此方《こっち》へ来なさい、何うもお内儀さんの思召《おぼしめし》を考えて見るとお気の毒で何うもならぬ、ならぬが当家《うち》のお嬢|様《さん》を殺したのは誰じゃという事は大概お前も感付いておるじゃろうな」
鳶「いゝえ、些《ちっ》とも知りやせぬよ、何だか物取だろうってえ評判なんで」
番「いゝや物取ではない、何でも是は粂之助の仕業《しわざ》に相違ないという私《わたい》の考《かんがえ》だ」
鳶「ハ、飛んでもねえ事をいいますね、其様《そん》なお前《めえ》さん……ナなんぼ粂どんが憎いたって、無暗《むやみ》に人殺《ひとごろし》に落したりなんかして、どうしてお前《まえ》さん粂どんは其様な悪い事をするような人じゃアねえ」
番「いやそれはいかぬ、お内儀《いえ》はん斯《こ》ういう最中で争論《いさかい》をしては済みまへんが、一寸《ちょっと》これに就《つ》いておはなしがあるんでおす、一昨夜《おとつい》私《わたい》が一寸用場へ参りまして用を達《た》してから、手を洗うていると、ほんのりと星光《ほしあかり》で人影が見えるで、はてナと思うて斯う透《すか》して見ておると、垣根の外へ廻って来たのが粂之助でおす、するとお嬢|様《さま》がこっちゃから声を掛けて粂之助やないかというと、はい私《わたくし》でございますと低声《こゞえ》でいいましたわい、まア粂之助よう来ておくれた、はい漸《ようよ》うの事で忍んで参りました、お前に逢いとうて逢いとうてどうもならぬであった、私《わたい》も逢いとうてならぬから、漸うの思いで参りました、私《わたい》もそう長う寺に辛抱しては居られまへぬ、あんたはんも私《わたい》のような者でも本当に思うて下《くだ》はるなら、寧《いっ》そ手に手を取って此所《こゝ》を逃げまひょう、そうしてあんたと二人で夫婦になって、深山《みやま》の奥なりと行《い》んで暮したいが、それに就いても切《せめ》て金子《かね》の五六十両も持ってお出でやというと、おゝ左様《さよ》か、そんなら屹度《きっと》明日《あす》の晩持って行《い》ぬという事を確かに聞いた」
鳶「へえ、それから」
番「どうも変やと思うていると、あんたお嬢|様《さん》が莫大のお金を持《と》って逃げやはった、それ故何うも私《わたい》の思うには粂之助がお嬢|様《さま》を殺して金子《かね》を取って、其の死骸を池ン中へ投《ほう》り込んだに違いないと斯《こ》う考えるのでおす」
鳶「おう、おう番頭さん、詰らねえ事を云っちゃアいけねえぜ、お前《めえ》は全体《ぜんてえ》粂どんを憎むから然《そ》う思うんだが、まアよく考えて見ねえ、粂どんが人殺をするような人だか何だか、ソヽ其様《そん》な解らねえ事をいったって仕様がねえじゃアねえか」
番「イヤ真実《まったく》の事だ、証拠があるぜ」
鳶「証《しょう》、な何が証拠だ」
番「定吉い、ちょっと此処《こゝ》へ来い、えゝめろ/\泣くな」
定「何です番頭《ばんつ》さん、泣くなたってお嬢様が死んで哀しくって堪《たま》らないから、泣くんです」
番「えゝい、汝《おのれ》がお嬢様を殺したもおんなじ事《こっ》た」
定「あゝいう無理な事ばかりいうんだもの、どういう理由《わけ》で」
番「汝《おのれ》は一昨日《おととい》の夜《よ》この店で帯を締め直す時に落した手紙は、お嬢|様《さん》に頼まれて粂之助の処へ届けようとしたのじゃないか」
定「あら………仕様がないな、彼所《あすこ》に持っているのだもの、道理で無いと思った」
番「此様《こん》なものをお嬢様から頼まれるのが悪いのだ」
定「頼まれるのが悪いたって………仕様がないナ………その頼まれたのはなんでございます………仕様がないな………あの……それはお嬢|様《さん》が、定や、ちょいとお出でてえから、はいてってお居間へ行ったんです、然《そ》うするとお前|何所《どこ》へ行《ゆ》くんだと仰しゃるから、私《わたくし》は谷中の方へ参るんですといったら、そんならお前これを粂どんに届けてお呉れって、お手紙を私の懐へ入れたから持って行ったんです」
