きら》めあそばして下さい」
露「米や、私《わたし》ゃ何うしても諦める事は出来ないから、百目《ひゃくめ》の金子《きんす》を伴藏さんに上げて御札を剥がして戴《いたゞ》き、何うぞ萩原様のお側へやっておくれヨウ/\」
 といいながら、振袖《ふりそで》を顔に押しあて潜々《さめ/″\》と泣く様子が実に物凄い有様《ありさま》です。
米「あなた、そう仰しゃいますが何うして私《わたくし》が百目の金子を持っておろう道理はございませんが、それ程までに御意《ぎょい》遊ばしますから、どうか才覚をして、明晩持ってまいりましょうが、伴藏さん、まだ御札の外《ほか》に萩原さまの懐《ふところ》に入れていらっしゃるお守《まもり》は、海音如来《かいおんにょらい》様という有難い御守《おまもり》ですから、それが有っては矢張《やッぱり》お側へまいる事が出来ませんから、何うか其の御守も昼の内にあなたの御工夫でお盗み遊ばして、外《ほか》へお取捨《とりすて》を願いたいものでございますが、出来ましょうか」
伴「へい/\御守を盗みましょうが、百両は何《ど》うぞ屹度《きっと》持って来てお呉んなせえ」
米「嬢様それでは明晩までお待ち遊ばせ」
露「米や又今夜も萩原様にお目にかゝらないで帰るのかえ」
 と泣きながらお米に手を引かれてスウーと出て行《ゆ》きました。

        十一

 二十四|日《か》は飯島様はお泊り番で、お國は只《たゞ》寝ても覚めても考えるには、どうがなして宮野邊《みやのべ》の次男源次郎と一つになりたい、就《つ》いては来月の四日に、殿様と源次郎と中川へ釣《つり》に行《ゆ》く約束がある故、源次郎に殿様を川の中へ突落《つきおと》させ、殺してしまえば、源次郎は飯島の家《うち》の養子になるまでの工夫は付いたものゝ、此の密談を孝助に立聞《たちぎ》かれましたから、どうがな工夫をして孝助に暇《いとま》を出すか、殿様のお手打《てうち》にでもさせる工夫はないかと、いろ/\と考え、終《しま》いには疲れてとろ/\仮寝《まどろ》むかと思うと、ふと目が覚めて、と見れば、二|間《けん》隔《へだ》っている襖《ふすま》がスウーとあきます。以前は屋敷|方《がた》にては暑中でも簾障子《すだれしょうじ》はなかったもので、縁側はやはり障子、中は襖で立て切ってありまするのが、サラ/\と開《あ》いたかと思うと、スラリ/\と忍び足で歩いて参り、又次のお居間の襖をスラリ/\と開けるから、お國はハテナ誰かまだ起きて居るかと思っていると、地袋《じぶくろ》の戸がガタ/\と音がしたかと思うと、錠《じょう》を明ける音がガチ/\と聞えましたから、ハテナと思う内スウーットンと襖をしめ、ピシャリ/\と裾《すそ》を引くような塩梅《あんばい》で台所の方へ出て行《ゆ》きますから、ハテ変な事だと思い、お國は気丈な女でありますから起上り、雪洞《ぼんぼり》を点《つ》け行《い》って見ると、誰もいないから、地袋の方を見ると戸が明け放してあって、お納戸縮緬《なんどちりめん》の胴巻が外の方へ流れ出して居たのに驚いて調べて見ると、殿様のお手文庫の錠前を捻切《ねじき》り、胴巻の中に有った百|目《め》の金子《きんす》が紛失《ふんじつ》いたしたに、さては盗賊《どろぼう》かと思うと後《あと》が怖気立《こわけだ》って憶《おく》するもので、お國も一|時《じ》驚いたが、忽《たちま》ち一計を考え出し、此の胴巻の金子の紛失したるを幸《さいわい》に、之《これ》を証拠として、孝助を盗賊《どろぼう》に落し、殿様にたきつけて、お手打にさせるか暇《ひま》を出すか、どの道かに仕ようと、其の胴巻を袂《たもと》に入れ置き、臥床《ふしど》に帰って寝てしまい、翌日になっても知らぬ顔をしており、孝助には弁当を持たせて殿様のお迎いに出してやり、其の後《あと》へ源助《げんすけ》という若党が箒《ほうき》を提《さ》げてお庭の掃除に出てまいりました。
國「源助どん」
源「へい/\お早うございます、いつも御機嫌よろしゅう、此の節は日中《にっちゅう》は大層いきれて凌《しの》ぎ兼ねます、今年のような酷《きび》しい事はございません、何《ど》うも暑中より酷しいようでございます」
