て來て、私は頓に健康が恢復された氣になり、チエホフの醫學生の役をも演じ兼ねない危險を感じさせられたりしたが、それも十日とは續かなかつた。無茶な海水通ひからまた昨年來止んでゐた熱が出だして、東京で靜養を強ひられることになつた。昨年も今年も、おせいの看病で私は救はれて來た。
「どうだねおせいちやん、春になつたら僕の方のゐなかへ行かないか。奧州の方も見て置くさ。山の林檎の世話なぞして、半分百姓見たいなことをして暮すつもりだがね、急にはうまく行くまいがね、三年もしたらどうにか百姓並の飯位は喰へるやうになるだらうと思ふよ。僕の女房だつておせいちやんが行つて呉れると屹度喜ぶよ。斯うして四五年も別れて暮して來てるんだからね、女房だけでは僕の仕事の方までの世話が出來ないさ。僕の方のゐなかからだつて、いゝお婿さんは見つかるよ……」と、私は此頃も酒を飮みながらおせいに云つた。
「あなたさへつれて行つて下さるなら、私はどこへだつて行くわ。お婿さんなんか私は要らないわ……」と、おせいはいつもの相手を疑はない調子で云つた。
「行かうよ。いつもの通りあの鞄を持つて、魔法壜を肩にさげて……」
どこへ出かけるにも、
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