大《たい》したものだ、百両や二百両は堅いものだ」
みね「そうかえ、まア二百両あれば、お前と私と二人ぐらいは一生楽に暮すことが出来るよ、それだからねえ、お前一生懸命でおやりよ」
伴「やるともさ、だが併《しか》し首にかけているのだから、容易に放すまい、何《ど》うしたら宜《よ》かろうナ」
みね「萩原様は此の頃お湯にも入らず、蚊帳《かや》を吊りきりでお経を読んでばかりいらっしゃるものだから、汗臭いから行水をお遣《つか》いなさいと云って勧《すゝ》めて使わせて、私が萩原様の身体を洗っているうちにお前がそっとお盗みな」
伴「成程|旨《うめ》えや、だが中々外へは出まいよ」
みね「そんなら座敷の三畳の畳を上げて、あそこで遣わせよう」
 と夫婦いろ/\相談をし、翌日湯を沸かし、伴藏は萩原の宅《うち》へ出掛けて参り、
伴「旦那え、今日は湯を沸かしましたから行水をお遣いなせえ、旦那をお初《はつ》に遣わせようと思って」
新「いや/\行水はいけないよ、少し訳があって行水は遣えない」
みね「旦那此の熱いのに行水を遣わないで毒ですよ、お寝衣《ねめし》も汗でビッショリになって居りますから、お天気ですから宜《よ》うございますが、降りでもすると仕方がありません、身体のお毒になりますからお遣いなさいよ」
新「行水は日暮方表で遣うもので、私《わたくし》は少し訳があって表へ出る事の出来ない身分だからいけないよ」
伴「それじゃアあすこの三畳の畳を上げてお遣《つけ》えなせえ」
新「いけないよ、裸になる事だから、裸になる事は出来ないよ」
伴「隣の占者《うらない》の白翁堂先生がよくいいますぜ、何《なん》でも穢《きたな》くして置くから病気が起ったり幽霊や魔物などが這入《はい》るのだ、清らかにしてさえ置けば幽霊なぞは這入られねえ、じゞむさくして置くと内から病が出る、又穢くして置くと幽霊がへいって来ますよ」
新「穢くして置くと幽霊が這入って来るか」
伴「来る所《どころ》じゃアありません両人《ふたり》で手を引いて来ます」
新「それでは困る、内で行水を遣うから三畳の畳を上げてくんな」
 というから、伴藏夫婦はしめたと思い、
伴「それ盥《たらい》を持って来て、手桶《ておけ》へホレ湯を入れて来い」
 などと手早く支度をした。萩原は着物を脱ぎ捨て、首に掛けているお守《まもり》を取りはずして伴藏に渡し、
新「これは勿体《もったい》ないお守だから、神棚へ上げて置いてくんな」
伴「へい/\、おみね、旦那の身体を洗って上げな、よく丁寧《ていねい》にいゝか」
みね「旦那様|此方《こちら》の方をお向きなすっちゃアいけませんよ、もっと襟《えり》を下の方へ延ばして、もっとズウッと屈《こゞ》んでいらっしゃい」
 と襟を洗う振《ふり》をして伴藏の方を見せないようにしている暇《ひま》に、伴藏は彼《か》の胴巻をこき、ズル/\と出して見れば、黒塗《くろぬり》光沢消《つやけ》しのお厨子《ずし》で、扉を開《ひら》くと中はがたつくから黒い絹で包《くる》んであり、中には丈《たけ》四寸二分、金無垢《きんむく》の海音如来、そっと懐中へ抜取《ぬきと》り、代り物がなければいかぬと思い、予《か》ねて用心に持って来た同じような重さの瓦の不動様を中へ押込《おしこ》み、元の儘《まゝ》にして神棚へ上げ置き、
伴「おみねや長いのう、余《あんま》り長く洗っているとお逆上《のぼせ》なさるから、宜《い》い加減にしなよ」
新「もう上がろう」
 と身体を拭《ふ》き、浴衣《ゆかた》を着、あゝ宜《い》い心持《こゝろもち》になった。と着た浴衣は経帷子《きょうかたびら》、使った行水は湯灌《ゆかん》となる事とは、神ならぬ身の萩原新三郎は、誠に心持よく表を閉めさせ、宵《よい》の内から蚊帳《かや》を吊り、其の中で雨宝陀羅尼経《うほうだらにきょう》を頻《しき》りに読んで居ります。此方《こちら》は伴藏夫婦は、持ちつけない品を持ったものだからほく/\喜び、宅《うち》へ帰りて、
みね「お前立派な物だねえ、中々高そうな物だよ」
