どうも大きに御苦労/\」
 鳶「何だなア、定さん、男の癖におい/\泣くのは止しねえ、お内儀様《かみさん》は女でこそあれ、あゝいう御気象だから、涙一滴|澪《こぼ》さぬで我慢をしていらっしゃるのだ、それだのにお前が早桶の側へ行って、おい/\泣くもんだから不可《いけね》えよ」
 定「泣くなってそれは無理でございます、何だか此の早桶の側へ来ると哀しくなるんですもの、お嬢|様《さん》は別段に可愛がって呉れましたから、私は哀しくなるのです」
 鳶「まア泣いちゃア不可ねえ、えゝお内儀様唯今」
 内儀「あい、鳶頭大きに色々お骨折《ほねおり》で、何も彼《か》もお前のお蔭で行届《ゆきとゞ》きました」
 鳶「どう致しまして、就《つ》きまして麻布|様《さん》の方へお嬢|様《さん》が家出をなすった事を知らせにやりまして、金太《きんた》がようやく先方《むこう》へ着いたくらいの時に、又|斯《こ》ういう変事が出来ましたから、追《おっ》かけて人を出し、これ/\でおなくなりになったてえ事をお知らせ申しましたら、大層にお驚きなすったそうでげす」
 内儀「そうであったろう、もう麻布のが一番|彼《あれ》を可愛がってくれたから、誠に有難う、万事お前のお蔭で行届きました、が斯うなるのも皆《みん》な因縁事と諦めて居ますから、私は哀しくも何ともありませぬよ」
 鳶「いえ、何《ど》うも御気象な事で、まアどうもお嬢|様《さま》がお小さい時分、確か七歳《なゝつ》のお祝の時、私《わっし》がお供を致しまして、鎮守様から浅草の観音様へ参《めえ》りましたが、いまだに能く覚えております、往来の者が皆《みんな》振返って見て、まアどうも玉子を剥《む》いたような綺麗なお嬢|様《さん》だ、可愛らしいお児《こ》だって誰でも誉めねえものは無《ね》えくれえでげしたが、幼少《ちい》せい時分からのお馴染ゆえ、此の頃になってお嬢|様《さん》が高慢なことを仰しゃいましても、あなた其様《そん》な事をいったッていけませぬ、わたしの膝の上で小便をした事がありますぜてえと、あら鳶頭幼少せい時分の事をいっちゃア厭だよなんて、真紅《まっか》におなりでしたが、何とも申そうようはござえませぬ」
 内儀「はい、お前も久しい馴染ゆえお線香でも上げてやっておくれ」
 鳶「へえ、有難う………えゝ番頭さん、誠に何うも飛んでもねえ事で」
 番頭「いや鳶頭大きに御苦労であった、まア此方《こっち》へ来なさい、何うもお内儀さんの思召《おぼしめし》を考えて見るとお気の毒で何うもならぬ、ならぬが当家《うち》のお嬢|様《さん》を殺したのは誰じゃという事は大概お前も感付いておるじゃろうな」
 鳶「いゝえ、些《ちっ》とも知りやせぬよ、何だか物取だろうってえ評判なんで」
 番「いゝや物取ではない、何でも是は粂之助の仕業《しわざ》に相違ないという私《わたい》の考《かんがえ》だ」
 鳶「ハ、飛んでもねえ事をいいますね、其様《そん》なお前《めえ》さん……ナなんぼ粂どんが憎いたって、無暗《むやみ》に人殺《ひとごろし》に落したりなんかして、どうしてお前《まえ》さん粂どんは其様な悪い事をするような人じゃアねえ」
 番「いやそれはいかぬ、お内儀《いえ》はん斯《こ》ういう最中で争論《いさかい》をしては済みまへんが、一寸《ちょっと》これに就《つ》いておはなしがあるんでおす、一昨夜《おとつい》私《わたい》が一寸用場へ参りまして用を達《た》してから、手を洗うていると、ほんのりと星光《ほしあかり》で人影が見えるで、はてナと思うて斯う透《すか》して見ておると、垣根の外へ廻って来たのが粂之助でおす、するとお嬢|様《さま》がこっちゃから声を掛けて粂之助やないかというと、はい私《わたくし》でございますと低声《こゞえ》でいいましたわい、まア粂之助よう来ておくれた、はい漸《ようよ》うの事で忍んで参りました、お前に逢いとうて逢いとうてどうもならぬであった、私《わたい》も逢いとうてならぬから、漸うの思いで参りました、私《わたい》もそう長う寺に辛抱しては居られまへぬ、あんたはんも私《わたい》のような者でも本当に思うて下《くだ》はるなら、寧《いっ》そ手に手を取って此所《こゝ》を逃げまひょう、そうしてあんたと二人で夫婦になって、深山《みやま》の奥なりと行《い》んで暮したいが、それに就いても切《せめ》て金子《かね》の五六十両も持ってお出でやというと、おゝ左様《さよ》か、そんなら屹度《きっと》明日《あす》の晩持って行《い》ぬという事を確かに聞いた」
 鳶「へえ、それから」
 番「どうも変やと思うていると、あんたお嬢|様《さん》が莫大のお金を持《と》って逃げやはった、それ故何うも私《わたい》の思うには粂之助がお嬢|様《さま》を殺して金子《かね》を取って、其の死骸を池ン中へ投《ほう》り込んだに違いないと斯《こ》
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