もう飽きた?」
「飽きちゃった……」
幾度か子供等に催促されて、彼はよう/\腰をおこして、好い加減に酔って、バーを出て電車に乗った。
「何処へ行くの?」
「僕の知ってる下宿へ」
「下宿? そう……」
子供等は不安そうに、電車の中で幾度か訊いた。
渋谷の終点で電車を下りて、例の砂利を敷いた坂路を、三人はKの下宿へと歩いて行った。そこの主人も主婦《かみ》さんも彼の顔は知っていた。
彼は帳場に上り込んで「実は妻が田舎に病人が出来て帰ってるもんだから、二三日置いて貰いたい」と頼んだ。が、主人は、彼等の様子の尋常で無さそうなのを看て取って、暑中休暇で室も明いてるだろうのに、空間が無いと云ってきっぱりと断った。併しもう時間は十時を過ぎていた。で彼は今夜一晩だけでもと云って頼んでいると、それを先刻から傍に坐って聴いていた彼の長女が、急に顔へ手を当ててシク/\泣き出し始めた。それには年老《としと》った主人夫婦も当惑して「それでは今晩一晩だけだったら都合しましょう」と云うことにきまったが、併し彼の長女は泣きやまない。
「ね、いゝでしょう? それでは今晩だけこゝに居りますからね。明日別の処へ行きま
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