《しゅうごろ》しの罪は遁《のが》れ難し、されば如何《いか》にもして汝をば罪に落さず、敵と名告り討たれたいと思いし折から、相川より汝を養子にしたいとの所望《しょもう》に任せ、養子に遣《つか》わし、一人前の侍となして置いて仇《かたき》と名告り討たれんものと心組んだる其の処《ところ》へ、國と源次郎めが密通したを怒《いか》って、二人の命を絶たんとの汝の心底、最前庭にて錆槍を磨《と》ぎし時より暁《さと》りしゆえ、機を外《はず》さず討たれんものと、態《わざ》と源次郎の容《かたち》をして見違えさせ、槍で突かして孝心の無念をこゝに晴《はら》させんと、かくは計らいたる事なり、今汝が錆槍にて脾腹を突かれし苦痛より、先の日汝が手を合せ、親の敵の討てるよう剣術を教えてくだされと、頼まれた時のせつなさは百倍|増《まし》であったるぞ、定めて敵を討ちたいだろうが、我が首を切る時は忽《たちま》ち主殺しの罪に落ちん、されば我|髷《まげ》をば切取って、之《これ》にて胸をば晴し、其の方は一先《ひとまず》こゝを立退《たちの》いて、相川新五兵衞方へ行《ゆ》き密々《みつ/\》に万事相談致せ、此の刀は先《さき》つ頃藤村屋新兵衞方にて買わんと思い、見ているうちに喧嘩となり、汝の父を討ったる刀、中身は天正助定なれば、是を汝に形見として遣《つか》わすぞ、又此の包《つゝみ》の中《うち》には金子百両と悉《くわ》しく跡方《あとかた》の事の頼み状、これを披《ひら》いて読下《よみくだ》せば、我が屋敷の始末のあらましは分る筈、汝いつまでも名残《なごり》を惜しみて此所《こゝ》にいる時は、汝は主殺《しゅうころし》の罪に落るのみならず、飯島の家は改易となるは当然《あたりまえ》、此の道理を聞分けて疾《と》く参れ」
孝「殿様、どんな事がございましょうとも此の場は退《の》きません、仮令《たとえ》親父《おやじ》をお殺しなさりょうが、それは親父が悪いから、かくまで情《なさけ》ある御主人を見捨てゝ他《わき》へ立退《たちの》けましょうか、忠義の道を欠く時は矢張《やはり》孝行は立たない道理、一旦主人と頼みしお方を、粗相《そそう》とは云いながら槍先にかけたは私《わたくし》の過《あやま》り、お詫《わび》の為に此の場にて切腹いたして相果てます」
飯「馬鹿な事を申すな、手前に切腹させる位なら飯島はかくまで心痛はいたさぬわ、左様な事を申さず早く往《ゆ》け、もし此の事が人の耳に入《い》りなば飯島の家に係わる大事、悉《くわ》しい事は書置《かきおき》に有るから早く行《ゆ》かぬか、これ孝助、一旦|主従《しゅうじゅう》の因縁を結びし事なれば、仇《あだ》は仇恩は恩、よいか一旦仇を討ったる後《あと》は三|世《せ》も変らぬ主従と心得てくれ、敵同士でありながら汝の奉公に参りし時から、どう云う事か其の方《ほう》が我が子のように可愛くてなア」
 と云われ孝助は、おい/\と泣きながら、
孝「へい/\、これまで殿様の御丹誠を受けまして、剣術といい槍といい、なま兵法に覚えたが今日|却《かえ》って仇となり、腕が鈍くば斯《か》くまでに深くは突かぬものであったに、御勘弁なすってくださいまし」
 と泣き沈む。
飯「これ早く往け、往かぬと家は潰《つぶ》れるぞ」
 と急《せ》き立てられ、孝助は止むを得ず形見の一刀腰に打込み、包を片手に立上り、主人の命《めい》に随って脇差抜いて主人の元結《もとゆい》をはじき、大地へ慟《どう》と泣伏《なきふ》し、
孝「おさらばでございます」
 と別れを告げてこそ/\門を出て、早足に水道端なる相川の屋敷に参り。
孝「お頼ん申します/\」
相「善藏や誰《たれ》か門を叩くようだ、御廻状《ごかいじょう》が来たのかも知らん、一寸《ちょっと》出ろ、善藏や」
善「へい/\」
相「何《なん》だ、返事ばかりしていてはいかんよ」
善「只今明けます、只今、へい真暗《まっくら》でさっぱり訳がわからない、只今々々、へい/\、どっちが出口だか忘れた」
 コツリと柱で頭を打《ぶ》ッつけ、アイタアイタヽヽヽと寝惚眼《ねぼけまなこ》をこすりながら戸を開《ひら》いて表へ立出《たちい》で、
善「外の方がよっぽど明るいくらいだ、へい/\どなた様でございます」
孝「飯島の家来孝助でございますが、宜《よろ》しくお取次を願います」
善「御苦労様でございます、只今明けます」
 と石の吊してある門をがッたん/\と明ける。
孝「夜中《やちゅう》上《あが》りまして、おしずまりに成った処《ところ》を御迷惑をかけました」
善「まだ殿様はおしずまりなされぬようで、まだ御本《ごほん》のお声が聞えますくらい、先《ま》ずお這入《はい》り」
 と内へ入れ、善藏は奥へ参り、
善「殿様、只今飯島様の孝助様が入《いら》っしゃいました」
相「それじゃアこれへ、アレ、コリャ善藏寝惚てはいかん、これ蚊帳の釣手を取って向うの方へやって置け、これ馬鹿何を寝惚ているのだ、寝ろ/\、仕方のない奴」
 と呟《つぶや》きながら玄関まで出迎え、