國「源助どん、お茶がはいったから一杯飲みな」
源「へい有難うございます、お屋敷様は高台《たかだい》でございますから、余程風通しもよくて、へい御門は何うも悉《こと/″\》く熱うございまする、へい、これは何うも有難うございまする、私《わたくし》は御酒をいたゞきませんからお茶は誠に結構で、時々お茶を戴きまするのは何よりの楽《たのし》みでございまする」
國「源助どん、お前は八ヶ年|前《ぜん》御当家へ来て中々正直者だが、孝助は三月の五日に当家へ御奉公に来たが、孝助は殿様の御意《ぎょい》に入《い》りを鼻にかけて、此の節は増長して我儘《わがまゝ》になったから、お前も一つ部屋にいて、時々は腹の立つ事もあるだろうねえ」
源「いえ/\何《ど》う致しまして、あの孝助ぐらいな善《よ》く出来た人間はございません、其の上殿様思いで、殿様の事と云うと気違《きちがい》のように成って働きます、年はまだ廿一だそうですが、中々届いたものでございます、そして誠に親切な事は私《わたくし》も感心致しました、先達《さきだっ》て私の病気の時も孝助が夜《よッ》ぴて寝ないで看病をしてくれまして、朝も眠《ね》むがらずに早くから起きて殿様のお供を致し、あの位な情合《じょうあい》のある男はないと私は実に感心をしております」
國「それだからお前は孝助に誑《ばか》されているのだよ、孝助はお前の事を殿様にどんなに胡麻をするだろう」
源「ヘエー胡麻をすりますか」
國「お前は知らないのかえ、此の間孝助が殿様に云付《いいつ》けるのを聞いていたら、源助は何《ど》うも意地が悪くて奉公がしにくい、一つ部屋にいるものだから、源助が新参ものと侮《あなど》り、種々《いろ/\》に苛《いじ》め、私《わたくし》に何も教えて呉れませんで仕損《しくじ》るようにばかり致し、お茶がはいって旨《おい》しい物を戴いても、源助が一人で食べて仕舞って私にはくれません、本当に意地の悪い男だというものだから、殿様もお腹をお立ち遊ばして、源助は年甲斐もない憎い奴だ、今に暇《いとま》を出そうと思っていると仰しゃったよ」
源「へい、これは何《ど》うも、孝助は途方もない事を云ったもので、これは何うも、私《わたくし》は孝助にそんな事をいわれる覚えはございません、おいしい物を沢山に戴いた時は、孝助殿お前は若いから腹が減るだろうと云って、皆《みん》な孝助にやって食べさせる位にしているのに何《なん》たる事でしょう」
國「そればかりじゃアないよ孝助は殿様の物を掠《くす》ねるから、お前孝助と一緒にいると今に掛り合いだよ」
源「へい何か盗《と》りましたか」
國「へいたッて、お前は何も知らないから今に掛り合いになるよ、慥《たし》かに殿様の物を取った事を私は知っているよ、私は先刻《さっき》から女部屋のものまで検《あらた》めている位だから、お前はちょっと孝助の文庫をこゝへ持って来ておくれ」
源「掛り合いに成っては困ります」
國「夫《それ》は私が宜《よ》いように殿様に申上げて置いたから、そっと孝助の文庫を持って来《き》な」
 といわれて、源助はもとより人が好《い》いからお國に奸策《わるだくみ》あるとは知らず、部屋へ参りて孝助の文庫を持って参ってお國の前へ差出《さしいだ》すと、お國は文庫の蓋《ふた》を明け、中を検《あらた》める振《ふり》をしてそっと彼《か》のお納戸縮緬の胴巻を袂《たもと》から取出《とりだ》して中へズッと差込んで置いて。
國「呆《あき》れたよ、殿様の大事な品がこゝに入っているんだもの、今に殿様がお帰りの上で目張《めっぱ》りこで皆《みんな》の物を検《あらた》めなければ、私のお預《あずか》りの品が失《なく》なったのだから、私が済まないよ、屹度《きっと》詮議《せんぎ》を致します」
源「へい、人は見かけによらないものでございますねえ」
國「此の文庫を見た事を黙っておいでよ」
源「へい宜《よろ》しゅうございます」
