う云うから私《わっち》も困って、兎も角粂さんに逢ってからの事に仕ましょうといって、今日《けさ》わざ/\お前《めえ》さんの所《とこ》へ訪ねて来たんですが、お前さんも矢っ張お嬢様と何処までも添い遂げるという御了簡があるんですか、ないんですか、一応貴方の胸を聴きに来たんでげす」
粂「それは何うも怪《け》しからぬ事です、あの時お内儀様《かみさん》が色々と御真実に仰しゃって下すったから、私《わたくし》は斯《こ》うやって何処へも行《ゆ》かずに辛抱をして居ますのに、お嬢|様《さん》に聟を取れと仰しゃるような、そんな御了簡違いのお方なら、私は何処までもお嬢様を連れて逃げまして、何様《どん》な真似をしたって屹度添い遂げます」
九「それで私《わっち》も安心をしたが、お前さん何処《どっ》か知ってる所がありますか」
粂「私《わたくし》は別に懇意な家《うち》もありませぬ」
九「そりゃア困るね、何所《どこ》かありませぬか」
粂「ヘエ、何も」
九「何も無いたって困るねえ、じゃまア斯《こ》うしよう、下総《しもふさ》の都賀崎《つがざき》と云う所に金藏《きんぞう》という者がある、私《わっち》とは少し親類|合《あい》の者だから、これへ手紙を附けて上げるから、当人に逢って、能《よ》く相談をして世帯《しょたい》を持たせて貰いなさるが宜《い》い、併《しか》し彼方《あっち》へ行《ゆ》くだけの路銀と世帯を持つだけの用意はありやすか」
粂「金と云っては別にございませぬが、兄が此間《こないだ》私《わたくし》にしまって置けと預けた金がございます、それは本堂|再建《さいこん》のため、世話人|衆《しゅ》のお骨折で、八十両程集りましたのでございます」
九「イヤ八十両ありゃア結構だ、三十両一ト資本《もとで》と云うが、何様《どん》な事をしても五十両なければ十分てえ訳には往《ゆ》かねえが、其の上に尚《なお》三十両も余計な資金《もの》があれば、立派にそれで取附けますが、其の金をお前|様《さん》取れますか」
粂「へえ、用箪笥《ようだんす》の抽斗《ひきだし》に這入っていますから直《すぐ》に取れます、そうして後《のち》にお宅へ出ますが何方《どちら》です」
九「あの千駄木へお出でなさると右側に下駄屋があります、それへ附いて広い横町を右へ曲ると棚村《たなむら》というお坊主の別荘がある、其のうしろへ往って植木屋の九兵衞といえば直《じき》に知れます」
粂「じゃア、今晩兄が帰ったら直《すぐ》に出ます」
九「今晩といってもなるたけ早い方が宜《よ》うがすよ」
粂「ヘエ日暮までにはどんな事をしても屹度《きっと》参ります」
九「じゃア其の積《つもり》で何分お頼み申します」
粂「ヘイ宜しゅうございます」
九「左様なら」
プイと表へ出て了《しま》う。其の跡で粂之助が、無分別にも不図《ふと》悪心を起し、己《おのれ》が預りの金子八十両を窃《ぬす》み出し、此方《こなた》へ出て見ると今の男が証拠に置いて行ったものか、予《かね》て見覚えあるお梅の金巾着《かねぎんちゃく》が其処《そこ》に抛《ほう》り出してあった、取上げて見ると中に金子が三両ばかり這入っている。
粂「はてな、是はあの人が置いて行ったのか知ら、ア、そう/\、これを置いて行《ゆ》くからは此《こ》ん中へ八十両の金子《かね》を入れて来いという謎かも知れない」
と右の女夫巾着[#「女夫巾着」に欄外に校注、「せなかあわせにくッついている巾著」]《めおとぎんちゃく》の中へ金子《かね》を入れ、確《しっ》かり懐に仕舞って、そろ/\出かけようかと思っている処へ兄の玄道が帰って参り、それより入替り立代り客が来るので、何分出る事が出来ませぬ。
お話は二つに分れまして鳥越桟町の甲州屋方では大騒ぎ、昨夜《ゆうべ》娘のお梅が家出をいたした切りかいくれ行方が解りませぬから、家内中《うちじゅう》の心配大方ならず、お鬮《みくじ》を取るやら、卜筮《うらない》に占《み》てもらうやら、大変な騒ぎをして居る処へ、不忍弁天の池に、十六七の娘の死体が打込んであるという噂を聞込んで来て、知らせた者があるから、母親《おふくろ》は仰天して取るものも取《とり》あえず来て見ると、お梅に相違ないから早々人を以《もっ》て御検視を願い、段々死体を調べて見ると、縊《くび》り殺して池の中へ投込んだものらしく、殊《こと》には持出した五十両の金子《きんす》が懐にないから、おおかた物取《ものどり》であろうと、事が極って検視済の上死骸を引取り、漸《ようや》く日暮方に死骸を棺桶へ収めることになった。処へ鳶頭《かしら》が来まして、
鳶「ヘエ唯今、あの何《なん》でげす、八丁堀さんと、それから一番遠いのが麻布《あざぶ》の御親類でげすが、それ/″\皆《みんな》子分を出してお知らせ申しました」
番頭「あ、それは
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