「これは孝助殿、さア/\お上《あが》り、今では親子の中何も遠慮はいらない、ズッと上れ」
 と座敷へ通し、
相「さて孝助殿、夜中《やちゅう》のお使《つかい》定めて火急の御用だろう、承りましょう、えゝ何《ど》う云う御用か、何《なん》だ泣いているな、男が泣くくらいではよく/\な訳だろうが、どうしたんだ」
孝「夜中上り恐れ入りますが、不思議の御縁、御当家様の御所望に任せ、主人得心の上|私《わたくし》養子のお取極《とりきめ》はいたしましたが、深い仔細がございまして、どうあっても遠国へ参らんければなりませんゆえ、此の縁談は破談と遊ばして、どうか外々《ほか/\》から御養子をなされて下さいませ」
相「はいナア成程よろしい、お前が気に入らなければ仕方が無いねえ、高は少なし、娘は不束《ふつゝか》なり、舅《しゅうと》は此の通りの粗忽家《そゝッかしや》で一つとして取り所がない、だが娘がお前の忠義を見抜いて煩《わずら》うまでに思い込んだもんだから、殿様にも話し、お前の得心の上取極めた事であるのを、お前一人来て破縁をしてくれろと云ってもそれは出来ないな、殿様が来てお取極めになったのを、お前一人で破るには、何か趣意がなければ破れまい、左様じゃござらんか、どう云う訳だか次第を承わりましょう、娘が気に入らないのか、舅が悪いのか、高が不足なのか、何《な》んだ」
孝「決してそういう訳ではございません」
相「それじゃアお前は飯島様を失錯《しくじ》りでもしたか、どうも尋常《たゞ》の顔付ではない、お前は根が忠義の人だから、しくじってハッと思い、腹でも切ろうか、遠方へでも行《い》こうと云うのだろうが、そんな事をしてはいかん、しくじったなら私《わたくし》が一緒に行って詫をしてやろう、もうお前は結納まで取交《とりかわ》せをした事だから、内の者、云い付けて、孝助どのとは云わせず、孝助様と呼ばせるくらいで、云わば内の忰《せがれ》を来年の二月婚礼を致すまで、先の主人へ預けて置くのだ、少し位《ぐらい》の粗相が有ったッてしくじらせる事があるものか、と不理窟をいえばそんなものだが、マア一緒に行こう、行ってやろう」
孝「いえ、そう云う訳ではございません」
相「何だ、それじゃアどう云う訳だ」
孝「申すに申し切れない程な深い訳がございまして」
相「はゝア分った、宜しい、そう有るべき事だろう、どうもお前のような忠義もの故、飯島様が相川へ行ってやれ、ハイと主命を背《そむ》かず答《こたえ》はしたものゝ、お前の器量だから先に約束をした女でもあるのだろう、所が今度の事を其の女が知って私が先約だから是非とも女房にしてくれなければ主人に駆込んで此の事を告げるとか、何とか云い出したもんだから、お前はハッと思い、其の事が主人へ知れては相済まん、それじゃアお前を一緒に連れて遠国へ逃げようと云うのだろう、なに一人ぐらいの妾はあっても宜しい、お頭《かしら》へ一寸《ちょっと》届けて置けば仔細はない、尤《もっと》もの事だ、娘は表向の御新造《ごしんぞ》として、内々《ない/\》の処《ところ》は其の女を御新造として置いてもいゝ、私《わたくし》が取る分|米《まい》を其の女にやりますから宜しい、私《わたくし》が行って其の女に逢って頼みましょう、其の女は何者じゃ、芸者か何《な》んだ」
孝「そんな事ではございません」
相「それじゃア何んだよ、エイ何んだ」
孝「それではお話をいたしまするが、殿様は負傷《ておい》でいます」
相「ナニ負傷で、何故《なぜ》早く云わん、それじゃア狼藉者《ろうぜきもの》が忍び込み、飯島が流石《さすが》手者《てしゃ》でも多勢《たぜい》に無勢《ぶぜい》、切立《きりた》てられているのを、お前が一方を切抜けて知らせに来たのだろう、宜しい、手前は剣術は知らないが、若い時分に学んで槍は少々心得ておる、参ってお助太刀をいたそう」
孝「さようではございません、実は召使の國と隣の源次郎が疾《とう》から密通をして」
相「へい、やっていますか、呆れたものだ、そういえばちら/\そんな噂もあるが、恩人の思いものをそんな事をして憎い奴だ、人非人《にんぴにん》ですねえ、それから/\」
孝「先月の廿一日、殿様お泊番《とまりばん》の夜《よ》に、源次郎が密《ひそ》かにお國の許《もと》へ忍び込み、明日《みょうにち》中川にて殿様を舟から突落し殺そうとの悪計《わるだく》みを、私《わたくし》が立聞《たちぎゝ》をした所から、争いとなりましたが、此方《こちら》は悲しいかな草履取の身の上、向うは二男の勢《いきおい》なれば喧嘩は負《まけ》となったのみならず、弓の折にて打擲《ちょうちゃく》され、額に残る此の疵《きず》も其の時打たれた疵でございます」
相「不届至極な奴だ、お前なぜ其の事を直《すぐ》に御主人に云わないのだ」
孝「申そうとは思いましたが、私《
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