 と文庫を持って立帰《たちかえ》り、元の棚へ上げて置きました。すると八ツ時、今の三時半頃殿様がお帰りになりましたから、玄関まで皆々《みな/\》お出迎いをいたし、殿様は奥へ通りお褥《しとね》の上にお坐りなされたから、いつもならば出来立てのお供《そな》えのようにお國が側から団扇《うちわ》で扇《あお》ぎ立て、ちやほやいうのだが、いつもと違って欝《ふさ》いでいる故、
飯「お國|大分《だいぶ》すまん顔をしているが、気分でも悪いのか、何《ど》うした」
國「殿様|申訳《もうしわけ》のない事が出来ました、昨晩お留守に盗賊《どろぼう》がはいり、金子が百|目《め》紛失《ふんじつ》いたしました、あのお納戸縮緬の胴巻に入れて置いたのを胴巻ぐるみ紛失いたしました、何《なん》でも昨晩の様子で見ると、台所口の障子が明いたようで、外《ほか》は締りは厳重にしてあって、誰も居りませんから、よく検《あらた》めますと、お居間の地袋の中にあるお文庫の錠前が捻切《ねじき》ってありました、それから驚いて毘沙門《びしゃもん》様に願《がん》がけをしたり、占者《うらないしゃ》に見て貰うと、これは内々《うち/\》の者が取ったに違いないと申しましたから、皆《みんな》の文庫や葛籠《つゞら》を検めようと思って居ります」
飯「そんな事をするには及ばない、内々の者に、百両の金を取る程の器量のある者は一人もいない、他《ほか》から這入《はい》った賊《ぞく》であろう」
國「それでも御門の締りは厳重に付けておりますし、只《たゞ》台所口が明いて居たのですから、内々の者を一《ひ》ト通り詮議をいたします、……アノお竹どん、おきみどん、皆《みんな》此方《こちら》へ来ておくれ」
竹「とんだ事でございました」
きみ「私《わたくし》はお居間などにはお掃除の外《ほか》参った事はございませんが、嘸《さぞ》御心配な事でございましょう、私なぞは昨晩の事はさっぱり存じませんでございます、誠に驚き入りました」
飯「手前達を疑ぐる訳ではないが、おれが留守で、國が預り中の事ゆえ心配をいたしているものだから」
 女中は
「恐れ入ります、どうぞお検《あらた》め下さいまし」
 と銘々《めい/\》葛籠《つゞら》を縁側へ出す。
飯「たけの文庫には何《ど》ういう物が入っているか見たいナ成程たまか[#「たまか」に傍点]な女だ、一昨年《おとゝし》遣《つか》わした手拭《てぬぐい》がチャンとしてあるな、女という者は小切《こぎれ》の端でもチャンと畳紙《たとう》へいれて置く位でなければいかん、おきみや、手前の文庫を一ツ見てやるから此処《こゝ》へ出せ」
君「私《わたくし》のは何《ど》うぞ御免あそばして、殿様が直《じか》に御覧あそばさないで下さい」
飯「そうはいかん、竹のを検《あらた》めて手前のばかり見ずにいては怨《うら》みッこになる」
君「どうぞ御勘弁恐れ入ります」
飯「何も隠す事はない、成程、ハヽア大層|枕草紙《まくらぞうし》をためたな」
君「恐れ入ります、貯《た》めたのではございません、親類|内《うち》から到来をいたしたので」
飯「言訳《いいわけ》をするな、着物が殖《ふえ》ると云うから宜《い》いわ」
國「アノ男部屋の孝助と源助の文庫を検《あらた》めて見とうございます、お竹どん一寸《ちょっと》二人を呼んでおくれ」
竹「孝助どん、源助どん、殿様のお召《めし》でございますよ」
源「へい/\お竹どんなんだえ」
竹「お金が百両|紛失《ふんじつ》して、内々《うち/\》の者へお疑いがかゝり、今お調べの所だよ」
源「何処《どこ》から這入《はい》ったろう、何しろ大変な事だ、何しろ行って見よう」
 と両人飯島の前へ出て来て、
源「承わり恟《びっく》り致しました、百両の金子《きんす》が御紛失《ごふんじつ》になりましたそうでございますが、孝助と私《わたくし》と御門を堅く守って居りましたに、何《ど》ういう事でございましょう、嘸《さぞ》御心配な事で」
飯「なに國が預り中で、大層心配をするか
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