ら一寸《ちょっと》検《あらた》めるのだ」
國「孝助どん、源助どん、お気の毒だがお前方二人は何《ど》うも疑《うたぐ》られますよ、葛籠《つゞら》をこゝへ持ってお出《い》で」
源「お検《あらた》めを願います」
國「これ切《ぎ》りかえ」
源「一|切合切《さいがっさい》一世帯《ひとしょたい》是切《これぎ》りでございます」
國「おや/\まア、着物を袖畳《そでだゝ》みにして入れて置くものではないよ、ちゃんと畳んでお置きな、これは何《なん》だえ、ナニ寝衣《ねまき》だとえ、相変らず無性《ぶしょう》をして丸めて置いて穢《きた》ないねえ、此の紐《ひも》は何だえ、虱紐《しらみひも》だとえ、穢《きたな》いねえ、孝助どんお前のをお出し、此の文庫切りか」
 と是から段々ひろちゃく[#「ひろちゃく」に傍点]いたしましたが、元より入れて置いた胴巻ゆえ有るに違いない。お國はこれ見よがしに団扇《うちわ》の柄《え》に引掛《ひっか》けて、すッと差上げ、
國「おい孝助どん此の胴巻は何《ど》うしてお前の文庫の中に入っていたのだ」
孝「おや/\/\、さっぱり存じません、何う致したのでしょう」
國「おとぼけでないよ、百両のお金が此の胴巻ぐるみ紛失《ふんじつ》したから、御神鬮《おみくじ》の占《うらない》のと心配をしているのです、是が失《な》くなっては何うも私が殿様に済まないからお金を返しておくれよ」
孝「私《わたくし》は取った覚えはありません、どんな事が有っても覚えはありません、へい/\何ういう訳で此の胴巻が入っていたか存じません、へえ」
國「源助どん、お前は一番古く此のお屋敷にいるし、年かさも多い事だから、これは孝助どんばかりの仕業《しわざ》ではなかろう、お前と二人で心を合せてした事に違いない、源助どんお前から先へ白状しておしまい」
源「これは、私《わたくし》はどうも、これ孝助々々、どうしたんだ、己《おれ》が迷惑を受けるだろうじゃないか、私は此のお屋敷に八ヶ年も御奉公をして、殿様から正直と云われているのに年嵩《としかさ》だものだから御疑念《ごぎねん》を受ける、孝助どうしたか云わねえか」
孝「私《わたくし》は覚えはないよ」
源「覚えはないといったって、胴巻の出たのは何《ど》うしたのだ」
孝「何うして出たか私《わたくし》ゃ知らないよ、胴巻は自然《ひとりで》に出て来たのだもの」
國「自然《ひとりで》に出たと云ってすむかえ、胴巻の方から文庫の中へ駆込《かけこ》むやつがあるものか、そら/″\しい、そんな優しい顔つきをして本当に怖い人だよ、恩も義理も知らない犬畜生とはお前の事だ、私が殿様にすまない」
 と孝助の膝をグッと突く。
孝「何をなさいます、私《わたくし》は覚えはございません、どんな事が有っても覚えはございません/\」
國「源助どん、お前から先へ白状おしよ」
源「孝助、己《おれ》が困る、己が智慧《ちえ》でも付けたようにお疑ぐりがかゝり、困るから早く白状しろよ」
孝「私《わたくし》ゃ覚えはない、そんな無理な事を云ってもいけないよ、外《ほか》の事と違って、大《だい》それた、家来が御主人様のお金を百両取ったなんぞと、そんな覚えはない」
源「覚えがないと計《ばか》り云っても、それじゃア胴巻の出た趣意が立たねえ、己まで御疑念がかゝり困るから、早く白状して殿様の御疑念を晴《はら》してくれろ」
 とこづかれて、孝助は泣きながら、只《たゞ》残念でございますと云っていると、お國は先夜《せんや》の意趣を晴《はら》すは此の時なり、今日こそ孝助が殿様にお手打になるか追出《おいだ》されるかと思えば、心地よく、わざと
「孝助どん云わないか」
 と云いながら力に任せて孝助の膝をつねるから、孝助は身にちっとも覚えなき事なれど、証拠があれば云い解く術《すべ》もなく、口惜涙《くやしなみだ》を流し、
孝「痛《いと》うございます、どんなに突かれても抓《つね》られても、覚えのない事は云いようがありません」
國「源助どん、お前から先へ云ってしまいな」
源「孝助云わねえか」
 と云いながらドンと突飛《つきと》ばす。