番「ウム、持って行って何うした」
定「何うしたって……しようがないな」
番「汝《おのれ》は度々《たび/\》粂之助の処《とこ》へ寄るから悪いのじゃ」
定「ナニ寄る気でもないんですが、近いから、あのお寺の前を通ると曲角《まがりかど》のお寺だもんですから、よく門の所《とこ》なんぞを箒《は》いてゝ、久振《ひさしぶり》だ、お寄りなてえから、ヘイてんで旧《もと》は朋輩《ほうばい》だから寄りますね」
番「道理で毎《いつ》も使《つかい》が長いのや」
定「ナニ別に長い訳もないんですが、今お葬式《とむらい》が来てお饅頭を貰った、それをお前に上げるから、お待ちてえから待ってたんです」
番「えゝい、喰《くら》い物の事ばかり云うて居《お》る。汝《おのれ》が取次をするから此の様な間違が出来《でけ》たのや、サ是を御覧、此の手紙が何よりの証拠や、私《わたい》はお前に逢いとうて逢いとうてならぬから、家出をしてお前の処《とこ》へ行《ゆ》く、何卒《どうぞ》末長く見捨てずに置いておくれと書いてあるやないか、是が何よりの証拠や」
鳶「証拠だッて、そんな事は私《わっし》ア知りやアしねえ」
番「知りやせぬと云うてまアよく考えて見なはれ、当家《うち》のお内儀様《いえはん》はこないに諦めの宜《え》えお方やから、涙一滴|澪《こぼ》さぬが、鳶頭が仲へ這入って口を利き、もう甲州屋の家《うち》へは足踏をさせぬと云い切って引取ったのやないか、それじゃのに、又|此処《こゝ》へ粂之助が忍んで来て、お嬢|様《さん》を誘い出すような事になったのは、大方鳶頭も内々《ない/\》知って居《お》るのではないか、粂之助と共謀《ぐる》になってお嬢様を誘い出し、金額《かね》を半分ぐらい取ったのではないかアと思われても是非がないやないか」
云うと怒《おこ》ったの怒らないの、もと正直な人だから、額へ青筋を出して、
鳶「何を吐《ぬか》しやアがるんでえ、撲《なぐ》り付けるぞ、コレ頭を禿《はげ》らかしやアがって馬鹿も休み休み云え、粂どんが人を殺して金を取る様な人か人でねえか大概《てえげえ》解りそうなもんだ、手前《てめえ》の心に識別ウするから其様《そんな》事を吐《ぬか》すんだ、己が半分取ったたア何だ、撲り付けるぞ」
番「打《ぶ》たいでも宜《え》え、私《あたい》は理の当然をいうのや、お嬢|様《さま》を殺して金子《かね》を取ったという訳じゃないが、然《そ》う思われても是非がないと云うのや」
鳶「何が是非がないんだ、撲倒《はりたお》すぞ」
清「まア/\少し待っておくれ」
と云いながら台所より出て来たは清助というお飯炊《まんまたき》。
清「鳶頭まア/\貴方《あんた》は正直な方だから、こんな事を云われたら、嘸《さぞ》はア胆《きも》が焦《い》れて堪《たま》るめえが、己が一と通りいわねばなんねえ事があるだアから、少し待ったが宜《え》え――コレ番頭さん、此処《こゝ》へ出ろ」
番「何じゃ、汝《おのれ》が出る幕じゃアない、汝は飯炊《めしたき》だから台所に引込《ひっこ》んで、飯の焦《こげ》ぬように気を附けて居《お》れ、此様《こない》な事に口出しをせぬでも宜《え》いわ」
清「成程己は僅《わずか》なお給金を戴いて飯炊をしてえるからッて、飯せえ焦がさねえようにしていれば宜《え》えというもんじゃアあんめえ、当家《うち》へ泥坊が這入《へい》ってお内儀様《かみさん》を斬殺《きりころ》しても、己が飯炊だからって、何《なん》にも構わずに竈《へっつい》の前《めえ》にぶっ坐《つわ》ってゝ宜えと思わしゃるか、汝《われ》が曲った心に識別するから然《そ》ういう間違った事をいうだ、コレよく考《かんげ》えて見ろよ、汝は粂どんを憎むから、少しのことを廉《かど》に取って粂どんが嬢様《じょうさま》を殺したなんてえが、何処《どこ》までも汝がそんな事を頑張って殺したといわば、己《おら》ア合点《がってん》しねえだ、粂どんが庭へ来てお嬢様と相談して、明日《あした》の晩連れて逃げようてえ約束をしたのを見たと云わば、何故早く其の