伴「なに己《お》らたちには何《なん》だか訳が分らねえが、幽霊は此奴《こいつ》があると這入《へい》られねえという程な魔除《まよけ》のお守《まもり》だ」
みね「ほんとうに運が向いて来たのだねえ」
伴「だがのう、此奴《こいつ》があると幽霊が今夜百両の金を持って来ても、己《おれ》の所へ這入《へい》る事が出来めえが、是にゃア困った」
みね「それじゃアお前出掛けて行って、途中でお目に懸ってお出《い》でな」
伴「馬鹿ア云え、そんな事が出来るものか」
みね「どっかへ預けたら宜《よ》かろう」
伴「預けなんぞして、伴藏の持物《もちもの》には不似合だ、何《ど》ういう訳でこんな物を持っていると聞かれた日にゃア盗んだ事が露顕して、此方《こっち》がお仕置《しおき》に成ってしまわア、又質に置くことも出来ず、と云って宅《うち》へ置いて、幽霊が札が剥がれたから萩原様の窓から這入《へい》って、萩原様を喰殺《くいころ》すか取殺《とりころ》した跡をあらためた日にゃア、お守が身体にないものだから、誰《たれ》か盗んだに違《ちげ》えねえと詮議になると、疑《うたぐ》りのかゝるは白翁堂か己《おれ》だ、白翁堂は年寄の事で正直者だから、此方《こっち》はのっけ[#「のっけ」に傍点]に疑ぐられ、家捜《やさが》しでもされてこれが出ては大変だから何《ど》うしよう、これを羊羹箱《ようかんばこ》か何かへ入れて畑へ埋めて置き、上へ印の竹を立てゝ置けば、家捜しをされても大丈夫だ、そこで一旦身を隠して、半年か一年も立って、ほとぼりの冷めた時分|帰《けえ》って来て掘出《ほりだ》せば大丈夫知れる気遣《きづかい》はねえ」
みね「旨い事ねえ、そんなら穴を深く掘って埋めてお仕舞いよ」
 と、直《すぐ》に伴藏は羊羹箱の古いのに彼《か》の像を入れ、畑へ持出《もちだ》し土中《どちゅう》へ深く埋めて、其の上へ目標《めじるし》の竹を立置《たてお》き立帰《たちかえ》り、さアこれから百両の金の来るのを待つばかり、前祝いに一杯やろうと夫婦|差向《さしむか》いで互《たがい》に打解《うちと》け酌交《くみかわ》し、最《も》う今に八ツになる頃だからというので、女房は戸棚へ這入《はい》り、伴藏一人酒を飲んで待っているうちに、八ツの鐘が忍ヶ岡に響いて聞えますと、一|際《きわ》世間がしんと致し、水の流れも止り、草木も眠るというくらいで、壁にすだく蟋蟀《こおろぎ》の声も幽《かす》かに哀《あわれ》を催《もよ》おし、物凄く、清水の元からいつもの通り駒下駄の音高くカランコロン/\と聞えましたから、伴藏は来たなと思うと身の毛もぞっと縮まる程怖ろしく、かたまって、様子を窺《うかゞ》っていると、生垣《いけがき》の元へ見えたかと思うと、いつの間にやら縁側の所へ来て、
「伴藏さん/\」
 と云われると、伴藏は口が利けない、漸々《よう/\》の事で、
「へい/\」
 と云うと、
米「毎晩|上《あが》りまして御迷惑の事を願い、誠に恐れ入りまするが、未《ま》だ今晩も萩原様の裏窓のお札が剥《はが》れて居りませんから、どうかお剥しなすって下さいまし、お嬢様が萩原様に逢いたいと私《わたくし》をお責め遊ばし、おむずかって誠に困り切りまするから、どうぞ貴方様《あなたさま》、二人の者を不便《ふびん》に思召《おぼしめ》しお札を剥して下さいまし」
伴「剥します、へい剥しますが、百両の金を持って来て下すったか」
米「百目の金子|慥《たしか》に持参致しましたが、海音如来の御守《おまもり》をお取捨《とりすて》になりましたろうか」
伴「へい、あれは脇へ隠しました」
米「左様なれば百目の金子お受取《うけと》り下さいませ」
 とズッと差出《さしだ》すを、伴藏はよもや金ではあるまいと、手に取上《とりあ》げて見れば、ズンとした小判の目方、持った事もない百両の金を見るより伴藏は怖い事も忘れてしまい、慄《ふる》えながら庭へ下《お》り立ち、
「御一緒にお出《い》でなせえ」
