御用でもあるんでげすか」
 梅「はい、あの、粂之助は私《わたくし》どもに長らく勤めて居ったものですが、少し理由《わけ》がありまして先達《せんだって》暇《いとま》を出しましたが、それきり何の沙汰もございませんで、余《あんま》り案じられますから出て参りましたのでございます」
 男「ヘエー左様でございますか、じゃアまア私《わっし》と一緒においでなさい、どうせ彼方《あっち》へ帰るんですからお連れ申しましょう、其の代りお嬢様に少しお願《ねげ》えがあるんでげす、毎度私は和尚様から殺生をしてはならねえぞとやかましく云われるんでげすが、嗜《すき》な道は止《や》められず、毎晩|斯《こ》うやって、どんどん[#「どんどん」に欄外に校注、「三橋の側にあった不忍池の水の落口」]へ来ては鰻の穴釣《あなづり》をやってるんでげすが、どうぞお嬢さま私が此処《こゝ》で釣をした事は和尚様に黙ってゝおくんなさい」
 梅「御不都合の事なら決して申しは致しませぬ」
 男「おい老爺《じい》さん」
 爺「へい」
 男「あのね、此のお嬢様は己の方へ来るお方だから、己が御案内をして行《ゆ》くんだ、さ、喰った代《でえ》を此処《こゝ》へ置くぜ」
 爺「あなた、これは一分銀で、お釣はござりませぬが」
 男「なに釣は要らねえ、お前《めえ》にやっちまわア」
 爺「それは何うも有難う存じます、左様なら夜《よ》が更けて居りますから、お気を附けあそばして」
 男「なに大丈夫《でえじょうぶ》だ、己が附いてるから」
 と怪しの男がお梅を連れて、不忍弁天《しのばずべんてん》の池の辺《ほとり》までかゝって参りました。

        二

 えゝ引続《ひきつゞき》のお梅粂之助のお話。何ういう理由《わけ》か女子《おんな》の名を先に云って男子《おとこ》の名を後《あと》で呼ぶ。お花半七とか、お染久松とか、夕霧伊左衞門とかいうような訳で、実に可笑《おか》しいものでござります。さて日本も嘉永《かえい》の五年あたりは、まだ世の中が開《ひら》けませぬから、神信心《かみしんじん》に凝《こ》るとか、易占《うらない》に見て貰うとかいうような人が多かったものでござります。丁度嘉永の六年に亜米利加船《あめりかぶね》が日本へ渡来をいたしてから、諸藩共に鎖国攘夷などという事を称え出し、そろ/\ごたつきはじめましたが、町家《ちょうか》では些《ちっ》とも気が附かずに居っ
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