すからね、いゝでしょう? 泣くんじゃありません……」
 併し彼女は、ます/\しゃくりあげた。
「それではどうしても出たいの? 他所《よそ》へ行くの? もう遅いんですよ……」
 斯う云うと、長女は初めて納得したようにうなずいた。
 で三人はまた、彼等の住んでいた街の方へと引返すべく、十一時近くなって、電車に乗ったのであった。その辺の附近の安宿に行くほか、何処と云って指して行く知合の家もないのであった。子供等は腰掛へ坐るなり互いの肩を凭《もた》せ合って、疲れた鼾《いびき》を掻き始めた。
 湿っぽい夜更けの風の気持好く吹いて来る暗い濠端を、客の少い電車が、はやい速力で駛《はし》った。生存が出来なくなるぞ! 斯う云ったKの顔、警部の顔――併し実際それがそれ程大したことなんだろうか。
「……が、子供等までも自分の巻添えにするということは?」
 そうだ! それは確かに怖ろしいことに違いない!
 が今は唯、彼の頭も身体も、彼の子供と同じように、休息を欲した。
[#地から1字上げ](大正七年三月「早稲田文学」)



底本:「哀しき父・椎の若葉」講談社文芸文庫、講談社
   1994(平成6)年12月
前へ 次へ
全37ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葛西 善蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング