ふ言葉はヘンだが――として、甚だ好ましい印象を與へた。健全で、頭腦が明快で、趣味あり禮讓ある一個の立派な青年紳士だつた。文學などの鑑賞力に就いても、かなりに磨かれてゐることを思はせた。
「いつしよに歸りませう。私の方はどうせ二日や三日は延びても構はないのですから」F君は斯う云つて呉れた。
 自分も、十五六日頃には引拂へるつもりだつた。それで、一日々々とF君に延ばして貰つてゐるのだが、F君の口答試驗の日割が新聞に發表され、その都度で彼はどうしても十六日には山をくだらねばならぬことになつた。その前日、自分等は最後の散歩を、戰場ヶ原の奧、幸徳沼の牧場に――いつしよにした。晝飯後、往復三里の道だつた。F君に聞いてゐた以上に、いゝ景色だつた。「この沼は一等綺麗だ」とF君が云つた。小笹の上に寢そべつてゐる牛の群れ、F君に寫眞機を向けられてのそり/\白樺の林の中を遠退いて行く逞しい黒斑の牡牛、男體山太郎山の偉容、沼に影を浸す紅葉――こゝの景色が一等明るく、そしてハイカラだと云ふF君の言葉が、自分にも首肯《うなづか》れた。「牧場の家」で、焚火の爐邊で搾り立ての牛乳を飮み、充分に滿足して、自分等は日暮れ
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