孝「何を突き飛ばすのだね」
源「いつまでも云わずにいちゃア己が迷惑する、云いなよ」
 と又突飛ばす。孝助は両方から抓ねられ突飛ばされたりして、残念で堪《たま》らない。
孝「突き飛ばしたって覚えはない、お前もあんまりだ、一つ部屋にいて己の気性も知っているじゃアないか、お庭の掃除をするにも草花一本も折らないように気を附け、釘一本落ちていても直《すぐ》に拾って来て、お前に見せるようにしているじゃアないか、己《おい》らの心も知っていながら、人を盗賊《どろぼう》と疑ぐるとは余《あんま》り酷《ひど》いじゃアないか、そんなにキャア/\いうと殿様までが私《わたくし》を疑ぐります」
 始終を聞いていた飯島は大声を上げて、
飯「黙れ孝助、主人の前も憚《はゞ》からず大声《おおごえ》を発して怪《け》しからぬ奴、覚えがなければ何《ど》うして胴巻が貴様の文庫の中《うち》に有ったか、それを申せ、何うして胴巻があった」
孝「何うして有りましたか、さっぱり存じません」
飯「只《たゞ》存ぜぬ知らんと云って済むと思うかえ、不埓《ふらち》な奴だ、己《おれ》が是程目を懸けてやるにサ、其の恩義を打忘《うちわす》れ、金子を盗むとは不届《ふとゞき》ものめ、手前ばかりではよもあるまい、外《ほか》に同類があるだろう、さア申訳《もうしわけ》が立たんければ手打にしてしまうから左様心得ろ」
 と云放《いいはな》つ。源助は驚いて、
源「どうかお手打の処《ところ》は御勘弁を願います、へい又何者にか騙《だま》されましたか知れませんから、篤《とく》と源助が取調べ御挨拶を申上げまする迄《まで》お手打の処はお日延《ひのべ》を願いとう存じます」
飯「黙れ源助、さような事を申すと手前まで疑念が懸るぞ、孝助を構い立てすると手前も手打にするから左様心得ろ」
源「これ孝助、お詫《わび》を願わないか」
孝「私《わたくし》は何もお詫をするような不埓をした事はない、殿様にお手打になるのは有難い事だ、家来が殿様のお手に掛って死ぬのは当然《あたりまえ》の事だ、御奉公に来た時から、身体は元より命まで殿様に差上げている気だから、死ぬのは元より覚悟だけれど、是まで殿様の御恩に成った其の御恩を孝助が忘れたと仰しゃった殿様のお言葉、そればかりが冥途《よみじ》の障《さわ》りだ、併《しか》し是も無実の難で致し方がない、後《あと》で其の金を盗んだ奴が出て、あゝ孝助が盗んだのではない、孝助は無実の罪であったという事が分るだろうから、今お手打に成っても構わない、さア殿様スッパリとお願い申します、お手打になさいまし」
 と摩《す》り寄ると、
飯「今は日のあるうち血を見せては穢《けが》れる恐れがあるから、夕景になったら手打にするから、部屋へ参って蟄居《ちっきょ》しておれ、これ源助、孝助を取逃《とりに》がさんように手前に預けたぞ」
源「孝助お詫を願え」
孝「お詫する事はない、お早くお手打を願います」
飯「孝助よく聞け、匹夫《ひっぷ》下郎《げろう》という者は己《おのれ》の悪い事を余所《よそ》にして、主人を怨《うら》み、酷《むご》い分らんと我《が》を張って自《みず》から舌なぞを噛み切り、或《あるい》は首をくゝって死ぬ者があるが、手前は武士の胤《たね》だという事だから、よも左様な死にようは致すまいな、手打になるまで屹度《きっと》待っていろ」
 と云われて孝助は口惜涙《くやしなみだ》の声を慄《ふる》わせ、
孝「そんな死にようは致しません、早くお手打になすって下さいまし」
源「これ孝助お詫びを願わないか」
孝「どうしても取った覚えはない」
源「殿様は荒い言葉もお掛なすった事もなかったが大枚《だいまい》の百両の金が紛失《ふんじつ》したので、金ずくだから御尤《ごもっと》もの事だ、お隣の宮野邊の御次男様にお頼み申し、お詫言《わびごと》を願っていたゞけ」
孝「隣の次男なんぞに、たとえ舌を喰って死んでも詫言なぞは頼まねえ」
源「そんなら相川様へ願え、新五兵衞様へサ」