 と二間梯子《にけんばしご》を持出《もちだ》し、萩原の裏窓の蔀《したみ》へ立て懸け、慄える足を踏締《ふみし》めながらよう/\登り、手を差伸ばし、お札を剥そうとしても慄えるものだから思う様《よう》に剥れませんから、力を入れて無理に剥そうと思い、グッと手を引張《ひっぱ》る拍子に、梯子がガクリと揺れるに驚き、足を踏み外《はず》し、逆《さか》とんぼうを打って畑の中へ転《ころ》げ落ち、起上《おきあが》る力もなく、お札を片手に握《つか》んだまゝ声をふるわし、唯《たゞ》南無阿弥陀仏/\と云っていると、幽霊は嬉しそうに両人顔を見合せ、
米「嬢様、今晩は萩原様にお目にかゝって、十分にお怨みを仰しゃいませ、さア入《いら》っしゃい」
 と手を引き伴藏の方を見ると、伴藏はお札を掴《つか》んで倒れて居りますものだから、袖《そで》で顔を隠しながら、裏窓からズッと中《うち》へ這入りました。

        十三

 飯島平左衞門の家《うち》では、お國が、今夜こそ予《か》ねて源次郎と諜《しめ》し合《あわ》せた一大事を立聞《たちぎ》きした邪魔者の孝助が、殿様のお手打《てうち》になるのだから、仕すましたりと思うところへ、飯島が奥から出てまいり、
飯「國、國、誠にとんだ事をした、譬《たとえ》にも七《なゝ》たび捜して人を疑ぐれという通り、紛失《ふんじつ》した百両の金子が出たよ、金の入れ所は時々取違えなければならないものだから、己《おれ》が外《ほか》へ仕舞って置いて忘れていたのだ、皆《みんな》に心配を掛けて誠に気の毒だ、出たから悦んでくれろ」
國「おやまアお目出度《めでと》うございます」
 と口には云えど、腹の内では些《ちっ》とも目出たい事も何《なん》にもない。何《ど》うして金が出たであろうと不審が晴れないで居りますと、
飯「女どもを皆《みんな》こゝへ呼んでくれ」
國「お竹どん、おきみどん皆《みんな》こゝへお出《い》で」
竹「只今承わりますればお金が出ましたそうでおめでとう存じます」
君「殿様誠におめでとうございます」
飯「孝助も源助もこゝへ呼んで来い」
女「孝助どん源助どん、殿様がめしますよ」
源「へい/\、これ孝助お詫事《わびごと》を願いな、お前は全く取らないようだが、お前の文庫の中から胴巻が出たのがお前があやまり、詫ごとをしなよ」
孝「いゝよ、いよ/\お手打になるときは、殿様の前で私《わたくし》が列《なら》べ立てる事がある、それを聞くとお前は嘸《さぞ》悦ぶだろう」
源「なに嬉しい事があるものか、殿様が召すからマア行こう」
 と両人|連立《つれだ》ってまいりますと、
飯「孝助、源助、此方《こっち》へ来てくれ」
源「殿様、只今部屋へ往って段々孝助へ説得を致しましたが、どうも全く孝助は盗《と》らないようにございます、お腹立《はらだち》の段は重々|御尤《ごもっとも》でござりますが、お手打の儀は何卒《なにとぞ》廿三|日《ち》までお日延《ひのべ》の程を願いとう存じます」
飯「まアいゝ、孝助これへ来てくれ」
孝「はいお庭でお手打になりますか、※[#「蓙」の左の「人」に代えて「口」、125−11]《ござ》をこれへ敷きましょうか、血が滴《た》れますから」
飯「縁側へ上がれ」
孝「へい、これはお縁側でお手打、これは有がたい、勿体《もったい》ない事で」
飯「そう云っちゃア困るよ、さて源助孝助、誠に相済まん事であったが、百両の金は実は己《おれ》が仕舞処《しまいどころ》を違えて置いたのが、用箪笥《ようだんす》から出たから喜んでくれ、家来だからあんなに疑《うたぐ》ってもよいが、外《ほか》の者でもあっては己が言訳《いいわけ》のしようもない位な訳で、誠に申しわけがない」
孝「お金が出ましたか、さようなれば私《わたくし》は盗賊《どろぼう》ではなく、お疑《うたぐ》りは晴れましたか」
飯「そうよ、疑りはすっぱり晴れた、己が間違いであったのだ」
孝「えゝ有がとうござります、私《わたくし》は素《もと》よりお手打になるのは厭《いと》いませんけれども、只《たゞ》全く私が取りませんのを取ったかと思われまするのが冥路《よみじ
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