事をお内儀様へ知らせねえだ、粂どんがコソ/\でお嬢様を誘い出しに来やしたから、油断をしねえが宜《よ》うがすとちょっと知らせればそれで宜《え》えだ、然うすれば直《す》ぐにお嬢様を他家《わき》へ預けるとか、左《さ》もなければお内儀様が気イ附けて奉公人も皆起きて居《お》らば、何うしたって嬢様が逃げ出す気遣《きづけえ》はねえだ、逃げなけりゃア殺されることもねえだ、それを知って居ながら黙ってゝ、嬢様が逃出してから殺されゝば、汝が殺したも同じ事《こん》だぞ、まだぐず/\何か云やアがると打《ぶ》っ殺して己《おれ》も死んじまうだ」
内儀「コレ/\清助静かにしないか、番頭|様《さん》に向ってそんな事をいっては済まないじゃないか、鳶頭、お前も嘸《さぞ》腹が立つだろうが、何卒《どうぞ》我慢をしておくれ、悉皆《みんな》私が呑込んでいるから、私は決して粂之助の仕業《しわざ》とは思わないけれども、大方粂之助も此の事を知らずに谷中に居るに違いない、お前が行って斯《こ》う/\と知らせたら、粂之助も定めて恟《びっく》りするだろうと思うから、お願いだが、お前ちょいと此の事を粂之助へ知らせてお呉れでないか」
鳶「え、往《い》きますとも、半分取ったろうなんて、飛んでもねえ濡衣《ぬれぎぬ》を着せられたんですもの、直《すぐ》に行って来ます、少し提灯《ちょうちん》をお貸しなすって」
ずうっと腹立紛《はらたちまぎれ》に飛びだして谷中の長安寺へやって来ました。
鳶「え、御免なせえ、御免なせえ」
粂「はい……おや/\鳶頭」
鳶「や、粂どん……まア宜《よ》かった、はあ…お前《めえ》に怪しい事があれば何所《どっ》かへ逃げちまうんだが、ちゃんと此処《こゝ》に居てくれたんでまア宜かった、あゝ有難《ありがて》え」
粂「あの兄《あに》さん、何だか鳥越の鳶頭がおいでなさいましたよ」
玄「いやア、鳶頭、まあ何卒《どうぞ》此方《こちら》へ誠に何《ど》うも御無沙汰をして済まぬ、ちょっとお礼かた/″\お訪ね申さんければならぬのじゃが、何分にも寺用《じよう》に取紛れて存じながら大きに御無沙汰を……」
鳶「そう長ったらしく云ってられちゃア困る、大騒動が出来たんだ、まア御挨拶は後《あと》にしておくんなせえ、おゝ粂どん、お嬢様が昨夜《ゆうべ》家出をした事を知ってるかい」
粂「いゝえ…………」
鳶「いゝえって震えたぜ、え、おい、お嬢様が殺されちまったんだよ」
粂「えっ、お嬢様が……」
鳶「死骸が弁天の池から今朝上がって、御検視を願うの何《なん》のって大騒ぎをしたんだ」
粂「へえー……じゃア千駄木の植木屋の九兵衞さんというのは何です、全体まア何ういう理由《わけ》なんです」
鳶「何ういう理由の何のって、大変な騒ぎなんで、まア和尚|様《さん》お聴《きゝ》になって下せえまし、お嬢様は粂どんに逢いてえ一心から、莫大《ばくでえ》の金子《かね》を持《もっ》て家出をしたから、大方泥坊に躡《つ》けられて途中で遣《や》るの遣らねえのといったもんだから、殺されたに違《ちげ》えねえんで、それを店の番頭野郎がこう吐《ぬか》すんだ、何《な》んでも粂どんがお嬢様を誘い出して、途中で殺して金子を取ったに違えねえ、鳶頭も粂どんと共謀《ぐる》になって、其の金を二十五両ぐらい取ったろう、こう吐すんだ、私《わっし》は腹が立って堪らねえから、余程《よっぽど》殴りつけてやろうとは思ったけれども、お前《めえ》さん何うもね、お内儀様《かみさん》が御愁傷の中だから、そんな乱暴狼藉[#「狼藉」は底本では「狼籍」と誤記]の真似をしちゃア済まねえと思って、耐《こら》えていたが、粂どんが何《なん》にも知らずに斯《こ》うやっているから本当に宜かった、何卒《どうぞ》直《すぐ》に行っておくんなせえ」
玄「いや、それは重々|御道理《ごもっとも》な訳じゃ、此方《こちら》にも不行跡《ふしだら》がある事《こっ》ちゃから然《
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