孝「何も失錯《しくじり》の廉《かど》がないものを、何も覚えがないのだから、あとで金の盗人《ぬすみて》が知れるに違いない、天《てん》誠《まこと》を照《てら》すというから、其の時殿様が御一言でも、あゝ孝助は可愛相《かわいそう》な事をしたと云って下されば、そればっかりが私《わたくし》への好《よ》い手向《たむけ》だ、源助どん、お前にも長らく御厄介になったから、相川様へ養子に行《ゆ》くように成ったら、小遣《こづかい》でも上げようと心懸けていたのも、今となっては水の泡、どうぞ私《わたし》がない後《のち》は、お前が一人で二人前《ふたりまえ》の働きをして、殿様を大切に気を付け、忠義を尽《つく》して上げて下さい、そればかりがお願いだ、それに源助どんお前は病身だから体《からだ》を大切《だいじ》に厭《いと》って御奉公をし、丈夫でいておくれ、私は身に覚えのない盗賊《どろぼう》におとされたのが残念だ」
 と声を放って泣き伏しましたから、源助も同じく鼻をすゝり、涙を零《こぼ》して眼を擦《こす》りながら、
源「わび事を頼めよ/\」
孝「心配おしでないよ」
 と孝助はいよ/\手打になる時は、隣の次男源次郎とお國と姦通し、剰《あまつさ》え来月の四日中川で殿様を殺そうという巧《たく》みの一|伍一什《ぶしゞゅう》を委《くわ》しく殿様の前へ並べ立て、そしてお手打になろうという気でありますから、少しも憶《おく》する色もなく、平常《ふだん》の通りで居る。其の内に灯《あかり》がちら/\点《つ》く時刻と成りますと、飯島の声で、
「孝助庭先へ廻れ」
 という。此の後《あと》は何《ど》うなりますか、次囘《つぎ》までお預《あずか》り。

        十二

 伴藏の家《うち》では、幽霊と伴藏と物語をしているうち、女房おみねは戸棚に隠れ、熱さを堪《こら》えて襤褸《ぼろ》を被《かぶ》り、ビッショリ汗をかき、虫の息をころして居るうちに、お米は飯島の娘お露の手を引いて、姿は朦朧《もうろう》として掻消《かきけ》す如く見えなく成りましたから、伴藏は戸棚の戸をドン/\叩き、
伴「おみね、もう出なよ」
みね「まだ居やアしないかえ」
伴「帰《けえ》ってしまった、出ねえ/\」
みね「何《ど》うしたえ」
伴「何うにも斯《こ》うにも己《おれ》が一生懸命に掛合ったから、飲んだ酒も醒《さ》めて仕舞った、己《おら》ア全体《ぜんてい》酒さえのめば、侍《さむれえ》でもなんでも怖《おっ》かなくねえように気が強くなるのだが、幽霊が側へ来たかと思うと、頭から水を打ちかけられるように成って、すっかり酔《よい》も醒め、口もきけなくなった」
みね「私が戸棚で聞いていれば、何《なん》だかお前と幽霊と話をしている声が幽《かす》かに聞えて、本当に怖かったよ」
伴「己《おれ》は幽霊に百両の金を持って来ておくんなせえ、私《わっち》ども夫婦は萩原様のお蔭《かげ》で何《ど》うやら斯《こ》うやら暮しをつけて居ります者ですから、萩原様に万一《もしも》の事が有りましては私共《わたくしども》夫婦は暮し方に困りますから、百両のお金を下さったなら屹度《きっと》お札を剥《はが》しましょうというと、幽霊は明日《あした》の晩お金を持って来ますからお札を剥してくれろ、それに又萩原様の首に掛けていらっしゃる海音如来の御守《おまもり》があっては入る事が出来ないから、どうか工夫をして其のお守を盗み、外《ほか》へ取捨てゝ下さいと云ったは、金無垢《きんむく》で丈《たけ》は四寸二分の如来様だそうだ、己も此の間お開帳の時ちょっと見たが、あの時坊さんが何か云ってたよ、抑《そ》も何《なん》とかいったっけ、あれに違《ちげ》えねえ、何《なん》でも大変な作物《さくもの》だそうだ、あれを盗むんだが、どうだえ」
かね「どうも旨いねえ、運が向いて来たんだよ、其の如来様はどっかへ売れるだろうねえ」
伴「何《ど》うして江戸ではむずかしいから、何所《どこ》か知らない田舎へ持って行って売るのだなア、仮令《たとい》潰《つぶ》しにしても
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